2014年12月12日 礼拝説教「まぶねの主という岩の上に」

詩編18:1~16
マタイによる福音書7:24~29

櫻井重宣

 本日は待降節第三の日曜日です。今日は午後から教会学校のクリスマス、来週はクリスマス礼拝です。み言葉に耳を傾け、イエスさまをわたしたち一人一人の心にお迎えする備えをなして参りたいと願っています。

 さて、しばらくの間、ご一緒にイエスさまが山の上で話された山上の説教を学んできましたが、今日は、山上の説教の最後のところです。
 もう一度、24節~27節を読んでみましょう。
 「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても倒れなかった。岩を土台としていたからである。わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。」
 わたしはこの箇所を読むといつも思い起こすことがあります。それは、わたしの子どもの時の体験です。わたしは子どもの頃、岩手県の一関に住んでいました。その町の中心に磐井川という川が流れています。磐井川は北上川に流れるのですが、戦後まもなくの1947年の9月15日にアイオン台風、そして1948年の9月16日にキャサリン台風による大雨のため、本来、北上川に流れるはずの磐井川の水が逆流して、堤防が決壊しました。とくに1948年のときは大水害になり、小さな町で600人もの人が亡くなりました。教会の人も10人位亡くなりました。そのとき6歳だったわたしは牧師館の二階から見ていておそろしかったのは、戦後間もないときでしたので、復興住宅、今でいうと仮設住宅でしょうが、決壊した水の強さ、激しさで、家全体が浮き上がり、そのまま流れてきて、教会と隣りの家の境にあったクリの木にぶつかりばらばらになってしまう、そういう家が何軒もあったことを目にしました。ここでイエスさまがおっしゃっておられるように、その家の倒れ方は本当にひどいものでした。 
 今日は、午後から教会学校のクリスマスが行なわれ、二千年前の最初のクリスマスの朗読劇を行いますが、イエスさまはヨセフ、マリアの子としてお生まれになりました。そしてヨセフは大工でした。イエスさまは大工の子として少年時代を過ごされたのです。今日の箇所には、イエスさまの少年時代の経験もあるかと思います。イエスさまが過ごされたパレスティナ地方では、土台を据えるとき、深く掘って、岩盤に達したら土台を据えることが建築の基本でした。イエスさまはヨセフの手伝いをしながら、ヨセフからそうしたことを繰り返し聞いていたのではないでしょうか。

 それでは、この山の上でイエスさまのお話しに耳を傾けている苦しみや病気を抱えた人々に、今日食べるパンに事欠く貧しい人々に、イエスさまは、岩の上に家を、ということでどういうことをおっしゃろうとしたのでしょうか。イエスさまは、岩というとき、家を建てるときのことに合わせて、イスラエルの民が、繰り返し、神さまはわたしたちにとって、岩のような方だと歌っていたことを思い起こしておられるように思います。

 先程、詩編18を読んで頂きました。冒頭のところで、詩人は「主よ、わたしの力よ、わたしはあなたを慕う。主はわたしの岩、砦、逃れ場 わたしの神、大岩、避けどころ わたしの盾、救いの角、砦の塔。ほむべき方、主はわたしを呼び求め 敵から救われる」と歌っています。
  実は、詩編には何回か、ここにありますように、「主はわたしの岩」と告白されています。もちろん、この18編にありますように、神さまが、いろいろな試練、苦しみのなかでもだえているわたしたちに、岩となって、砦となってくださる、逃れ場となってくださる、そうした信頼に基づいた告白です。さらに今一つ忘れてならないのは、主はわが岩という告白には、岩の蔭にわき出る清水を見いだしほっと一息をつく、憩うことができる、そのことが込められています。神さまは砦となって守ってくださる方であると共に憩いを与えてくださる方なのです。
  マタイ福音書を読み進みますと、11章に「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」とあります。 

 詩編18を読み進みますと、こう詩人はうたいます。
 「死の綱がからみつき 奈落の激流がわたしをおののかせ 陰府の縄がめぐり 死の網が仕掛けられている」と。
 逃れる場が見つからない、絶体絶命の状況です。イエスさまのところに集まり、山上の説教を聞いている人々の状況と重なります。そうしたただ中で、詩人はさらにこううたいます。
 「苦難の中から主を呼び求め わたしの神に向かって叫ぶと その声は神殿に響き 叫びは御前に至り、御耳に届く。主の怒りは燃え上がり、地は揺れ動く。山々の基は震え、揺らぐ。御怒りに煙は噴き上がり 御口の火は焼き尽くし、炎となって燃えさかる」というのです。
 宗教改革者のルターは、わたしたちが、大きな苦しみ、悲しみのただ中で祈ることもできない、祈ろうとしても言葉にならない、しかし、そうした中でうめくように、神さま、アバ父よと語った言葉は、天上では雷の音にまさる音となって鳴り響いている、神さまはそれほどまで、私たちの苦しみ、痛みに敏感である方だ、と語っていますが、詩人の語ることはそのことです。
  さらに、詩人は、「主は天を傾けて降り 密雲を足もとに従え ケルブを駆って飛び 風の翼に乗って行かれる。周りに闇を置いて隠れがとし 暗い雨雲、立ちこめる霧を幕屋とされる。御前にひらめく光に雲は従い 雹と火の雨が続く。主は天から雷鳴をとどろかせ いと高き神は御声をあげられ 雹と火の雨が続く。主の矢は飛び交い 稲妻は散乱する。主よ、あなたの叱咤に海の底は姿を現し あなたの怒りの息に世界はその基を示す。」
  天を傾けて、というのは、天を引き裂くことです。詩人は、ここで、神さまに、あまりにも苦しいので、天を引き裂いて降って来てくださいと願っています。そして、そのことが地の基いとなるというのです。 
 いかがでしょうか。この詩人の祈りにあるように、旧約の民は、繰り返し、天を裂いて下さいと願い求め続けました。その祈りに応え、天を裂いて降ってきてくださったのが、神さまがひとり子イエスさまをわたしたちに贈ってくださったクリスマスの出来事なのです。そして、天を裂いて降ってこられたイエスさまが、地の基いとなったのです。
 そうしますと、先週も心に留めたことですが、あなたがたは、砂の上に土台を据えて家を建てるのか、岩の上に土台を据えて家を建てるのか、どちらなのかと迫るというのではなく、天を裂いて降ってきたわたしによりすがっていい、と、あなたがたの土台となって、嵐の時も、大雨の時もあなた方を下から支える、というのがイエスさまのおっしゃることです。これは、イエスさまが苦しむ人々を招いておられる言葉なのです。

 そして、わたしたちがもう一つ確かめておきたいことは、天を裂いて降ってこられたイエスさまは決して恰好のいい方ではないということです。お生まれになったのは旅先で、宿屋には泊まる場所がなかったので、飼い葉桶に寝かせられた方です。また、先週も心に留めましたが、このあと8章、9章といろいろな病に苦しむ人を癒されるイエスさまのことが記されますが、福音書を記したマタイが語ることは、イエスさまはスーパーパンとして病気をいやされる方ではなく、イエスさま御自身が病に苦しむ人の苦しみを、病を負う、代わって苦しむ方だ、旧約の預言者イザヤが預言する苦難の僕だということです。讃美歌の言葉でいうなら、「食するひまも うちわすれて しいたげられし ひとをたずね 友なきものの 友となりて」心を砕かれた方です。

 東日本大震災が発生して、3年9ヶ月たちましたが、津波で大きな被害を受けた新生釜石教会がこのたび礼拝堂を修理改築する工事が終了したとの報告が届きました。
 この教会の柳谷牧師は咋年、半年間休職されました。大震災後の疲れが極限状態に達したからです。半年間の休養のあと、復帰された柳谷牧師は、新生釜石教会の今年度の聖句をヨハネ福音書3章16節の「神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が 一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」、とし、毎週の礼拝で礼拝に出席された皆さんと声を出して読んでおられるそうです。声をだして読むことで、神さまは怒りの神ではなく、愛の神であることを、「神」から始まり、「永遠の命」に至らせると約束するこの言葉は、傷つき疲れたわたしたちを、被災地の人々を癒す力があることを思わせられているそうです。
 そして、もう一つ修築感謝礼拝で、柳谷牧師がおっしゃっていたことは、ヨハネ福音書の4章にしるされるサマリアの女の人とイエスさまの出会いの記事を引用され、サマリアの女の人にイエスさまは水を下さいと願い出たことです。五人の男性との結婚生活に破れ、心が痛みつけられていたサマリアの女にイエスさまは「水をください」と声をかけられたことです。イエスさまの方で、「水をください」とおっしゃったことにより、心が疲れて、傷んでいたサマリアの女の人の心がいやされていったことを、おそらくご自分の経験からおっしゃったものと思われます。柳谷牧師は休暇を終えた後も本調子ではなく、どうしたら心を落ち着けることが出来るかと思うそうですが、この問いに対して与えられた答えは「あの震災で影響をうけなかった人はいない。心に傷を抱えたままでいい」ということでした。心に傷を受けた自分に「水をください」と低くかかわってくださるイエスさまを証ししていこうとされているのです。
 イエスさまはこうした傷ついた人、疲れた人、悲しむ者の痛みを、天を裂いて降ってまで共にしてくださる方なのです。そして、そのイエスさまがわたしたちの土台となってくださるのです。

 神学校時代の友人が最近一冊の本を出しました。出版したのは歌集です。彼は1945年3月10日の東京大空襲で両親を亡くしていましたので、経済的に大変でいつも夕方になると出かけ、学校の夜警のアルバイトをしていました。
 彼は神学校を卒業後、数年、関西の教会で伝道師をしたあと、キリスト教主義の学校の教務教師になり、校長を務め、今はその学校の副院長をつとめています。わたしたちのクラスは卒業後一度もクラス会をしていないので、彼とは神学校卒業以来一度も会ったことがないので、知りませんでしたが卒業した後、その歌集でいろいろな悲しみを経験していることを知りました。
 今回この歌集を読んで、初めて知ったのですが、10年前に奥さんを病気で亡くしていました。また最初のお子さんを幼くして亡くしたことも知りました。
 古事記や古今和歌集、万葉集、さらにギリシャ哲学などにも造詣がふかいことを知りましたが、歌集の中心にあるのは、奥さまを亡くした悲しみです。
 わたしが、彼の歌集で最も印象づけられたのはこういう歌でした。
  夭折の長女のかたみ(遺骨) 三十歳 母のふところに 永遠(とわ)の安らぎ 
 「かたみ」に「遺骨」とルビを打っています。かたみは遺骨だというのです。夭折した長女は生きていれば三十歳になっている、30年前にその長女を亡くしたとき、自分たち二人は深い悲しみを覚え、その後も悲しみ続けてきた、その長女の遺骨を、奥さんの埋骨のとき、母親に抱かせるようにしてお墓に入れた。妻が亡くなるという大きな悲しみを覚えているが、幼くして召された長女は30年ぶりに母親のふところに抱かれて、娘もそして母親も永遠の安らぎを覚えていることを想う時、遺された自分たちも安らぎを覚えるというのです。

   この友人の歌に深い感銘を覚えたのは、今日学んだ山上の説教の終わりの言葉からです。イエスさまのところに集まって来た人も苦しみをかかえ、この世的には弱い人々です。イエスさまはまぶねの中にうぶごえをあげた方です。最も小さく、低くお生まれになり、苦難の僕として歩まれ、最後は十字架の道を歩まれました。  苦しみを抱えた人がイエスさまにお会いし、慰めを、安らぎを覚えています。  イエスさまがよりどころ、土台となってくださっているという安らぎです。さらに、イエスさまご自身も安らぎを覚えておられます。    山上の説教を記したあと、7章の後半に「イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群衆はその教えに非常に驚いた。彼らの律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである」、と記されます。 イエスさまにお会いした多くの苦しむ人々が、いままでにない安らぎ、励ましを覚えているのです。どうか、今年のクリスマス、まぶねの中に小さく、貧しくお生まれになったイエスさまに思いを深めたいと願っています。

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