牧師室の窓から 2009年10月

★10月18日は秋の伝道礼拝でした。代々木上原教会との交換講壇として村上伸牧師を講師としてお迎え出来ました。村上先生は戦争直後、「汝らの仇を愛し、汝らを責むる者のために祈れ」という言葉を聞いたのも、自分の罪、赦しを知らされたこともキリスト者でない人からであったことを語り、神様の御心、善い業がこの世界に満ちていること、「善い業」は人間の思いをはるかに超えて前進することをお話しくださいました。当日の礼拝には、教会に初めての人や中学生もいましたが、出席した多くの人が心を動かされた礼拝でした。
 村上先生はわが国の、ボンヘッファー研究の第一人者ですが、午後は、その村上先生から「ボンヘッファーの今日的意義」と題し、講演して頂きました。講演の最後に、ボンヘッファーの姪のレナーテとベートゲ夫妻に与えられた子どもさんの洗礼教父となることを願われたボンヘッファーはとても喜び、獄中から生まれてまもないその子どもさんに書いた長文の手紙を紹介されました。とても感銘深い手紙です。その手紙の最後にボンヘッファーが記した「われわれがキリスト者であるということは、今日ではただ二つのことにおいてのみ成り立つだろう。すなわち、祈ることと、人々の間で正義を行なうことだ」という一節は、村上先生から私たちへのメッセージでもありました。

★磯部静枝さんが10月15日召されました。84歳でした。教会で16日に前夜式、17日に葬儀が行われました。洗礼を受けられたのが1988年のクリスマスで、その後パーキンソン病を発病されたので、ここ数年は礼拝になかなか出席できませんでしたが、一昨年の12月にお孫さんが結婚式をおばあちゃんの教会で挙げさせて欲しいと願われ、私どもの教会で挙式されました。歩くことが困難になっていましたが、磯部さんは結婚式に出席され、若い孫夫婦の新しい門出を心からの思いで祝福しておられました。
 磯部さんは戦時中に昼間は会社に勤め、夜は洋裁学校で勉学されました。それだけに洋裁や手芸が大好きで、最後までミシンで制作の意欲をお持ちでした。洗礼を受けてまもなくお書きになった文に「終着駅に近い残りの人生を大切に、人に愛され、人を愛し、何時までも役に立つおばあちゃんでありたい」とありますが、まさにそのように生きた方でした。ご遺族に主の平安を祈ります。

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