牧師室の窓から 2011年12月

★クリスマスおめでとうございます。3月11日の東日本大震災、そしてそれに続くフクシマの原発事故を経験した今年は特別な思いのクリスマスです。
二千年前の最初のクリスマスのとき、ベツレヘムとその周辺一帯の二歳以下の男の子たちが一人残らず殺されました。ボンヘッファーは、1940年にこの箇所の説教でこう語りました。「この子たちは、キリスト教会の最初の殉教者、血の証人である。——–ベツレヘムとその周辺でイエス・キリストの血の証人たちを悲しむ叫びがわき起こる。—–しかし、この何の慰めもない悲しみの叫びのただ中に、イエス・キリストは生きてい給い、われわれが彼と共に苦しむならば、我々も彼と共に生きるであろう、という慰めがある」と語っています。インマヌエルの恵みを今年のクリスマスに心深く覚えたいと願っています。

 ★11月26日(土)と27日(日)の両日、西条栄光教会の伝道集会、伝道礼拝で奉仕しました。同教会の中本純伝道師は小生が広島教会に在任中に洗礼を授け、その後献身して東京神学大学に進学し、昨年春卒業し、西条栄光教会に赴任しました。西条栄光教会はここ十数年、牧師の交代が相次ぎ、そのたびに大きな試練と困難を経験した教会でしたが、若い伝道師のために祈る何人もの教会員がいました。その人々にお会いして、植村正久先生が伝道者になってまもなく遣わされた名古屋でお会いした一人の老信徒のことを思い出しました。その老信徒は若い植村先生に「俺は飯より耶蘇が好きだ」と語っていたというのです。植村先生は生涯、何かあるたびに自分は「飯より耶蘇が好きか」と問いかけ、その問いは自分にとって「必要な試験問題」であった、とおっしゃっていました。西条栄光教会にも「飯より耶蘇が好きな」教会員の方々がおられ、教会を愛し、教会に仕え、若い伝道師のため祈っていました。その方々にお会いし、私自身、神学校を卒業し、教会に仕えて43年目ですが、「飯より耶蘇が好きな」方々に支えられた今日までの歩みであったことを思わされました。

 ★牧師になってから、教会に連なるお一人お一人に年に三枚「ラブレター」を書くことにしています。誕生日、受洗記念日そしてクリスマスカードです。ただ、教会員の半数以上がクリスマスに洗礼を受けているので、クリスマスカードと洗礼記念日のカード書きで毎年この時期は大変です。でもお一人お一人のことに思いを深め、祈りつつはがきを書くこの時間は牧師にとって大切な時間であることを思わされています。ただ、悪筆なので申し訳ない思いです。

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