牧師室の窓から 2017年2月

★今年の2月11日は、「建国記念日」が制定されてから50年目の2月11日でした。1873(明治6)年10月14日に発せられた太政官布告で、2月11日が「紀元節」として定められました。 神武天皇が即位したのが、紀元前660年2月11日という見解からでした。切支丹禁制の高札が撤去されたのが1873年2月19日ですから、それから8ヶ月後のことでした。 切支丹禁制は解いた直後に「紀元節」を2月11日と定めたのです。日本の教会の歴史は最初から天皇制の枠組みに位置づけられたのです。 わたしたちの教会が連なる日本基督教団が1941年6月24日に成立し、認可された規則第17条は「本教団ハ日曜日ニ礼拝式ヲ執行スルモノトス」ですが、 続く第18条は「本教団ハ四大節其ノ他国家ノ祝祭日ニ礼拝式ヲ執行スルモノトス」でした。四大節、すなわち1月1日(四方拝)、2月11日(紀元節)、4月29日(天長節)、 11月3日(明治節)にも礼拝が求められたのです。 戦後、「建国記念の日」を制定しようとし、どの日がふさわしい日かという議論がなされ、憲法記念日の5月3日、敗戦記念日の8月15日という意見もあったのですが、 「建国記念の日」をどうしても2月11日に、という意見が強く、2月11日に制定されました。


★かつて在任した秋田楢山教会の創立記念日は1888年2月11日でした。秋田の教会には創立時の記録が現存しています。最初にあるのは、寄付品表です。 一、ランプ四個 内置ランプ一、反射掛ランプ一、釣ランプ二 テーブル一脚、標札板壱枚(以上 土居氏より)、一、土瓶壱個(伊藤静江氏より)  一、丸盆壱枚、茶碗五個、土瓶壱個(尾泉一庵氏より)、一、大灯籠一個、一、手ランプ壱ッ こうした先人の姿勢に励まされ教会の資料はていねいに保存されています。 そして、戦時中に教団から送られた数々の文書も几帳面に保存されていました。中には、教団が戦後直ぐ廃棄した資料も保存されていました。 その一つが「軍用機献納献金領収報告」です。全国の教会で「一機も多く、一刻も早く」というキャンペーンがなされ、半年で六十万円に達し、 陸海軍に各々三機献納しました。その報告で、茅ヶ崎教会も419円96銭献げたことを知ることができます。 ドイツの大統領ヴァイツゼッカーの、戦後40年目の演説の一節、「過去に対して目を閉じる者は、現在を見る目をも持たないのであります」(加藤常昭訳)に思いを深くしました。過去に目を閉ざさず、教会のあるべき姿を追い求めて参りたいと願っています。

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