哀歌3:22~33
ペトロの手紙 一 3:1~7
櫻井重宣
8月の礼拝では預言者エレミヤの書耳を傾け、地に平和をと祈り続けて参りましたが、9月になりましたので、いつものようにペトロの手紙を学びたいと思います。
ペトロの手紙は紀元60年頃ペトロが小アジアに点在し、迫害の嵐の只中にある教会および教会に連なる人々に書き送った手紙です。これらの教会はペトロが伝道して形作られ、それだけでなく、ペトロが牧師として仕えた教会です。
ペトロは最後の晩餐のときにイエスさまから、あなたは今日鶏が鳴くまでに三度わたしを知らないと言うだろうと言われました。ペトロはすぐに、イエスさまと御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟していますと言ったのですが、イエスさまが裁判にかけられていたとき、イエスさまを三度知らないと言ってしまいました。そのペトロが立ち直ったのは、イエスさまが、わたしはあなたのために、信仰が無くならないようにあなたのために祈っている。だから、あなたは立ち直ったら、同じような弱さを持つあなたの兄弟たちを力づけてやりなさい、と言われたイエスさまの言葉を思い起こしたからです。ですから、ペトロの牧師、伝道者としての原点は、挫折した人、失敗した人、間違いを犯した人に、イエスさまが十字架の苦しみをされてまでわたしのために祈って下さり、その祈りでわたしは立ち直ることができた、あなたのためにもイエスさまが祈っておられる、そしてこのわたしもあなたのために祈っている、どうか立ち直って欲しい、そういう祈りです。
ですから、迫害の嵐の中にある教会に宛ててペトロが書き送ったこの手紙の根底には、どんな困難なときにもあなたの祈っているイエスさまがおられる、そのイエスさまに励まされて欲しい、という願いがあります。
そうした願い、祈りのもとにペトロはこの手紙の最初のところで、私たちに生き生きした希望があると書き記しました。まもなく迫害がなくなるという希望ではありません。いろいろな試練が続き、それに悩むだろう。しかし、神さまはこの世界にイエスさまをおくってくださった、そしてイエスさまは 苦難の道を歩まれ、十字架の上で死にたもうた、そのイエスさまを神さまはよみがえらせたのだ、イエスさまの十字架の死と復活により私たちは天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼむことのない財産を受け継ぐものとされているのだ、だからイエスさまがもう一度おいでになるときに与えられる恵みを待ち望んで、たとえ試練の中でも希望をもって歩んで行こうとペトロは勧めたのです。
そして2章11節以下のところで、この地上では旅人だ、仮住まいの身だ、すべて人の立てた制度に従いなさい、ローマの皇帝が派遣した総督であろうと、服従しなさい、召し使いたちはたとえ無慈悲な主人であっても心からおそれ敬って従いなさいと勧めました。そう勧めるのは、わたしたちには模範がある、イエスさまだ、イエスさまはののしられてもののしり返さず、苦しめられても人を脅さず、正しくお裁きになる方にお任せになった、そして十字架にかかって自らその身に私たちの罪を担ってくださった、わたしたちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるためだ、その受けた傷によってわたしたちは癒され、赦されたのだ、と語りました。
そして、今日の箇所、3章1節から7節のところで、夫と妻の互いの関わりを述べます。そしてわたしたちが今日の箇所を学ぶとき心に留めたいことは、ここでペトロは夫と妻のかかわりを一般論として述べるのではなく、迫害下にある教会に連なる人々の家庭について語っているということです。
もう一度1節と2節をお読みします。
「同じように、妻たちよ、自分の夫に従いなさい。夫が御言葉を信じない人であっても、妻の無言の行いによって信仰に導かれるようになるためです。神を畏れるあなたがたの純真な生活を見るからです。」
イエスさまは、わたしたち一人一人に身を低くして仕えて下さった、それと同じように、妻たちよ、自分の夫に従いなさい、というのです。2章の後半のところでも、召し使いたちに、善良で寛大な主人だけでなく、無慈悲な主人にも従いなさいと勧めたのですが。ここでもイエスさまはどんな人にも、真実に、愛をもってかかわってくださる、家庭においてもそうしたイエスさまにならって真実に仕えて欲しいというのです。
次に3節と4節です。
「あなたがたの装いは、編んだ髪や金の飾り、あるいは派手な衣服といった外面的なものであってはなりません。むしろそれは、柔和でしとやかな気立てという朽ちないもので飾られた、内面的な人柄であるべきです。このような装いこそ、神の御前でまことに価値があるのです。」
妻たちに対し、あなたがたの装いは人を引きつけるような外面的なものではなく、柔和でしとやかな気立てという朽ちないもので飾られた内面的なものであって欲しいというのです。
ここで注目したいのは、「柔和でしとやかな気立て」ということです。ペトロはイエスさまからしばしば「柔和」ということを聞いていました。山上の説教で、イエスさまは「柔和な人々は、幸いである」とおっしゃいました。塚本虎二先生は、「柔和な人々」は「ふみつけられてもじっとがまんしている人々」だと言います。また、イエスさまはエルサレムに入城されるとき、ろばに乗って入城されました。ろばはどんなに荷物が重くてもその荷を放り出さないと言われます。イエスさまはそういう意味で柔和な方でした。また、「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである」とおっしゃいました。イエスさまは、わたしたちが生涯かけて負うべき重荷、課題、使命を担い続けることができるように重い方の荷を負ってくださる方です。
ペトロがここで妻たちに「柔和でしとやかな気立て」というとき、イエスさまのこうした柔和さにならって欲しいという思いがあるのです。
5節と6節をお読みします。
「その昔、神に望みを託した聖なる婦人たちも、このように装って自分の夫に従いました。たとえばサラは、アブラハムを主人と呼んで、彼に服従しました。あなたがたも、善を行い、また何事も恐れないなら、サラの娘となるのです。」
サラはアブラハムの妻です。そのサラがアブラハムに従ったというのです。アブラハムとサラの間には葛藤がありました。二人の間になかなか子どもが与えられませんでした。ようやくイサクが与えられました。イサクが成長したとき、神さまはアブラハムにイサクをささげよとおっしゃいました。アブラハムは次の朝早く起きてイサクを連れてモリヤの山に二人の召し使いを連れて出発しました。サラはこのとき登場していません。夫アブラハムがイサクをささげよと神さまから言われ、祈って決断し、出発したとき、サラは従いました。
『嵐の中の教会』という書があります。第二次大戦が迫ってきたとき、ドイツの山の上の小さな教会のことを記した書です。山の上の小さな教会がヒットラーに率いられたナチスに抵抗し、ついに牧師が逮捕されてしまいました。
逮捕されたのは日曜日でしたが、月曜日の夜、すぐ聖書研究会が開かれました。そのとき牧師夫人はこう言いました。
「今こそあなた方が本当に教会であることが大切なのですよ。牧師が村の者を扇動したのだ、だから牧師が逮捕されて行ってからは村もまた平静に返った、というようなことを言わせてなりません。あなた方は何者かにあやつられたのではなく、自発的に受け入れたのだということを、みんなに認めてもらわなければならないのですよ」と。
この村の牧師の妻の姿がサラに重なります。「従う」というのは盲目的な服従ではありません。祈りをもって従うことです。
妻に対してこういう勧めをしたペトロは7節で夫に対して勧めをなします。
「同じように夫たちよ、妻を自分より弱いものだとわきまえて生活を共にし、命の恵みを共に受け継ぐ者として尊敬しなさい。そうすれば、あなたがたの祈りが妨げられることはありません。」
夫は、妻を自分より弱いものだとわきまえて生活を共にし、命の恵みを共に受け継ぐ者として尊敬しなさい、そうすれば祈りが妨げられることはない、というのです。夫も祈り、妻も祈る、その祈りが妨げられないようにとペトロは勧めています。
もう一度、繰り返しますが、この3章1節から7節は、夫と妻の一般論ではありません。迫害という嵐の中にある教会、大きな試練ただ中にあって夫と妻はどうあるべきかをペトロは語るのです。
先週の礼拝で、父の神学校の同級生4人のことを話しましたが、一昨日母が亡くなりました。98歳10ヶ月の生涯でした。
父と母は1938年~1981年、43年間、仙台、一関、仙台、天童で四つの教会に仕えました。戦前、戦中、戦後の日本の教会にとって最も困難な時でした。
戦時中、岩手の小さな教会の隣家二軒は警察が借り受け、警察官が住みました。教会そして牧師館のすべてをチェックするためです。戦争が避けられない事態になったとき、アメリカの教会からの援助が無くなりました。教会では牧師の謝儀を半分にせざるをえなくなりました。教会の人々は、申し訳ない、けれども自分たちが刺し身を食べる時、先生の家庭にも刺し身を持ってくる、漬物で辛抱するときは先生のところも漬物で辛抱して欲しい、自分たちはこういう思いで先生のご家庭を支えるので、謝儀は半分にせざるをえないが、牧師としてこの教会に留まって欲しいと言われ、父は留まりました。サラはアブラハムに従ったとペトロは語りますが、牧師館の台所を預かる母も父に従ったことを思わされました。あらためて、サラそして母の労苦を思いました。それだけにペトロは、夫たちに、妻は自分より弱いかもしれない、そうした妻と生活を共にし、命の恵みを共に受け継ぐ者として尊敬しなさい、そのとき夫も祈る、妻も祈る、互いの祈りが妨げられることはない、というのです。
最後に、哀歌の3章29節から33節をお読みします。
「塵に口をつけよ、望みが見いだせるかもしれない。
打つ者に頬を向けよ 十分に懲らしめを味わえ。
主は決して あなたをいつまでも捨て置かれはしない。
主の慈しみは深く 懲らしめても、また憐れんでくださる。
人の子らを苦しめ悩ますことがあっても それが御心なのではない。」
迫害下の中で、塵に口をつけて見いだした望みをペトロは語り、二千年の教会はそれを受け継いできました。まさに命の恵みです。受け継いできた恵みを心に刻み、次の世代に受け継いでいきましょう。