牧師室の窓から 2007年8月

★平和聖日の8月5日、赴任してまもない小生の提案を受け入れて頂き、「平和を祈る会」  を礼拝に引き続き行うことができました。礼拝に出席されたほとんどの方が「平和を祈る 会」に出席してくださり、《ヒロシマの悲しみを心に刻む》と題する小生の証言に耳を傾 けてくださり感謝です。先月もこのコーナーで茅ケ崎と広島の《原爆》に対する温度差に 触れました。8月の厳しい暑さの日々、住む場所によって《平和》に対する温度差があっ てはならないことを思わされながら過ごしました。

★パウロは「わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者になっているわ けでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエス に捕らえられているからです。」(フィリピ3:12)と語っています。 パウロの上記の言葉からするなら私たちはだれであっても生涯、一求道者です。求道者であ り続けることができるのは、キリストによって捕らえられているからです。こうした謙遜な 姿勢を生涯もち続けたいものです。

★秋から入門講座や家庭集会を再会します。参加する方が、たとえ少数であっても、こうし た集いを通して神様の恵みが豊かであることを心深く味わう、そのことを願っています。 《ひとり》を大切にする教会でありたいと願っています。

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