牧師室の窓から 2017年3月

★3月11日午前9時30分、青木英弘さんが突然逝去されました。74歳でした。ご家族がどなたもおられない方でしたので、教会の皆さんと共に葬りの業を行いました。 まさに「家族葬」でした。青木さんは主の日の礼拝を本当に大切にされました。午前9時頃には教会においでになり、礼拝のため備えておられました。 体調が不調で礼拝を休まざるをえないときは必ずお電話をくださいました。青木さんは、本当に苦しいことに直面し、意識不明になったとき、「エホバよ、許し給え。ヤーウェよ、 助け給え。キリストよ、許して下さい、助けて下さい」と叫び続けていたことを、『月報』に書いておられました。苦しいとき、神さま助けてください、 と願い出る信仰をわたしたちも大切にしたいと願っています。


★3月5日(日)と6日(月)、19日(日)と20日(月)の2回にわたって会堂の塗装工事を行いました。日曜日の礼拝後に椅子を移動し水吹き、月曜日午前には塗装と椅子の戻しを行いました。 5日と19日は礼拝出席者の多くが奉仕し、6日は14名、20日は16名が奉仕しました。ブロックを積んだ先人の労苦、汗、祈りを思い起こしながらの塗装工事でした。 4月から「会堂等建設積立金」献金がスタートしますが、先人が祈り、労苦しつつ建築した現会堂を大切にしながら、後に続く人々のために積み立てを始めましょう。


★3月26日は「第二次戦下における日本基督教団の責任についての告白」(以下、戦責告白)が発表されて50年の記念の日です。 歴史学者の家永三郎先生は著書『戦争責任』(1985年出版)の中で「宗教界においても、自ら進んで戦争責任を告白して罪責を負う態度を公にすべきであったと考えられるが, 戦後の多くの教団でその挙に出た例は稀有である。その点で特筆に値するのは」と言って紹介されたのが、わたしたちの教団の戦責告白です。  戦責告白の最後の一文は「わたしどもの愛する祖国は,今日多くの問題をはらむ世界の中にあって、ふたたび憂慮すべき方向に向かっていることを恐れます。 この時点においてわたくしどもは、教団がふたたびその過ちを繰り返すことなく、日本と世界に負っている使命を正しく果たすことができるように、主の助けと導きを祈り求めつつ、 明日に向かっての決意を表明するものであります」です。  この決意の表明に,心から「アーメン」と告白したいものです。

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