2008.11.16

「ほのぐらい灯心を消すことなく」

櫻井重宣牧師

イザヤ書42:1〜4
          マタイ福音書12:9〜21

 
 ラーゲルレーヴというスウェーデンの女性が書いた《キリスト伝説集》という本に『ともしび』という作品があります。ラーゲルレーヴは1909年、女性として初めてノーベル文学賞を受賞した人で、代表作の一つに『ニールスの不思議な旅』があります。
 『ともしび』はこういうお話です。
 昔、フィレンツェにラニエロというけんかっぱやい男がいました。けんかって聞くとすぐさまとびだし、おおあばれします。ラニエロは自分がどんなに勇気がある人間で、ごうけつかということを、いつもみんなからほめられることを願っていました。戦争ではラニエロはいつも手柄をたて、その名声は国中にとどろいていました。ラニエロがエルサレムにおいてイスラム教の人たちとの戦争で手柄を立てたとき、だれかが「まさかラニエロでもこのキリスト様のお墓にともされているともしびを、イタリアのフィレンツェまで届けられないだろう」と言いました。そうしますと、ラニエロは、自分に出来ないことはない、ロウソクの火を運ぶなんて簡単さ、といって、たくさんのろうそくの束を持ち、よろい、かぶとに身を固めてエルサレムを出発しました。けれどもすぐに大変なことが分かりました。馬が早足になると、ロウソクの火が消えそうになります。いろいろ考えて後ろ向きに乗りました。さびしい山道にきた時、おいはぎが12人も来ました。ふだんのラニエロなら、どうっということはないのですが、ともしびをまもるために何でも好きな物を持って行け、と言ったところ、よろいもかぶとも持って行かれ、馬もやせこけた馬と交換されました。町に入るとみんなからばかにされました。ひとふきの風、一滴の雨でも、ともしびは消えそうになります。かよわいものをまもろうとするなんて生まれて初めてでした。
 このお話の後半にこういう一節があります。「ともしびをだいじに守って、旅を続けるうちに、ラニエロはいくさでのかずかずの手柄や名誉やぶんどり品などもうどうでもよくなった。あらあらしい、いくさをにくみ、なごやかなものをよろこぶようになった。」
 この『ともしび』を書いたラーゲルレーブは平和を心から待ち望んだ人です。彼女は1940年、昭和15年に亡くなりましたが、このときヨーロッパは戦争が激しくなり、私たちの日本も大きな戦争に突入した時代です。平和はまだですかと、平和はまだですかと、往診にきたお医者さんに、うわごとのように聞きながら亡くなったといわれます。
 ラーゲルレーヴは、今の時代は、ラニエロのように自分の強さ、自分の国の強さを誇っている、それでは平和が来ない、「ともしび」のようにすぐ消えてしまいそうなものへのいたわりを一人一人が持つ時に、本当の平和が訪れるということを語ろうとしたのです。

   ラーゲルレーヴと同じことを語った預言者がいます。先程お読み頂いたイザヤ書42章です。もう少していねいに言うなら、ラーゲルレーヴはこの預言者の言葉を基にして書いたのが『ともしび』といってもよいかと思います。預言者は、私たちの待っている救い主は、いまにも消えそうなともしびをそっと手をかざし、消えないようにする方だ、そういう優しい方、メシアを神様は私たちの世界に送ってくださる、そうしたメシアを待とうと語ったのです。
 もう一度イザヤ書42章1節から4節を読んでみましょう。ゆっくり読んでみますのでお聴きください。

    「見よ、わたしの僕、わたしが支える者を。
    わたしが選び、喜び迎える者を。
    彼の上にわたしの霊は置かれ 
    彼は国々の裁きを導き出す。
    彼は叫ばず、呼ばわらず、声を巷に響かせない。
    傷ついた葦を折ることなく
    暗くなってゆく灯心を消すことなく
    裁きを導き出して、確かなものとする。
    暗くなることも、傷つき果てることもない。
    この地に裁きを置くときまでは。
    島々は彼の教えを待ち望む。

 この預言者は、ユダヤの歴史の中で最もと言ってよいほど暗い時代、生きる希望をどの人も見出すことが困難な時代に生きた人です。今から二千五百数十年前です。そのころ、ユダヤの国はバビロンという大きな国との戦争に負けました。わずか十数年の間に、三回もバビロンから攻撃され、ユダヤの町という町は廃墟になってしまいました。私は昨年の春、広島から茅ヶ崎教会に参りました。広島は今から63年前原爆が投下されたくさんの人が亡くなり、町全体が焼けてしまい、どこまでいっても焼け野原になりました。二千五百数十年前のエルサレムもそうした状況でした。それだけでなく、多くの人がエルサレムから千キロ以上離れたバビロンに捕虜として連れて行かれました。しかもバビロンでの捕虜の生活が50年近く続いたのです。みんな生きていく力を、希望を無くしてしまいました。  この預言者もバビロンの地で捕虜として何十年も生活することを余儀なくされた人です。バビロンでの苦しみを肌で知った人です。その人が預言者として立てられ、神様から「慰めよ、慰めよ、わが民を」と言われました。すなわち、この預言者に与えられた使命は、疲れ果てた人に慰めをもたらせということだったのです。  少し、横道になるかもしれませんが、12月になりますと、全国各地でヘンデルの『メサイア』が演奏されます。『メサイア』は、旧約聖書の預言者がメシアの到来を預言するところから始まり、イエス様が馬小屋でお生まれになったこと、そのイエス様が十字架に架けられ殺され、よみがえられたこと、そしてそのイエス様がもう一度この世界においでになるということまでを歌いあげる壮大なオラトリオです。あの有名なハレルヤコーラスもこのオラトリオの後半のところで歌われます。実は、このヘンデルの『メサイア』の冒頭が「慰めよ、慰めよ、わが民を」なのです。 

 預言者は、神様から、わが民を慰めよ、という使命を与えられたので、必死になってどの人をも慰めようとしました。一人の人の苦しみ、悲しみを共にし、その苦しみ、悲しみに共感しなければ、慰めを差し出せません。預言者はどの人にも慰めを携えようとしたのですが、限界があります。預言者はどの人にも真の慰めをもたらすのは主の僕、私たちが長い年月待ち望んでいるメシアをおいてほかにいないと言って四つの主の僕の歌を歌いあげました。ですから、主の僕の歌は、神様はいつの日か、私たちの世界にメシア、救い主を送ってくださり、すべての人を慰めてくださる、そのメシアはこう言う方だということを歌った歌なのです。
 そして今私たちが思いを深めているイザヤ書42章1節から4節は、四つある主の僕の歌の最初の歌なのです。
 私は、この歌でとくに3節にいつも思いを深めています。
「傷ついた葦を折ることなく 暗くなってゆく灯心を消すことなく 裁きを導きだして、確かなものとする」という箇所です。暗くなってゆく灯心を消さない、口語訳では、ほのぐらい灯心を消すことなく、でした。また、ここで「裁き」と訳されている言葉の原語は、ヘブライ語ですがミシュパートという言葉です。裁き、計画、道、訴えという意味があります。
私はこの箇所はこういう意味だと思っています。主の僕、メシアは神様の御心を遂行しようとするとき、どんなに時間がかかっても、労力を必要としても傷ついた葦を折らない、今にも消えそうなともしびを消さない、どこまでも抱え込んで神様の御計画を遂行するというのです。
水辺に生えている葦はすぐ折れるような弱い植物です。傷ついた葦、ほのぐらい灯心に象徴されるような傷ついた人、病気の人、いろいろな苦しみを抱えている人、家族の病気や介護で疲れ果てている人、幼い子ども、高齢のため弱っている人、悲しんでいる人、そうした人々を抱え込むような優しさ、いたわりを持っているというのです。そしてその人々を抱えるためにどんなに困難なことがあっても、そうした苦しみ、悲しみを持つ人、疲れを覚える人を放りだしたりしないというのです。
 そして、預言者がこのことを預言してから五百数十年たってイエス様がおいでになって、本当にこういう歩みをされたのです。 
 まもなくクリスマスを迎えます。今日は礼拝後のコンサートでもクリスマスの曲をたくさんハンドベルで演奏してくださいますが、イエス様は旅先のベツレヘムの馬小屋でお生まれになりました。
こういう讃美歌があります。

 
    「まぶねのなかに うぶごえあげ
    たくみのいえに ひととなりて
    貧しきうれい 生くるなやみ
    つぶさになめし この人を見よ

    食するひまも うちわすれて
     しいたげられし 人をたずね
    友なきものの 友となりて
    こころくだきし この人を見よ

    すべてのものを与えしすえ
    死のほかなにも むくいられで
    十字架のうえに あげられつつ
    敵をゆるしし この人を見よ


 傷ついた葦を折らない、ほのぐらい灯心を消さないイエス様の歩みはまさにこの讃美歌に歌われています。傷ついた葦を折らない、ほのぐらい灯心を消さないイエス様は十字架の道を歩まれたのです。
 ラーゲルレーヴの『ともしび』のラニエロを思い起こしたいのですが、ともしびを守ろうとすると、ちょっとした風や一滴の雨に神経をとがらせます。おろおろします。ともしびを守るために、自分の着ていたものをまるごとはぎとられます。しかし、ラニエロはそうされても、ともしびを守るのです。


最後に、傷ついた葦を折らない、ほのぐら灯心を消さない、そうしたイエス様の優しさを深いところで知った二人の人を紹介します、
 一人はチラシにも紹介した水野源三さんです。今から24年前の2月、長野県の坂城町で亡くなりました。47歳でした。小学校4年の時、赤痢から高い熱が続き、瞬き以外の一切の意志伝達が不可能になってしまった方です。水野源三さんは亡くなる前の年のクリスマスにこういう詩を作りました。
 臥す私も
    礼拝に行けない 私にために 母が買ってくれた 
    テープレコーダーを買い替えて 礼拝のテープを ひとり聴けば
    臥す私も 臥す私も 馬小屋に お生まれになられた
    御子を礼拝する 羊飼いたちの中

 イエス様が宮殿にお生まれになったなら、自分は拝みに行けなかった。でも、イエス様は馬小屋にお生まれになったので、ねたきりの私も羊飼いたちと一緒にイエス様を拝みに行けるというのです。

 亡くなる何日か前、こういう詩をお作りになりました。

 蜘蛛
    臥す窓から 今日見たよ
    雪晴れの空から 柔らかな陽がさしてきたら
    神さまが 生かしておられる 小さな蜘蛛が かすかに動くのを

 ほのぐらい灯心を消さない神様の愛は蜘蛛にまで及んでいる、寝たきりの自分にはその神様の優しさがしみてくるというのでしょう。

 もう一人は、葛葉国子さんという方です。先程ご一緒に歌った讃美歌398は葛葉さんが作った詩です。葛葉さんは幼稚園の先生になろうと志しましたが、病気のため果たせませんでした。その葛葉さんを励ましたのが大中寅二先生です。大中寅二先生は島崎藤村の『椰子の実』に曲をつけた先生です。大中先生は葛葉さんの作ったたくさんの詩に曲をつけ幼稚園でその歌が歌われています。先ほどの讃美歌もそうです。この葛葉さんにこう言う詩があります。

  しずかに
    どうか、静かにしてください
    かすかな歌をきいているのです
    いちりんの菫が歌う 神への讃歌をきいているのです

    どうか 静かにしてください
    かすかな歌をきいているのです
    人の心の真実(まこと)の歌をきいているのです

    どうか 静かに 静かに―
    いま 神がこたえていらっしゃいます

 今日は若い人々もおいで頂いて本当にうれしく思っています。今、私たちの国では、毎日心痛む事件や出来事があまりにも多くあります。だれでもいいと人を傷つける事件があとをたちません。政治も混沌としています。
  心を静め、傷ついた葦を折らない、ほのぐらい灯心を消さない、そうした深いところで私たちに対して優しさをさしだしている神様がおられることをぜひ知って頂きたいと願うものです。

(2008年11月16日 秋の特別伝道礼拝説教)