2000.10.22

キリスト教伝道礼拝説教

「父の家」

吉田瑞穂牧師

エレミヤ書31:15〜17
ルカ福音書15:11〜32

 《旧約聖書 エレミヤ書31:15〜17》
15主はこう言われる。ラマで声が聞こえる。苦悩に満ちて嘆き、泣く声が。ラケルが息子たちのゆえに泣いている。彼女は慰めを拒む。息子たちはもういないのだから。 16主はこう言われる。泣きやむがよい。目から涙をぬぐいなさい。あなたの苦しみは報いられる、と主は言われる。息子たちは敵の国から帰ってくる。 17なたの未来には希望がある、と主は言われる。息子たちは自分の国に帰ってくる。

 《新約聖書 ルカによる福音書15:11〜32》
11また、イエスは言われた。「ある人に息子が二人いた。12弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を 二人に分けてやった。13何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩のかぎりを尽して、財産を無駄使いしてしまった。14何もかも使い果たし たとき、その地方に酷い飢饉が起って、彼は食べるものにも困り始めた。15それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。 16彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べる物をくれる人はだれもいなかった。17そこで、彼は我に返って言った。「父のところでは、あんなに大勢の雇い 人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。18ここをたち、父のところに行って言おう。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪 を犯しました。19もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください。』と。20そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたの に、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。21息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子 と呼ばれる資格はありません。』22しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。23それ から、肥えた子牛を連れてきて屠りなさい。食べて祝おう。24この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。 25ところで、兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。26そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。27僕は言った。『弟さ んが帰ってこられました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』28兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出てきてなだめた。29しかし、兄は父親 に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会するために、小山羊一匹すらくれな かったではありませんか。36ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰ってくると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』31すると、父親は言 った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。32だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝 宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか』」   (以上、聖書本文)

 この譬話は、おそらく新約聖書の中では、よく知られた、皆さんがよくお読みになった譬(たとえ)話だと 思います。ここにはどこにでもありそうな話が書かれてあります。二人の男の子がいた、と。
 大抵の場合、長男は比較的おとなしい人が多いと思います。次男はヤンチャできかん気の人が多い。この譬話でもそうだったらしいのです。次男は大変才気豊かな青年であって、 お父さんのもとで、いつもお父さんの監督、指導を受けているのが嫌だったのでしょう。それで青年に達する前後に、何とかして自分だけで生きたいと考え、お父さんにせがんで 「財産の半分を貰って遠い所に旅立って行った」ことが書かれています。これは普通に言うと、人間が青年になって自我を発見して、自分で生きたくなるというお話です。

 これは普通、誰でも人間の自然な成長に従って、幼い頃から少年になり、青年になって、いわゆる「乳離れ」をしてゆく姿です。
 このことは一人の人間の成長にも当てはまりますが、人類の成長にも当てはまるのです。古い昔には、大抵の人間は神さまを信じていたのです。何もかも神さまの指導に従って 生きたのが、古代の人間であります。ところが段々時代が下がってきますと、殊にあの「文芸復興」と言われるルネッサンス前後から、人間は自分の「自我」というものに目覚めて行 きました。それまで神さまを恐れて、神さまに従っていたのが、馬鹿馬鹿しいことであるように考えました。そして、神さまから独立してゆこうとしたのです。これは「近代への目覚 め」だと言う事ができます。
 今、申しました一人の、個人の成長でも、或いは人類の進化でも、自我に目覚めてゆくということは悪いことではありません。
 有名なニーチェという人が、それまでは神さまの時代だったのに、「神々は死んでしまった」と言う、有名な話があります。神の支配から人間が自分の自覚をし始めて、神さま から独立し、自由を獲得してゆくことは勢いであります。ですからこの古い物語も、そういう自然の流れに沿った話だと考えることもできるわけです。
 この青年は、お父さんから財産を半分ほど分けてもらって、「遠い国に旅立」った、と書いてあります。これはお父さんの目の届かない所に行ったと言うことです。 そこで、自分が主人公になって自主的な生活が始まったということになるわけです。
 これは、目出度し、目出度し、のようですが、しかしそれは良い結果を産まなかったと書かれています。何をしたかといいますと、「放蕩の限りを尽くして、財産を無駄使い してしまった。」と書かれてあります。「放蕩」と言いますから、ろくな遊びをしなかったに違いありません。しかし、放蕩というのはそういう悪い遊びをするというだけではあり ません。人間の営みの中には、なんら建設的なものを生み出さないような、生き方もあります。そういうものを総じて「放蕩」と言ってもいいと思います。

 人間は、自分の持っている物、器物を用いて何か良いものを作り出してきました。ところが実際はそれが破壊に繋がることが多かった。皆さんご承知のように、昔、人間は石で 道具を作った石器時代というのがありました。それから銅器時代というのがあります。銅器時代というのは比較的短かったのですが、それから鉄器時代となり、この鉄を使う様に なってから、武器を、しかも精巧な武器を作るようになりました。そのようにして、人間は自分の持っている石とか銅とか鉄とかいうものを用いて、闘争するための、戦うための 道具を作って行きました。自分の持っている一番いい物で、戦う道具、武器を作ったのです。そして、人間の文化もそれと一緒に進歩して行ったといいと思います。
 私が産まれる少し前に、飛行機が初めて空を飛ぶようになりました。飛行機も、出来て間もなく戦争に使われるようになりました。第一次世界大戦の花形は、戦車と飛行機 だと言われます。飛行機が一番に武器として使われました。それから、私どもが経験しました原子爆弾です。原子力を人間が使うようになったのも、最初は原子爆弾です。アメリ カは膨大な予算を注ぎ込み、膨大な人間の知能を注ぎ込んで、あの原子爆弾を作り出したのです。人間の持っている一番いいものをそこに集中してそれを作り出したのです。この ように人間は自分の持っている一番いいものを、知力でも、財力でも、努力でもそれを集めて、殺し合う道具を作った、殺し合いにそれを使ったのです。こういうことを「放蕩」 というのです。神さまから与えられた良いものを、建設的なものに用いないで、殺し合いのために用いる。なんら新しいものを生み出さないことのために用いる。これが「放蕩」 なのです。つまり、人間はそのような歴史をつくってきたのです。ただ単に、質的に優れたものを戦争に使っただけではないのです。分量の上でも、戦争のためには膨大なものを 使いました。
 私は老人ですから、話が随分古いのですが、昔、私が中学生の頃、支那事変が始まりました。私は満州で育ちましたから、支那事変は目の前で行われていました。その時の ことを今でも覚えているのですが、新聞を見ておりましたら、国家予算がその時、二十億でした。今の国家予算から考えればたいした額ではないようですが、日本の国家予算が二 十億、その時、臨時軍事費といいまして、支那事変を初とする戦争のために使う予算が七十億であることが新聞に出ておりました。つまり国家予算の三倍半という多額のものを、 臨時軍事費としていた。国家予算は議会で細かに検討しますけれども、この臨時軍事費は殆んど、内容的な検討をしないで、通過してしまうのです。そういう乱暴な仕方で国家予 算の三倍半のものを戦争に使った。それがこの「放蕩」の内容であります。つまり、質的にも、量的にも人間は持っている一番いいものを、しかも沢山、「放蕩」に使ってしまっ たというのです。

 この青年が経験した人間の悲惨さはそれだけではありません。その後を読みますと、「何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起って、彼は食べるにも困り始めた。 それで、その地方に住むある人の所に身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた」と書いてあります。豚の世話をするということは、私どもから考えたら何でも ないことのようですが、ユダヤ人にとってはまことに屈辱的なことなのです。イスラエル人は豚を「汚れた動物」として、豚を扱わなかったのです。この人は遠くに行ったので、そ こでは豚を飼っていたのでしょう。そこで、遊び仲間で、楽しくやっていた者の所に行って、「助けてくれ」と言ったところが、その人は彼を「豚飼い」にしたというのです。屈辱 的な仕事に追いやったというのです。言わば我々でしたらば、体を売るような、仕事だったと言えると思います。人の前では言えないような仕事をさせたというのです。しかも、 彼はそこで「豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかった」と書いてあります。飼うだけでも屈辱的なのに、豚の餌の上前をはねるほど、お腹が空いていたというのです。 つまり、非常に惨めな状態に落ちたのです。
 自由に生きたいと、お父さんの束縛から放たれて遠くに行ったこの息子は、『放蕩』してしまった。そして食い詰めて、。豚飼いになって、しかもその豚の餌を掠めるほどの 悲惨な状態、どん底に落ちたのです。このどん底で一体何が起こったかということが、次に書いてあります。

 17節、「17そこで、彼は我に返って言った。「父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、 わたしはここで飢え死にしそうだ。18ここをたち、 父のところに行って言おう。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。19もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください。 』と」。そう言おう、そう思ったというのです。このどん底で何が起こったかと言いますと、初めて彼はお父さんの方を振り向いたのです。お父さんの財産を貰って、 遠い所に行った時に、彼はもう有頂天になっていたでしょう。今まで、喧しかったお父さんはいつも「目の上のタンコブ」だった。それがなくなり、自由に遊んだわけです。 どんなに楽しかったかわかりません。ところがこんな状況に陥って初めて、今までお父さんの背中に背を向けて生きていたのに、初めて振り向いたというのです。そして、振り向 いたところが、今まで嫌だと思っていた所が、今の自分の境遇に比べると、雇人でさえも腹いっぱい食べている。あんないい所はなかったんだ、と。それで帰って行こうと思った のです。けれども帰ってゆくには、もう余りに恥ずかしくて帰れないから、雇人の一人になって帰って行こうと、そう思ってお父さんの方を振り向いたわけであります。ここで、 私たちはこの息子が、悔い改めたと思うでしょう。ところがこれは悔い改めではないのです。悔い改めではない。お父さんの所がよかったわけではない。お父さんの所に帰るのは、 嫌なことなのです。また、窮屈な生活が始まる。そこは自分のおるべき場所ではないのです。ただ、何故帰ったかというと、食えないから帰ったのです。ですから、これは悔い改め ではないのです。
 私どもが本当に悔い改めるというのは、神さまの所に帰ろうというのが悔い改めということです。ところが私たちは神さまの所に帰るのが好きじゃないのです。やっぱり自由 にしていたいのです。ただ、食いたいから帰るのです。つまり、御利益主義です。ご利益があるから帰ろう、それが大抵の人の求道の始まりです。求道というとカッコいいですけれ ど、食いたいために帰るのです。楽になりたいために神さまの方を振り向くというのが、(私たちの)求道なのです。この息子はそういう求道をしたわけです。神さまの支配の下に 憧れて帰って行ったのではない。あそこは嫌な所だけれども、食いたいから帰って行った。つまり、「苦しみからの脱出」というのが、私どもが教会に行こうと思ったり、聖書を読 もうと思ったりすることの動機なのです。悔い改めではないのです。
 しかし、悔い改めではないからといって、これはつまらんといってはならないのです。人間は何時でもそうなのです。自分のために悔い改めのカッコをするのです。自分のた めに神さまを求めようとするのです。ですからやっぱり、利己主義であるし、御利益主義なのです。私どもは自分で、自分を顧みて御覧なさい。殊勝な気持で教会に来たわけではな いでしょう。何か苦しいことがあって、そこから救われたいと思って来るのです。ユダヤ人が一生懸命神さまを拝んだのも、やっぱりそうなのです。自分たちが自由になりたい、楽 になりたいという事なのです。
 それで、この息子は、しかし感心に、もう息子として帰って行く事は出来ないから「雇い人の一人にしてください」と言って、ちゃんと「お詫びの言葉」を練習して帰って行 ったのです。

 「そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。」

 帰って行った時に、意外なことが起ったわけです。この息子が帰って行く所は、もう敷居が高くて、本当は帰るのが嫌だったでしょう。どんなに嫌な顔をされるか、あれほどお父 さんが引き留めたのに、無理やり出て行ったわけです。そしてしかも、財産を全部すってしまったわけです。本当はみすぼらしいカッコで帰って行くわけですから。ですからどんなに か辛い思いで帰って行ったことでしょう。ところが、お父さんは遠くにいる時に見つけ、走ってきたというのですから、お父さんは多分野良仕事をしながら、一日に何回も息子の去って 行った方を見ていたに違いない。「どうしているかなー」と思って見ていたに違いない。そこに帰ってきたのです。ですからお父さんの方が先に見つけたわけです。そして、待ってい ればいいのに、「走り寄って」来たと書いてあります。この、「待っていればいいのに、走ってくる」というのは、子供のすることです。お父さんが会社から帰ってくるのを、子ども が見つけたら多分待っておりません。たいてい走って行きます。走って行っても、また一緒に戻ってこなければならないのだから、損でしょう。だけれども必ず走ってゆくのです。そ れが「待ち受けている人」の姿です。このお父さんもまた、子供みたいに待っていられないで、自分の方から走って行ったというのです。それほどお父さんは子供が帰ってきたという 事をどんなにか喜んだのです。つまり、どんなにこのお父さんがこの子どもを愛していたか、子どもがどこかへ行ってしまったのを、どんなにか苦しんでいたかが分かるわけです。神 さまと私たちの姿勢というのはいつもそうなのです。私たちは神さまを嫌って、遠くに行って、神さまの支配の届かない所にいたいのです。けれども、そこで自分の責任で、食い詰め たら、仕方なしに帰ってくる。そして、どんなにか叱られるだろう、罰を受けるだろうと思って帰ってくるわけです。けれども神さまはそうではないのです。じっとしていないで、走 ってきて、迎えてくれたというのです。

 私はここで、この息子が何を感じたかということを、この話の一番大事な事として皆様と一緒に考えたいのです。
 この時に、息子は自分がどんなに罪を犯したかということが初めてわかったのです。この息子はそれまでどんな罪を犯したと思っていたかと言うと、お父さんが営々、一生懸命 苦心して築いた財産の半分を貰って、それをすってしまった、ということが大変悪いことだと思っていたでしょう。そのためになんとお詫びをしようかと思いながら帰ってきたわけで しょう。
 この息子にとって「罪」というのは、財産を使い果たしてしまった、ということが「罪」だと思っていたのです。しかし、本当の罪はそうではないのです。本当の罪は、神さま から貰った財産を使ってしまったことが「罪」ではないのです。最大の罪は、お父さんを知らなかったことです。どんなお父さんであるかということを知らないで、お父さんを嫌って 出て行った、ということが罪だったのです。

 私は日曜学校から育ったのですが、その日曜学校で先生が「罪」ということをお話してくれたのです。その先生は小学生の私に向かって「罪ってどんなことですか」と言うから「悪 いことをすることです」と言ったのです。そうしたら先生がニコニコと笑いながら、「悪いことをするのも罪に違いないけれども、神さまが一番悲しむ罪はそんなことではありません よ。神さまが一番悲しむ罪は、神を信じないことです」そう私に話したのです。神さまが一番悲しむ罪は「神を信じないことです」と。
 わたしは子供でしたけれど、「そんなことあるか」と思ったのです。世の中にはクリスチャンばかりではないでしょう。クリスチャンは少ないでしょう。神さまを信じないのが 罪なら、クリスチャン以外は皆悪い人だ、ということになるでしょう。クリスチャン以外にも立派な人はたくさんいます。子供でもそんなことぐらい知っていますから、「そんなこと ないでしょう」と先生に文句を言ったんです。そしたら先生がニコニコしながら、「皆さんはネ、何か悪いことをすることが罪だと思っているでしょうけれど、神さまが一番悲しむ罪 は、神さまを信じないことですよ」と言って、なかなか譲らないのです。私は、しょうがないと思って諦めていたのですけれど、今にして初めてわかるのです。「罪」というのは、悪 事をすることではないのです。私たちをこんなに愛して下さっている神さまを嫌って、神さまと一緒にいることが嫌で、神さまから離れて行こうということが一番大きな罪なのです。 このことをこの譬え話は、私たちに教えているのです。「罪」ということはそういうことなのです。
 英語で「罪」というのは、幾つかの言い方があります。一番ポピュラーな罪というのは「クライム」という言葉です。クライムというのは警察に捕まって処罰されるようなこと で、法律的な罪を犯すことをクライムと言います。ところがもう一つ、「バイス」という言葉があります。これは警察に捕まらないのです。けれどもこれは、人を苛めたり、人を憎ん だり、奥さんに暴力を振るったり(奥さんに暴力を振るうと、この頃警察がきますけれど)。とにかくそういう内輪のことで悪いことをするのをバイスと言うのです。つまり日本語で 悪徳ということです。クライムとバイスは誰にもよく分かるのです。もう一つの罪という言い方があるのです。「シン」というのがあります。シンというのを聞いたことがありますか、 皆さん。SINと書きます。シンというのは西洋人は皆良く知っています。これが神さまを信じない罪なのです。これが一番大きな罪だと聖書は言うのです。で、この息子は帰るまでは それが分からなかったのです。帰るまでは、せいぜいバイスまでで、自分が悪いことをしたというだけで帰ってきたのです。ところが、お父さんの姿を見て、自分は「このお父さんを 信ずることができなかった。このお父さんを嫌っていた。このお父さんの愛と苦しみが分からなかった」ということが、どんなに恐ろしい罪かということが初めて分かったのです。
 私たちも同じなのです。神さまを信じないなんてことは、そんな大きな罪だなんて思っていなかったのです。悪いことさえしなければいいと思っていた。ところがそうではない のです。こんなに私たちのために、いつも私たちのことに目を留めて、遠くに行ってしまったことを悲しんで、毎日毎日そっちを向いて待っていた。そのお父さんの気持ちを踏みにじ って、平気でいたということが一番大きな罪だということが分かるのです。これが、このお父さんと弟息子の出会いです。ところが続いて次のようなことが書かれています。お兄さん が出てきます。

25ところで、兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。26そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。27僕は言った。『弟さ んが帰ってこられました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』28兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出てきてなだめた。29しかし、兄は父親 に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会するために、小山羊一匹すらくれな かったではありませんか。36ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰ってくると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』

 そう言って、ふくれたと言うのです。私たちは、この譬話を読みますと、どちらかというと、お兄さんに同情するでしょう。お兄さんが言っていることは無理もないと思うのです。
 しかも、目の前でドンチャン騒ぎをやっているわけです。僕に聞いたら、あの放蕩息子が帰って来たから、お父さんがもう大喜びだ、というのを聞いてふくれたのは当たり前だと思う でしょう。
 しかし、このお兄さんの怒りというのは、内容をよく考えてみると、どんな怒りだったかということが分かります。このお兄さんの怒りは、本当の怒りではなしに、単に虫の居所が 悪かっただけの話なのです。こういうことを考えて御覧なさい。―― 兄さんが畑から帰ってきたら、前の隅の方で誰かがうずくまっている。行って見たら、しばらく帰ってこなかっ た弟が、みすぼらしいカッコをして、そこで泣いている。「どうしたんだ、お前、そんなにみすぼらしいカッコをして。やつれたなあ」と言って声をかけたら、弟が泣きながら自分が 悪かったと思って帰ってきたらお父さんが物凄い勢いで、「お前なんて奴は家の敷居を跨がせないから、トットと出ていけ!」と言って、蹴とばしたという ―― そういって泣いて いたとしたら、お兄さんはどうしたと思いますか。「私も同じ意見だ」と言って蹴とばしたりはしないですよ。「そうか、そうか、親父は喧しいからな。待っとれ。俺が行って詫びて やるから」と言ったに違いない。同じことですよ。同じように弟が帰ってきても、お父さんがそういう態度だったら、この兄貴はたちまち情け深い兄になるのです。つまり、虫の居所 だけでしょう。それで、ずっと、一度も背いたことのない自分が、友人と一緒に食事をしようとする時には、小山羊一匹殺さないという。ユダヤ人は牧畜ですから、肥えた子牛と小山 羊とでは値打ちが違います。自分がこんなに一生懸命お父さんに仕えているのに、自分が友人を連れてきて、一緒に食事をしようとする時に、小山羊一匹すらくれなかった。ところが 、この放蕩息子が帰って来た時に、肥えた子牛を屠ったというのですから、怒るのは当たり前です。
  しかし、この兄貴の怒りは本当の腹の底から出て来た怒りではないのです。虫の居所、自分と比べてみて余り違うじゃないか、と言って怒っただけでしょう。正義のための怒りなん てものではないのです。ちょっと機嫌というか、虫の居所が悪かっただけでしょう。話はこれで終わっているのです。あとで自分で考えなさいと言うことです。私どもはこの譬話を読 んで、何を教えられるかということを考えてみたいと思うのです。

 聖書には、いろいろなことが書いてありますけれど、結局なにが書いてあるかと、二つのことが書いてあると言っていいと思うのです。
 その一つは、「おまえは罪深い」「お前は罪人だ」ということが聖書には書いてある。どこを見てもそれは書いてある。旧約を見ても新約を見てもそれは書いてあるのです。ローマ の信徒への手紙の三章に「義人なし。一人だになし」という言葉があります。「正しい人間は一人もいない」と書いてあるのです。こんなことを言われたら皆さん悲しいですか?「あ あそうか」と思うだけでしょう。あんまり悲しくない。それは「義人なし、一人だになし」皆罪人だと言われたら、悲しくないのです。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というの があります。これはまあいい諺ではないですけれど、一人で赤信号を渡るのは怖い。けれで確かに「赤信号、みんなで渡れば怖くない」。
 私はよく神宮外苑に野球を見に行くのです。野球が終わった時に、神宮外苑の中の道を渡るのです。お巡りさんが「今、自動車が通りますからチョット待ってください」と言うんだ けれど、みんな平気で渡るんです。私だけ待っているかというと、私も一緒に渡るんです。そんなふうに、みんなで渡ると怖くないのです。だから「義人なし、ひとりだになし」とい うことはちっとも怖い言葉ではないのです。みんな義人でないならかまわんではないか、ということになる。だけど、「義人なし。一人だになし」という言葉は、神さまは、これを泣 きながらおっしゃっているのです。私どもに、ただ「お前たちはみな悪い奴だ!」と言っているのではなく、泣きながらおっしゃっているのです。泣きながら「義人なし。一人だにな し」と。
 これは一般論ではないのです。神さまの肺腑を絞っての言葉なのです。皆さんは新聞を読んでおられると思いますが、その中で、罵り合いとか、人を非難する言葉と、人を褒める事 、感心して言う言葉とどっちが昨今多いと思いますか。勿論、新聞には美談も書いてあります。けれども美談は少ししか書いてありません。大抵、総理大臣はけしからんとか、何々が けしからん、政党が争いばかりやってけしからん、そんなことばかり書いてあるでしょう。新聞には本当にそういう言葉が多い。いや新聞ばかりではありません。私どもが自分の心に 浮かぶことを考えて御覧なさい。
 戦争中は、「兵隊さん有り難う」「日本は大東亜共栄圏のためにやっているんだ」と言って、もう自画自賛みたいな事ばかり書いてあったのです。ところが戦争がすんだら、百家争鳴 で、蓋を開けたみたいに、たちまち皆がワーッといろんなことを言いだして、皆「てめえが悪い」「お前が悪い」とばかり言い始めたのです。これは反省みたいですよね。今までした ことが悪いと言うのですから。けれども反省ではないのです。「俺が悪かった」とは誰も言わないのです。「お前が悪い」「東条が悪い」と言い、「陸軍が悪い」と言った。皆さんの 中に陸軍の子孫がいらっしゃるかも知れませんが。「陸軍が悪い」とみんな言ったのです。私も言ったのです。
 そのように自由に何でも言っていい時が来たら、人間はみんな、「お前が悪い」「お前が悪い」と言い出すのです。「自分が罪人だ」とは言わない。みんな「隣人が罪人だ」と言う のです。

 夏目漱石という人は、日本文学者の中では一番人気のある人で、岩波文庫のなかで一番長く売れるのは漱石の小説だそうです。『吾輩は猫である』とか『坊っちゃん』とかいうのは、 とても面白いです。漱石はもともと英文学者だったのですが、途中、中年から小説を書き出したのです。そして、小説が当たったものだから、小説家になったのです。初めに書いた頃 の小説は痛快です。それを読んでみると「お前が悪い」「お前が悪い」という小説ばかりです。
 あの人、「坊っちゃん」は東京の物理学校を出たのかな……? それで愛媛県の松山中学校の先生になって行くのです。そこで色々な経験をするのですが、とても痛快です。松山の は「坊っちゃん」を大変有り難がって、今でも松山市内に行くと「坊っちゃん電車」というのがチャンと保存してあるのです。ところがあの小説を読みますと、松山の悪口が書いてあ るのです。なのに松山の人は有り難がっているのです。それくらい面白い小説なのです。
 けれどあの小説を読んでみて、「坊っちゃん」が勝利したかというと、勝利したのではないのです。最後の方に「赤シャツ」と「野太鼓」という奸物たち、教頭先生たちが、真っ暗闇 の中を温泉に行って帰ってくる。「坊っちゃん」は懐の中に生卵が入っていることに気がついて、その生卵を掴み出して癪に障っているその赤シャツと野太鼓にそれをぶつけて、溜飲 を下げるというところがあります。しかし、それでお終いでしょう。あれは「坊っちゃん」が勝ったみたいですけれど、「坊っちゃん」は負けているのです。「坊っちゃん」はあれで 辞職して東京に帰ったのです。赤シャツと野太鼓は顔を洗って、明くる日チャンと平気で勤めているのです。「坊っちゃん」が勝ったのかといいますと、分かるでしょう皆さん。赤シ ャツが勝っているんです。 漱石ほどの人でも一生懸命社会悪と戦って、竹刀を振り回しているようですが、結局負けているのです。それ程、人間というのは自分は正しく、周囲が悪いということに熱心になるの です。ところが、漱石はいつまでも自分だけが正しいと言わなかったところが偉いところです。

 その後、彼は次々と小説を書きます。『坊っちゃん』の後に『それから』『門』『行人』『こころ』『明暗』と書いてゆきます。だんだん、だんだん、今までは自分だけが正しくて、 周囲がみな間違っていると思っていたのに、そうでないということが分かってきたのです。
 『こころ』という小説は一番よく売れる小説だそうです。『こころ』を読んだ人は沢山おられるでしょう。あれは、大学の先生で、青年から尊敬されている人が、若い時に下宿屋の娘 を、一緒に下宿している尊敬すべき自分の友人と争って、策略を用いてその娘を自分のものにしたのです。ところが、その友人は、それを恨むどころか、自分がまだ学生のくせに、色 恋の事に心を向けたのは間違いだったと言って、そういう内容の遺書を残して自殺してしまうのです。その主人公の「先生」は、自殺したということを聞いて、自殺したその友人の遺 書をすぐに盗み、自分に対する恨みが書いてあるのではないかと思って見たけれども、そんな恨みがましいことは何も書かれておらず、「自分は学生の身分であるのに、色恋のことに 心を向けて、もう駄目な人間だ」と書いてあるのを知るのです。それで先生であるその主人公は非常にショックを受けるのです。ところがしたたか者で、その時に悔い改めないのです。 知らん顔をしていつの間にか大学教授になっている。ところが、その大学教授を若い青年がとても尊敬して、近づいて来るのです。あまりに尊敬されるので、怖くなってとうとう、 自分はこういう人間だということを、自分を深く尊敬し、慕ってくるその青年に告白して自殺をする、という話なのです。
 この小説を読むと、非常に心を打たれるのです。それは何かというと、世間から人格者と言われている人の中に、どんなに黒い、汚いものが入っているかということが、とてもよく書 かれているのです。それくらい、漱石は今まで、俺だけが正しい、「坊っちゃん」だけが正しくて、赤シャツなんかを悪いと思っていたわけです。当たるを幸い、薙ぎ倒していたので す。ところが、今まで外に向かって攻撃していたが、よく考えてみると、その攻撃の矢が、いつの間にか自分の方を向いてきたのです。
 『こころ』とか『明暗』というのは「罪人の告白録」です。罪人の告白です。そういうふうに、漱石はクリスチャンではありませんが、人間として誠実に生きている。今までは自分 だけが正しくて、周囲が間違っていると思っていたのに、間違っていたのは自分だったということが分かってくるのです。人間とはそういう動物なのです。ですから、「汝は罪人」と いう言葉は、本当に人間が真面目に生きていると、だんだんと分かってくる言葉なのです。ところが、聖書を読むと、それだけではないのです。自己反省によってだけで自分の罪が分 かるのではない。逆に、自己反省によって自分の罪が分かることはむしろ少ないのです。漱石のような人は少ないのです。いつまでもなかなか、神さまと出会わないのです。どういう 時に神さまと出会うかということをここで考えてみたいと思うのです。

   この放蕩息子の弟は、お父さんに出会った時に、それが分かったと先程申し上げました。兄貴は、お父さんと毎日生活していてそれが分からなかったのです。それは、私たちが自分 の罪を知るのに、いちばん大事な事は、「私のために、キリストが死んで下さった」という、このキリストが死んで下さったということに出会わなければ「罪」は分からないのです。 自己反省によっては分からないのです。漱石の段階ではまだ分からないのです。私たちはそのことを次に学びたいと思うのです。

 そのことを知るために、聖書が語るもう一つの言葉に移りたいと思います。そのもう一つの言葉とは、第一は「お前は罪人」ということでしたが、それが本当に分かるためには、こ のもう一つの言葉が分からないといけない。それは、「汝の罪、赦されたり」という言葉です。「あなたは愛されている」という言葉です。これが聖書が語る「もう一つの言葉」なの です。
 人間の世界では、立派なものが崇められるのです。立派な人が尊敬されるのです。皆さんの中にも尊敬されている人がいらっしゃるでしょう。そういう人たちは誰が見ても立派に見 えるのです。わざとやっているわけではないと思うけれど、人が感心して下さるのです。立派でなければ人間の世界では尊ばれません。駄目な人間は駄目としか思われません。しかし、 人間の世界では立派な人間が尊ばれるということは実に悲しいことでもあるのです。大抵の人が、立派な人間が尊ばれるのですから立派になりたいと思うわけです。しかし、なかなか 立派にはなれない。どうするかというと、自分の汚いところを出来るだけ隠して、立派な所だけ人に見せようとするのです。上手な人は、実に上手にそれをやるのです。そうすると人 が尊敬してくれるのです。尊敬してくれると、そのうち次第に、自分が本当に立派だと思ってしまうのです。そして傲慢になるのです。そして、そんなにうまく化けられない人を馬鹿 にするようになるのです。だから立派な人というのは誘惑が多いのです。人から尊敬される人というのは、自分の恥ずかしい所を隠して、いい所だけを見せるように努力するようにな るのです。背伸びしたり、嘘をついたりするのです。 
 ところが、聖書の世界では違うのです。聖書の世界では立派な者が尊ばれはしないのです。立派な者は偽善者だと言われるのです。キリストはその偽善をお嫌いになったのです。聖 書の世界では醜い者とか、罪深い者が愛されている。これは素晴らしいことなのです。聖書はそのことを大胆に語っています。醜い者、罪深い者が赦されている。そして、愛されてい るのです。私たちが神さまから愛されているのは、自分の値打ちによるのではなく、私が醜いからなのです。私が罪深いから神さまが愛して下さっているのです。このことが分かるた めに聖書をもう少し読んでみたいと思います。

 聖書の中では、キリストが、私どもを赦して下さったという話がたくさん出てきます。今読んでいるこの「放蕩息子」の譬話もそうです。この、放蕩した息子が帰ってくると、父親 は自分を忘れるように喜んで迎えています。このように罪深い者が罰せられないのです。だから聖書の中の赦しの出来事を読みますと、罰則が無い。刑罰が無いのです。刑罰無くして みんな赦されているのです。
 しかし、これはいいことではないのです。悪いことをしたら、刑罰を受けるというのが正義ということです。だから聖書の中の赦しは正義ではないのです。悪いことをした人が、何 もお咎めなしに赦されている。この放蕩息子もそうですし、「姦淫の女」の話もそうです。あの女も本当は「石で撃ち殺せ」とモーセの掟には書いてあるのですが、キリストは「お前 たちのうちで、罪のない者がいたら、この女に石を投げつけろ」と言われたが、誰も投げられなかった。でも最後にキリストが残っておられるのです。キリストは罪がないから、掟通 りにやれば、キリストが石を取ってこの女を殺さなければならないでしょう。ところが、「私もあなたを罰しない」とおっしゃって、そして、無罪放免にした。放蕩息子にも「お帰り なさい」と言って無罪放免しました。このように聖書の中の赦しの話は、みな同じなのです。放蕩息子も、姦淫の女も、みんな刑罰無くして赦されているのです。これはとっても不思 議なことなのです。キリストは罪に対して刑罰を与えないのか。それは我々にとっては都合のいい赦しだということになります。ところが、刑罰がないというのは大きな間違いなので す。恐ろしい刑罰が聖書の中には書いてあるのです。ただその刑罰は、罪を犯した私たちに向かって与えられていないのです。罪を犯さなかった神さまの独り子に向かって与えられて いるのです。キリストに向かって恐ろしい刑罰が投げつけられているのです。

 聖書を読んで不思議に思うのは、イエス様は悠然として十字架につかなかったと言うことです。仏教の世界では、有名な、立派なお坊さんについての話があります。
 甲府の東にある、恵林寺というお寺に、快川というお坊さんがいました。このお坊さんは、織田信長に憎まれ、攻められて、本堂ごと焼き殺されたのです。この人は殺される時に、 本堂の真ん中に座禅を組み、火が燃えてきて自分が死んだのですが、「心頭を滅却すれば、火もまた涼し」と言って、(火が涼しいというのは、まア、本当ではないと思うけれども) そう言って亡くなったというのです。私も恵林寺に行ったことがありますけれど、快川を神さまみたいに皆が崇めている。そういう偉い坊さんは快川だけではない、たくさんいます。 悠然と死んだ。しかも自分が罪を犯してもいないのに憎まれたり、讒言を受けたりして、殺されたお坊さんはたくさんいます。
 ところが、我がイエス・キリストは、悠然と死ななかったのです。ゲッセマネの園で何とおっしゃったかと言いますと、「主よ、もしできるならば、この杯を私から取り去って下さ い」と言って、しかも、血の汗をポタポタと滴らせて祈ったというのです。
 どれくらい一生懸命祈ったか分からない。何と祈ったかと言うと、「この杯」というのは、十字架につくということです。十字架につかなくても済むように助けて下さいと言って、 必死に祈った、と書いてある。それでは足りないで、翌日、十字架についた時、「我が神、我が神、なんぞ我を見捨て給うや」と逆らわれたというのです。
 十字架の上で、十字架についていながら、「神さま、なぜ私をお見捨てになるのですか!」と叫ばれた。俗な言葉ですけれど往生際が悪いのです。本当に往生際が悪いのです。もう 少し悠然と死んで下さったら、もっと尊敬されたかも知れない。けれども、キリストはもがきながら死んだ。呻きながら死んだのです。神さまに不平を言いながら死んだのです。どん なに辛かったかと言うことが分かるのです。痛いだけではない、痛いだけだったら普通のお坊さんでも我慢したのですから、イエス様でも我慢なさったに違いない。ところが、十字架 につくということは、痛いことは痛いですけれど、それ以上に、神さまから見捨てられるということが辛かった。それは「神の独り子」にとっては、堪らないことだったのです。です から、「我が神、我が神、なんぞ我を見捨て給うや」と叫んで亡くなったのです。
 私たちは、聖書の中に刑罰が無いなんて、甘いことを考えてはいけないのです。聖書の中には、神の独り子である、あのイエス様でさえも、こんなに悶え苦しむほどの恐ろしい刑罰 があるのです。神さまは罪にうるさいのです。小さな罪でも咎められるのです。まして私たちのような罪人は、生かしておけないのです。しかし、私たちは無罪で放免されて、神の独 り子がこんなに苦しんで死んでおられるのです。このことを知った時、初めて私たちは、このキリストの苦しみを見て、私たちの罪がどんなに恐ろしいかということが分かるのです。 しかし、私たちはそういうキリストの犠牲が分からないのです。
 キリストの犠牲が分からないだけではありません。皆さまは今朝何を食べて来られましたか? 朝飯を抜いた人もおられるかも知れませんけど、食べた人は、皆パンを食べたり、お 米を食べたりなさったでしょう。私も今朝、宿で、随分の御馳走にびっくりしながら、それを美味しく食べました。けれど、あの食べたものを見ると、水と食塩以外はみんな動植物を 殺して食べているのです。皆さん、そんなこと考えたことありますか。そう思うとちょっと食べ難いものです。魚でも牛でもみんな死ぬときはのたうって死ぬのです。それをみんなう まいうまいと言って食べるのです。
 人間は自分が動物や植物を殺して食べておりながら、殺したという意識は全然なくて、うまいうまいと言って食べているのです。それが人間が生きている姿なのです。自分が生きる ために、腹を肥やすために、動物や植物を惨殺しておきながら、その罪の責任を全然感じないで、うまかった、うまかったと言っているのが人間なのです。似ているでしょう。キリス トを殺しておいて、助かった、助かったと言っているのと似ているのです。
 聖書の中で、「あなたは赦されている」とか「あなたは愛されている」という言葉は、私たちにとって決して甘い言葉ではないということを本当に、腹に据えて聖書を読まねばなら ないのです。罪の赦しということは、何でもないことではないのです。神さまの独り子が悶え苦しみながら死ぬほどの事なのです。それを私たちは、牛肉や魚を食べるようなつもりで、 平気で食べているのです。弟子たちは居眠りをしていたと書いてあるのです。私たちはそんな食べ方をしているのです。だから、聖書の中の「汝は罪人」という言葉と、それから 「汝の罪赦されたり」という、この二つの言葉は実に重い、本当に重い言葉なのです。私たち人間は、その横着さゆえに、実にこのことを忘れています。自分の魂が救われるためには、 キリストを殺して食べておるのだということを、本当に心の中に思い出さなければならないと思うのです。

 赦されて帰ったこの弟息子は、その後どんな生活をしたかということは聖書に書いてありません。でもそれは、書いてないのは、分かるでしょうということで書いてないのですが、 皆さんはこの息子はどんな生活をしたと思いますか。いっぺんに聖人にはならなかったでしょう。お父さんもこの時は優しかったけれども、もって生まれた頑固さが治ったわけではな いから、翌日から、またガミガミ叱ったかもしれません。お父さんは前と余り変わっていないのです。ただ、あれだけガミガミ言っているお父さんが、本当はどれだけ自分を愛してい るかが分かったのです。ですから、同じことを言われても、今度は嫌がらなくなったのです。
 私はその後のことが大事だと思うのです。私たちが教会員になった時に、我々はもう問題が無くなった。後はもう遊んでいてもいいなんてことではないのです。やはり、同じように 自分の罪と戦わなければならない、苦しまなければならないのです。神さまのきつい言葉に恐れ入らなければならないのです。しかし、同じことをしていても、自分の姿勢が変わった のです。だから、喧しいお父さんが嫌でなくなったのです。神さまは厳しい方ですけれども、私たちのために、独り子を与えて下さったのだ。「汝の罪、赦されたり」ということを、 本当に貫徹して下さったのだ。私たちはそういうところに生き始めているのです。つまり、今までは、この息子が、何故お父さんの所が嫌であったかと言うと、お父さんの所は、自分 の家ではなかったわけです。親父の家だったわけです。「父の家」だったわけです。自分が主人公になるには、都合の悪い家だったわけです。人間はどこに行っても自分が主人公にな りたいのです。けれども、この息子が帰ってきてからは、本当の主人は自分ではなかった、この「お父さん」が家の主人だということに気がついたのです。ですから、今までは、自分 の家を求めて父に反抗していた息子が、この家は「お父さんの家」だったということに気がついて、そして生き始めたのです。
 私たちが生きている世界も、自分の家ではないのです。「お父さんの家」「神さまの家」です。神さまが支配して下さる家なのです。だから、罪深い私たちには随分住みにくいよう なこともあるのです。ただ、前と違ったのは、私自身が変ったのです。ここで、私自身がどんなに罪深くて、そして神さまに赦されたということが分かったから、この「父の家」が住 みにくくなくなったのです。そういうふうにした、新しい「父の家」と呼ばれる家(うち)が、チョッとみたところ、不自由なことがあったり、嫌な所がありましても、根本的に素晴 らしい所だということを私たちは知っていますから、そこで喜んで生きていけるわけです。

 聖書の中には、「父の家」はこういう家だということが例えでいろんなことが書いてあります。ちょうど体みたいな所だということが、コリント前書の十二章などに書いてあります。 ローマ書にも書いてあります。「体みたいなもの」だと。そして私たちはその枝だと書いてあるのです。この手とか足とかいうのが、体の枝です。これが千切れてその辺に落ちていたら、 皆さん気持ち悪いと思うだけで、役に立つとは思わないでしょう。繋がっているから役に立つのです。人間の体は、繋がっているから役に立つのです。繋がっている体というのは、実に うまく助け合うのです。

 サリドマイドという薬のために、手が短く生まれた子供が三、四十年前に、だいぶ世界中に生まれました。あのお子さんたちはとても可哀そうでした。生まれつき手が無いのですか ら。どんなにか辛いだろうかと思いました。ところが、あるニュース映画を見て私はびっくりしたのです。ある女の人は手が無いのに、足で裁縫をしているのです。足の指で針を持っ て糸を通しているのです。そんなことチョッと出来ないでしょう。だけれども手の無い人はそれをやっているのです。つまり、手の無い人は、手のないことをいつまでも嘆いていない で、足を一生懸命訓練して、足で手の代わりをしているのです。私たちは、不自由な人を助けてあげた時に、自慢はしなくても、腹の中で「ああ、この人は私が助けてあげて、喜んで くれているに違いない」と思うのです。だから、あんまり喜んでくれないと不平を感じたりするのです。けれど、同じ体に繋がっている枝はそんなこと考えないのです。サリドマイド で手の無い人の足は、手に向かって、お前が怠けているから俺は二倍も苦しんでいるんだ、などと言わないのです。黙ってやるのです。足を訓練して、足で裁縫をやるのです。これが 生きている者の体なのです。体というのはそういう不思議なものなのです。

 私が牧会した高知教会には目の不自由な方がかなりいらっしゃいましたが、途中から糖尿病かなにかで眼が不自由になった方は可哀そうです。四、五十歳になってからでは点字がな かなかうまくならないのです。けれど生まれつきの人はあまり不自由を感じないようなのです。白い杖をつくのが嫌だと言って、杖を使わないで歩く人もいるのです。杖をついている 人は足下の障害物は分かりますが、目の高さにある看板などは、そばに行くまで分からない。でもそれで顔をぶつけるかというと絶対そんなことはないといいます。そばまで行くと風 圧で分かるのだそうです。だから目の前まで来た時止まるのだそうです。凄いですね。だから生まれつきの盲人は「あまり不自由はありません」とおっしゃるのです。それくらい、目 が悪かったら、目が皮膚の代わりをする。それで、皮膚は目に対してお前が怠けているから俺は辛いとは言わないのです。それが体というものです。 「キリストの家」「神さまの家」「父の家」では生きているものが皆そういう風な繋がり方をしているのです。だから不平がなくなるのです。そして助け合うことが当たり前になるの です。「俺の家」だったらそんな風にはいかないのです。「父の家」だからそういうことが出来る。私たちがこうして教会に召されているということは「俺の家」ではなく「父の家」 に召されていると言うことです。ですからそういう楽しい生活が出来るはずなのです。  どんな理想的な「父の家」であっても、生まれつき精神障害、身体障害があって生まれてくる人がいます。何故そのような人たちが生まれるのでしょうか。それは神さまも答えてく れないのです。どんなに聞いてみても神さまは黙っていらっしゃって、分からないのです。その話をしたいと思います。

 私はアメリカへ少し勉強に行ったことがありますが、その帰りがけにバス旅行をして、高知県で何十年も伝道して下さったラウド先生という、おばあさんが、ミシシッピー州のジャ クソンという町の養老院におられましたので、私はそこに見舞いに行ったのです。その時九三歳でした。余り早い時間に行くのもまずいので、時間つぶしに公園へ散歩に行きました。 いろいろな人が散歩にきておりまして、その中に弁護士さんが一人来ておりました。ジャクソンの町には日本人はあまり行かないようで、その人が私の顔を見ながら、「あなたはチャ イニーズか?ジャパニーズか?」と聞くものだから、私が「ジャパニーズ」だと言ったら、「そうかね、日本からよく来たね」と言って、話をしたのです。
 その人は、自分の教会には自慢が一つある、案内するから来なさい。と言って私を教会の墓地に連れて行ったのです。そこには、寸分違わない、二つの小さなお墓があったのです。 そのお墓についての話をしてくれたのです。
 その墓は七十前後で亡くなった二人の教会員の婦人の墓なのだそうです。その二人は同じ日に産まれたんだそうです。誕生日が同じなのです。一人は、小頭症という、頭が生まれ つき小さくて、脳の働きが生まれつき十分でないそういう病気(障害)だったのです。一人は健全でした。同じ日に産まれたということで、仲良くしていたのですが、その小頭症の 子どもが、ずいぶん知能が遅れているものですから、健全な方の女の子が母親に「お母さん、どうしてあの子はあんなに不自由に生まれたの。どうして神さまは、あのように生まれ させたの?」と聞いたんだそうです。そうしたらお母さんが「私にも分かりません。私にも分からない。どうして神さまがあんなふうになさったか分かりません。けれども、神さま がなさったのには違いありません。でも私たちは分からないからと言って、捨ててしまわないで、それを受け取らなければならないと思うの。」と言うのです。「だからお母さん あなたとで考えて、この同じ日に産まれた仲良しのあの子が、あんなに不自由なのをそのまま受け取りましょう。意味が分からないけれど、神さまの手から受け取りましょう」と言 って、受け取るにはどうしたらいいかという事を一生懸命考えたというのです。そうしたらその女の子が「私は、もうあの子と一生いきることにする。あの子と二人で一生いきるこ とにする」と言って、ハイスクールを出た後、大学に行くのを止めて、郵便局に勤めたんだそうです。そしてお母さんはだんだん年取って亡くなったんですけれど、その女の子は、 小頭症の女の子と同じ家に共同生活をして、ずーっと一緒に住んだそうです。小頭症の子は普通、二十歳前後に亡くなってしまうのだそうですが、どういうわけか、その女の子はず っと長生きをして、七十近くまで生きられたそうです。そして、その小頭症の女の方(かた)が先に亡くなって、二、三年して助けた方の婦人も亡くなったそうです。独身で一生過 ごされたそうです。
 先に小頭症の人が亡くなった時に、一緒に生活した友人は、その亡くなった人のために小さなお墓を建てたのです。そして、次にその婦人が亡くなった時に、今度は教会が、前の 人と寸分違わないお墓を隣に建てて、二人のお墓を並べたのだそうです。
  その弁護士さんは、これが自分の教会の誇りだから見てくれと言って、案内してくれたのです。 私はそういう話を聞いたのです。
 これは、いい事を二、三遍したということと違うのです。自分の七十余年の生涯を、神さまがどうしてその小頭症の子どもを生まれさせたか分からない、分からないまま受け取り、 そうして一生懸命一緒に生きた。そして喜んで二人とも死んだのです。こういう事というのは、これは人間が考えて出来ることではないと思います。また、この話は、神さまが何故 こういう生まれつきの不幸な子どもを造るかということの答えにはなりません。相変わらず分からないのです。分からないけれど、どんなに神さまを信ずるものが、それを一生懸命 受け取ったか、ということは見事だと本当に思うのです。その人は有名になりたくてやったのではないのです。その人は善行をして人に感心してもらおうと思ってしたのではありま せん。一緒の日に産まれた女の子が、どうしてこんなに頭が小さくて、考える力がなくて、可哀そうなのかということで、分からないまま、神さまの与えて下さったのを受け取った わけです。全身で受け取ったわけです。そして一生懸命生きたわけです。私どもの世界には理解できない、わけの分からないこともあるのです。神さまがちゃんと回答して下さらな いこともあるのです。だからと言って、神さまのすることは分からないと言って、嘆いたりしてはいけないのです。分からなくても神さまが与えて下さったものは一生懸命受け取ら なければいけない。そうしたら、神さまが造りだした新しい「父の家」の住民になることが出来るのです。

 私たちの世界、私たちの生涯は、自分の幸せのための生涯ではありません。私たちは「父の家」の中に召されているのです。主人はお父様です。主人は神さまです。神さまが主人 である所では、どんな事も致命的な障害にはならないということを、この二つの墓の主人公は、私たちに力強く語ってくれていると思うのです。「父の家」というのはそういう意味 だと思うのです。「父の家」というのは、私たちが考え出したことではなしに、神さまが与えてくださる、本当に幸せな家だと思うのです。

  お祈りをします。

  父なる神さま、この聖日、私たちはあなたに招かれて、この教会に集いました。私たちは目に見えないあなたを信じ、あなたが私たちの罪を指摘し、悲しまれながら、私たちの罪を 赦して、私たちを救おうと、どんなに真剣に考え、語りかけて下さっているかを知ることが出来ました。
 どうか、私たちはこのことの前に頭を垂れ、すべてを支配し給うあなたの家に住むことを喜び、あなたが主であり給うことに深い信頼と尊敬とを捧げることが出来ますように。 その中で本当に幸せに生きることが出来ますように、励まして下さい。
 貧しいひと言の祈りを、主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。 アーメン  

   

(2000年10月22日 キリスト教伝道礼拝説教)