2007.07.08

「平和を求めて」


ミカ書6:8,4:3 
   

宮 崎 徹 牧師

  「人よ、何が善であり
主が何をお前に求めておられるかは
お前につげられている。
正義を行い、慈しみを愛し
へりくだって神と共に歩むこと、これである。
(ミカ書6:8)


主は多くの民の争いを裁き
はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。
彼らは剣を打ち直して鋤とし
槍を打ち直して鎌とする。
国は国に向って剣を上げず
もはや戦うことを学ばない。
(ミカ書4:3)

 今日はミカの言葉を読みました。エルサレムの西南、とある農村から、ちょうどあのイエスのように、貧しい農民ミカがエルサレムに赴いて、神について語る。特にこのミカの時代は軍事を拡大しようとするとてつもない大きな勢力が北に発生した。これはアッシリアという国です。アッシリアも始めのうちは弱い国々の所に行って、貢物を貰って、「絶対にあなたに反抗しません」という誓いを立てれば「よし、よし」と言って部隊は離れていったのです。ですから時々やってくるのを、貢だけ渡せば取りあえずはかたが済んだのです。ところが、このミカの時代は違います。アッシリアは帝国主義といいますか、自分の民族が一回も住んだことのない土地に、自分の民族の血を送り、領土を拡大するという戦法に打って出たのです。エルサレムの近くの田舎から出てきたミカ、この田舎のすぐ近くは地中海です。その海岸線をアッシリアの軍隊が様子を窺って、定期的に出没するというそう言う時代です。そうなるとその周りにある小さな国は、そのアッシリアとどう向き合うか。どのような出方が得策か、有利か。アッシリアに抵抗しようという運動も当然ありましたが、反面、アッシリアの凄い脅威に睨みつけられているそういう恐ろしさ。明日にも侵略されて自分たちがエルサレムを失う、あの神殿が完全に解体される、そのように思わせられる日々が続いていたと思われます。
 ところがミカはサッと現われ、そして「剣を打ち直して鋤としよう。槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。それが実はヤアウエの考えだ。神様の考えはここにある」というふうにエルサレムで大きな声を上げたのです。
 これは人々にとってはある種、慰めでもあったでしょう。皆、怯えているのですから。でも、一体どれが正しい考え方か分からない。ちょうど今の日本と同じです。どうでしょう。沖縄は継続して今のアメリカにあげたほうがいいのですか。それともアメリカにはもう帰ってもらった方がいいのでしょうか。横須賀も同じです。あの原子力空母などというものはどうでしょう。もし事故があったらどうしましょう。首都圏三千万の人の命は保障されない、とこう言われています。じゃあ、やっぱり帰ってもらう。ここで民主党になったから、思い切り変ったほうがいいのか。皆それぞれの考え方を組み立てているのだと思います。聞くところによれば、中国は、アメリカが日本にいたほうがいい、と言っているらしい。中国はアメリカにいてもらったほうがいいと思っているようです。中国はまだ日本を信用していない。また来るかも知れないと思っている。日本がチャンとした軍備を持つとまた来るかも知れないと思っているから、取りあえずアメリカに任せておいた方がいいと思っているらしい。凄いものだなと思います。
 どんな考え方を我々は組み立てたらいいのか。千差万別だと思います。ミカの時代も同じです。皆が色々考えていたのだと思います。ところがミカはそこで取りあえず、「神の意思は伝えよう。神の意思はやっぱり平和なんだ。軍事力を拡大するということでは神の意思は運ばれない。」このことだけを明瞭に言ったわけです。これを聞いていた人々は、ある種、安心した人もいるでしょう。勿論反発した人もいるかも知れません。
  実は、私は13年前に横須賀に来たのですが、その月例デモの、デモ用の横断幕を一枚作りました。それは日本語ばかりだと米兵たちが読んで分からない。そこで私が考えたのはこのミカの言葉です。一番最後のところ、戦争について、「もはや戦うことを学ばない」と。これを英語の聖書を見たら、「STUDY WAR NO MORE!」(ノウモア もはや〜しない)とありました。これを横断幕に書いて歩いています。
 イージス鑑の動かし方、原子力空母の円滑な運用について日々海軍の人々が学んでいる。そういう人々に対して「STUDY WAR NO MORE!」と、この聖書の言葉を突きつけて歩くわけです。
 横須賀は湾岸戦争、イラク戦争で口火を切った、最初のトマホークミサイルによる攻撃をした全ての艦船の基地です。全部神奈川に配備された艦船からバグダッドへとトマホークミサイルが打ち込まれているのです。
  このイラク戦争の最中で、キリスト教徒たちはブッシュ政権を完全に支持しました。そして「悪の枢軸である」などとイスラム教徒を位置付け、完全に悪魔化した・・・。そういうバカなこと言って煽ったわけでありますけれども、それに皆、アメリカのキリスト教徒は迎合した。90パーセントがイラク戦争を支持したのです。かなりの、普段私たちが信頼できる、良識あるキリスト教徒であると考えていた人たちも、あのイラク開戦の時には相当軸をぐらつかせていたと私は思います。その姿はあのナチスドイツに迎合したキリスト教徒、ドイツのカトリック教徒などは全部あの戦争、ヒットラーを支持したのです。ナチに抵抗した牧師たちもおりますが、そういう人は極々少数です。大半のキリスト教徒は迎合していったのです。
  わたしは、イラク戦争のときにアメリカのキリスト教徒が、ナチの時代のキリスト教徒と同じになったのではないかと思いました。そして全共闘時代のキリスト教に対し批判的に捉えようという思いが、あの湾岸戦争開始とともに米軍のゲート前を通るときにいつも自分の中に起こっていたと思います。
  ミカは冒頭「終りの日には」という枕詞ともいうべきものを付けています。それは考えてみれば先ほど申上げたように、軍事的な圧迫が現在進行形で展開している中ですから、彼はそこでは「終りの日」と言いました。どういうことでしょうか。「ヤーウェが地上に介入する。その時には完全な平和が達成される。」ということを言ったわけです。「終りの日」という言葉の意味合いはそういうことであろうかと思います。
  ところが、今回久しぶりに旧約聖書のATDという注解書を見てここの所を参考にしました。日本語の翻訳では充分伝わらないところがあると思いますが、このATDの聖書学者は預言者の言葉をある種、彼岸的なこと、この地上のことではなくて、やがて来る、神様が介入したその瞬間に達成されることとして書いている、主張しているなと思いました。でも、わたしはその解説は余計だなと思いました。そういう解説をするからキリスト教徒は自分の身近な問題について、最終的には全部神様に丸投げすれば解決してくれると思うようになりはしないか。そういう誘惑がないか、と思います。ミカが語ったときは果たしてそういう意味だったのか。「もうこれはしょうがない。アッシリアが来るかもしれない。滅ぼされるかもしれない。結論については分からない。しかし、神さまは本当は平和を望んでいるのだ。」と・・・。
 でもこの程度のことを言うのだったらミカは何もエルサレムに行って大声を出す必要はない。ミカがやはり望んだことは「神の意思はそこにあるのだ」と、「だからあな た方はそのことを忘れるな。それに踏みとどまれ」と、それを軸にして、その政治的な状況について判断して行け、と。やはりそこまで深く立ち入ったのではないか。
 「いやー、いよいよ来るよ。ゴチャゴチャになるかもしれない。自分の窓を閉めて、しっかりと心を落ち着けて、天を仰いでじっと待とう。邪(よこしま)な考えを持っている人は皆滅びてゆくかもしれない。しかし、しっかりと待っていれば自分は救われる・・・。」
 これではちょっと違うのではないか。これではカルト、カルト宗教に非常に近いものではないかと思います。本当にイエスの教えとか、預言者の教えというのは、宗教のない人とも、あるいは他宗教の人とも連帯していけるような、そのような能力というか、力を私たちに与えてくれるものではないのか。普遍的なものではないかと思うのです。預言者の言葉やイエスの教えというものは普遍性があると思うのです。
  イエスは何とおっしゃったのか、勿論聖書は全部、イエスが自分で書いた言葉ではありません。その後に教会が出来て、教会がイエスをどういうふうに位置付けるか、その約束事の上でイエスの生涯についても書いているところがありますので、イエスご自身が語った言葉と、教会がイエスを捉えたその言葉とは若干のずれが当然あります。これは仕方がない。しかし、イエスの言葉の中にあるように「憐れみ深い人はさいわいだ。」「義のために迫害される人はさいわいだ」「義に飢えかわいている人はさいわいだ」「平和をつくり出す人はさいわいだ」と現在形で語っているわけです。イエスは預言者の子どもだ、と言われることがありますが、預言者が残したとても良い遺産を、イエスは再来者として私どもにまた教えてくれた人だ、というようなことも言われます。
 イエスはこのようにみな現在形で言われました。やはり現在形というのが大事なのかなと思います。


 10年前、ある人と出会いました。これはアメリカの海軍、海兵隊員のアレン・ネルソンという人です。たまたま、私と年が同じでして、ベトナム戦争で死線を潜り抜けてきた人です。黒人の兵隊さんです。彼は、PTSD(注:Post-traumatic Stress Disorder:外傷後ストレス障害)というベトナム戦争の精神的な後遺症で、ずっと今に至るまで治療を受けないといられない方です。しかし、彼は今ニューヨークでベトナム戦争退役軍人たちの平和運動をやるグループを主催したり、色々と活動をしています。彼が日本へ来て、たまたま鎌倉で話をしました。大変印象深い言葉を彼は言いました。それは、「海兵隊員は朝の4時にはグランドに出て、そして部隊ごとにランニングをする。その時に、掛け声で、日本人でしたら『ヨッシ、ヨッシ』などと言うんでしょうが、海兵隊員は「キル!、キル!、キル!」(「殺す、殺す、殺す」)と言って、4時からランニングをする。一日中、授業の中でもそれをやる。そのようにして如何に強く、敵を倒すことが出来るかということを毎日、つまり戦争について如何に効率よく相手を殺し、自分が生き延びるかという、その術を勉強している、必死に勉強している。だから皆さん!皆さんも本当にこの世界を平和にしたいと思ったら、懐手でいたら敵いませんよ。戦争の勉強をしている人がいっぱいいるのですから。あなた方も真面目に『平和が大事だ』ということを自分でやれる仕方でいいから、祈り求めるとか、何か行動をするとか、やっぱりやらなければ戦争なんて絶対になくなりませんよ。」とアレン・ネルソンは言ったのです。これは名言だと私は思います。やはり戦争を経験した人間、海兵隊の訓練を経験した人間が言える言葉なんだろうなと思います。
  さて、長くなりました。ミカは平和のことと更に6章では「正義をおこない、慈しみを愛し、謙虚に神と共に歩め」と語っています。
 私、63歳を目前にいたしまして、まだまだ悩みの多い人生を生きています。これは自分の抱え込んだ性格のせいかもしれませんが、なにか人生平穏にいきません。しかし、感じていることは、いよいよ自分の人生の終盤にきている、このことは間違いありません。ところが今日は大先輩にお会いしました。その皆さんがとてもお元気そうにしていらっしゃるお姿を拝見しました。まだ私が63歳で終盤なんて言いますと笑われるかも知れないと思いますけれども・・・。
 しかし、いずれにせよ「正義を行い、慈しみを愛し、謙虚に神と共に歩め」と預言者は我々に語りました。これ全部三つを足すと、「正義と平和と愛」ということです。「正義と平和と愛」。 実はこれは旧約聖書にいっぱい書いてあります。ところが、神学生の時代にも旧約聖書をあまり読まなかったものですから、私どもが「正義と平和と愛」という三点セットを教えられたのは、実は「解放の神学」という神学を展開した南米の人たちとかフィリピンの人たち、貧しい地域の人たちからです。その人たちが聖書を読んで、「神様の意思は正義と平和と愛だ」と書いて私どもに発信したのです。何もそれは新しいことではなかったのです。「正義と平和と愛」については旧約聖書に書いてあるのですから。


 私は40歳くらいまで頭に抱える問題があったりして、寝る前にお祈りして、寝ようかという時に腕を組むと瞼に映像が生じるのです。皆さんは如何でしょうか。映像の生じる方いらっしゃいますか。つまり、神様の姿です。それを模索しますか。ないですか、透明ですか。私はなにか中世のキリスト教絵画のイエスの顔がヒュッと出てきたり、で、たいてい最後は木下芳次(牧師)の顔が出てきます(笑い)。「アッー、」と思ってそれを消すわけですが、でもその後は映像で神を捉えるのを止めました。捉えられるはずがないのですから。そんなことをしたら神様に叱られる。「私の姿は捉えられない。わたしは形ではない」と。 あッ、そうか、じゃあ声だな。「正義と平和と愛」この三つの声だと。これは分かりやすい、分かった。私はそれ以来お祈りする時には「正義と平和と愛の神様」このように神様について申上げる、というようにしたのです。

 
 どうか、私ども、人生の前半の者も、中盤の者も、そしていよいよ晩年の者も、正義を行い、慈しみを愛し、平和を祈り、そして自分の命に、神が目に見えないかたちであるけれども、ともに歩まれているということ、そのことを覚えて日々の人生を歩んで参りたいと思うのです。
 どうか、皆さんお一人おひとりの上に、祝福がありますように。そして、まだヒビ一つないこの共同体、この教会の建物とここに集る皆さん共同体の上に神様の祝福がありますようにお祈りいたします。


 一言祈ります。
 神様、今日はここで共にあなたを覚えることが出来ましてありがとうございます。どうかこれからの歩みの上にも、またいつも充分な祝福と備えをもって私どもの人生に臨んでいてくださるそのことを覚えて、謙虚に歩んでまいることが出来ますようにお導きください。
 今日、この場所に集れなかった方々の上に、どうかその場にありまして、あなたの顧みを一人一人覚えることが出来ますように。
 主イエス・キリストの御名によってお願い致します。アーメン。

(説教前段の挨拶、今日に至るまでの歩みについての感慨を語られた部分はスペースの都合で割愛させて頂きました:月報編集担当)

 

(2009年10月25日 茅ケ崎教会創立82周年記念礼拝説教)