2019.5.12
    

    

     

    

      病める人一人一人に    

   詩編41:1〜14    マルコによる福音書1:21〜39

                         牧師 櫻井重宣

 

皆さんの中にも、ご自分が病気を抱えて苦しんでいる方、またご家族のご病気に苦しんでいる方が少なくないと思います。病気を抱えることは肉体的につらいことは当然なのですが、病気になることによって、自分自身も落ち込むだけでなく、まわりにいる人々から、いろいろ言われることがつらいのではないでしょうか。

 ただ今、司会者に読んで頂き、耳を傾けた詩編41は今から3000年前のダビデの詩です。王さまダビデが病床にあって歌った詩ではないか、」と言われています。さらに病気だけでなく、息子のアブサロムがクーデターを起こし、動揺しているときの歌ではないかとも言われます。この詩は病気になって苦しんでいるとき、共感を覚える詩です。

見舞いに来た人は、根拠もないのにすぐ良くなりますよ、と適当なことを言い、病室を出ると、病気の人を心配するより、ああだ、こうだといいかげんなことを言う、病気になったとたん、それまで親しくしていた人がその人のもとを去って行く、そういうさびしさを神さまに訴えています。

 わたしの身近にいる人、親しくしていた人は、病気になって何がつらかったというと、自分が元気のときまわりにいた友だちが、病気になったとたん自分のところから一人去り、二人去り、最後はほとんどいなくなった、あの時ほど孤独を覚えたことがないと、話していたことに心が痛みます。

 

ところで、今マルコによる福音書1章21節以下に耳を傾けたわけですが、ここにはイエスさまがカファルナウムで、神さまの福音を宣べ伝える働きを始めたとき、真っ先に誰のことに心を用いたかと言いますと、病める人に対してです。ここには、病める人一人一人に心を砕いておられることが記されています。最近、ご病気の方のことで多くの時間を割くことが余儀なくされていますが、それだけにイエスさまが公の働きを始めたとき、病気の人一人一人に心を込め、全力で関わっておられるイエスさまを本当に身近に覚え、慰めを与えられます。

 

マルコによる福音書1章21節から少しずつ読んでいきましょう。先ず21節と22節です。

「一行はカファルナウムに着いた。イエスは安息日に会堂に入って教え始められた。人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになった。からである。」

 イエスさまは礼拝の日である安息日に会堂に入って教え始められました。しかも、ここでわたしたちが深い思いにさせられるのは、イエスさまが律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになった、というのです。もう少し言葉を補えば、そこに居合わせた一人一人が、自分の心にイエスさまが語りかけている、そうした思いでイエスさまの語られるのを聞いたというのです。だれにでも通用する一般的なことではなく、わたしひとりのためにイエスさまが語っておられる、そうした感動をそこに居合わせて人が覚えたというのです。

 23節〜25節にこう記されています。

「そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。『ナザレのイエス、かまわないでくれ.我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。』イエスが、『黙れ。この人から出て行け』とお叱りになると、汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。」

 安息日の礼拝に汚れた霊にとりつかれた人もいました。礼拝にはそうした苦しみを持つ人も招かれています。汚れた霊は、イエスさまがどういう方か敏感に感じとりました。イエスさまと汚れた霊との真剣勝負です。汚れた霊も必死です。イエスさまがどういう方かを察知し、自分たちを滅ぼしに来た方だ、ということがわかるのです。

 このあと5章ではゲラサ人の地で、墓場を住まいとしていた人と一対一でイエスさまは対決しています。そのときもその人は、「いと高き神の子イエス、かまわないでくれ。後生だから、苦しめないでほしい。」と叫びました。汚れた霊にとりつかれた人は、イエスさまが悪霊の領分を踏み越えて、一歩二歩近づきますと、「正体は分かっている。かまわないでくれ」と叫ぶのです。けれどもイエスさまは、その人に癒やしを差し出すことを願い、「黙れ、この人から出て行け」とお叱りになるです。そうしますと、汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行きました。

 27節と28節をお読みします。

「人々は皆驚いて、論じ合った。『これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。』イエスの評判は、たちまちガリラヤの地方の隅々にまで広まった。」

 ここでも「権威あるもの」という言葉があります。その人の心に食い込む、そうした力をイエスさまはお持ちになっておられたのです。

 

 29節〜31節も心を動かされます。「すぐに、一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブとヨハネも一緒であった。シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことを話した。イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。」

 シモンとアンデレはイエスさまの最初の弟子です。シモンはペトロです。シモンは結婚していました。イエスさまについてくるようにと招かれたとき、網は捨てたのですが、妻を連れて、それだけでなく妻の母親も連れてイエスさまのお仕事をするようになったのです。

 

茅ヶ崎の地で、92年前に結核で亡くなった八木重吉にこういう詩があります。

 「裸になってとびだし 基督の足もとにひざまずきたい

  しかしわたしには妻と子があります すてることができるだけ捨てます

  けれども妻と子とをすてることはできない

  妻と子をすてぬゆえならば 永劫の罪もくゆるところではない

  ここに私の詩があります これが私の贖(いけにえ)である

  これらは必ずひとつびとつ十字架を背負うている 

これらはわたしの血をあびている 

手をふれることもできぬほど淡淡しくみえても

かならずあなたの肺腑へくいさがって涙を流す」

 

 ペトロもそうでした。妻を、妻の母を連れてイエスさまに従ったのです。その妻の母が熱を出して寝ていたので、人々は彼女のことをイエさまにお話しすると、イエスさまは彼女のそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなしたというのです。イエスさまはついてきた人の家族のことも心に留めておられます。ただ、これは翻訳の問題ですが、「もてなした」という語は、仕える、奉仕するという言葉です。女の人だから「もてなす」と訳したものと思われますが、一同に「仕えた」、です。イエスさまが心を込めて彼女のところに足を運んで、手をとって起こされると、彼女の熱は下がった、彼女もイエスさまに仕える歩みを始めたのです。

 

32節〜34節にこう記されています。

「夕方になって日が沈むと、人々は病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た.町中の人が、戸口に集まった.イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである。」

 イエスさまはどんな病気に悩む人、重荷を負う人を招く方です。イエスさまのまわりには病気に苦しむ人がたくさん集まってきたのです。

 

最後の35節以下「朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。シモンとその仲間はイエスの後を追い、見つけると、『みんなが捜しています』と言った。イエスは言われた。『近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである。』そしてガリラヤ十中の会堂に行き、悪霊を追い出された。」

ここで心に留めたいことは二つです。一つはイエスさまが朝早く、人里離れたところで祈っておられたことです。旧約の預言者も、来るべきメシアは、朝毎に御言葉に聴く、耳を傾ける方だ、そのことにより昼間に疲れた人を励ますことができる、と。イエスさまは朝早く祈り、み言葉に耳を傾け、昼間に病気の人、苦しむ人に関わったのです。イエスさまご自身、み言葉を必要としていたのです。上からの慰めを必要としていたのです。

 今一つは、イエスさまがカファルナウムのとどまらずガリラヤのほかの町や村にも伝道を続けたことです。

 

土門拳という優れた写真家がいました。古寺巡礼、筑豊の子どもたち、ヒロシマなどの写真集があります。山形の酒田の方です。土門さんの写真はもちろん素晴らしいのですが、わたしは土門さんの文、随筆にいつも励まされています。今日のマルコ福音書に記されるイエスさまのことで思い起すのは、薬師寺の三重塔についての文です。こういう文です。

土門さんは薬師寺の三重塔は晴れた日でも雨が降っても雲が流れても流れていなくてもその美しさは微動だにしない。美しいものは、そして眼に見えるものは必ず映るというのが持論であった土門さんが、日暮れの後の薬師寺の塔にカメラを据えさせた。露出計をにらんでいる助手は「もう写りませんよ」と撮影を中止させようとする。土門さんは「まだ塔がよく見えるではないか」とどなりつけ、ありったけのフラッシュを閃かせた。そして一時間シャッターを開け放しにしてさすがに一寸先も見えなくなったので、撮影を終了にした。ぼくのがんこぶりに手を焼いている助手たちは、写ったかどうか百円賭けよう、といいだした。もちろんぼくは受けてたった。東京に帰り、現像した結果、そのフィルムは真っ黒で一本の柱も写っていなかった。助手どもは「眼に見えても写らないものですね.写真を撮るのはレンズですよ」と鼻たかだかで、百円ずつぼくから巻き上げていった。ぼくは腹の底で助手たちの軽薄さを笑った.三十メートルも先から閃いたフラッシュがあの高い塔まで届くわけがないことはぼくだって分かっている。しかしフラッシュが閃いたとき、たしかにこの塔は優美な姿を現わしたではないか。フィルムに色を出すだけが写真を撮るということではない。色が出たか出ないかはあくまでも結果であって、眼で確かめ、心に叩き込まれたとき初めて写真は写ったといえるのである。

 

 どうして土門拳さんのこの文に心引かれるかと申しますと、最近、大きな苦しみに直面しておられる方が、わたしの関わりを持つ方々の中にあまりにも多くおられ、途方にくれる日々です。大きな苦しみの渦中にある方々は土門さんの表現によればフラッシュをたいても写真に写らないので途方に暮れます。しかし、福音書を書き記したマルコは、イエスさまは病んでいる方、どの人にも一対一で、心を込めて関わった、そうしたイエスさまの姿を眼で確かめ、心に炊き込んで、イエスさまのことを証しているのです。どんなに暗黒の世界でもイエスさまが苦しんでいるお一人お一人のそばにおられる、そのことを証ししようとしています。

わたしたちもそうしたイエスさまを証ししたいと願っています。

      (2019年5月12日 主日礼拝説教)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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