2019.3.03
    

    

     彼は侮られて、人に捨てられ   

   サムエル記下16:5〜14  マタイによる福音書27:27〜31

                            櫻 井 重 宣

 

今週の水曜日からイエスさまの十字架の苦しみを覚えるレント・受難節に入ります。ここしばらく旧約聖書に耳を傾けていますが、わたしたちが旧約聖書に耳を傾けるとき大切にしたいことは、旧約聖書にはそれ自体で豊かな内容が記されていますが、それを学んで満足するだけでは不十分です。あえていうなら旧約聖書がイエスさまを、とくに苦難の道を歩まれるイエスさまを証ししている、そのことを心深く覚えることが大切です。そのことを心に留めながら、今朝は、サムエル記に記されるイスラエルの王ダビデのことに思いを深めます。

 

先週は、王さまになったダビデが、すなわち頂点に立ったダビデが部下ウリヤの妻バトシェバと姦淫し、しかもその大きな罪を隠そうとしました。ダビデはその罪を預言者ナタンに指摘されたとき、王さまの権限でナタンの指摘を退けたり、無視したりすることもできたのですが、真剣に受けとめ、「わたしは神さまに罪を犯しました」と心から懺悔し、神さまに赦しを願ったことをことに思いを深めました。

実は、この出来事のあとダビデが、大きな苦しみ、悲しみに次から次と直面したことがサムエル記下に記されています。

預言者ナタンにダビデの罪が指摘されたことはサムエル記下12章に記されていましたが、13章には、ダビデの息子、娘たちでこういうことがありました。ダビデには母親の違う息子たちがいました。旧約聖書の時代、イエスさまのお生まれになる700年頃前までは、何人かの妻がいたり、何人かの女性との間に子どもが与えられたことが聖書に記されています。ダビデもそうです。13章に、母親の違うダビデの息子、アムノンとアブサロムのことが記されています。異母兄弟です。アブサロムには妹タマルがいました。ここで大きな問題になったのは、アムノンが母親の違う妹タマルを好きになってしまったことです。アムノンはタマルを思うと病気になりそうでした。そこで、王さまに願い出て、タマルに見舞いにきてもらい、タマルから食べさせてもらおうとして、タマルがベッドのそばに来たとき、タマルを力づくで辱めたのです。

ダビデはこのことの一部始終を聞き、激しく怒り、タマルの兄アブサロムはアムノンを憎悪しました。アブサロムはアムノンを殺すチャンスをうかがい、タマルが辱められてから2年後、自分の家来たちにアムノンを殺させました。アムノンを殺したアブサロムはダビデのもとにいることができず逃げてしまいました。父親であるダビデは、タマルを辱めたアムノンなのですが、アムノンが殺されたとき、アムノンを悼み続けました。そのためアブサロムは逃亡先に3年間留まり続けざるをえませんでした。王さまのダビデにとって母親が違うといっても息子であることにかわりがないのですが、アムノンはタマルを辱める、それを怒ったタマルの兄アブサロムがアムノンを殺す、こうした苦しみを、悲しみを経験させられたのです。

14章には、逃げていたアブサロムが部下のはからいでダビデの赦しを得て、エルサレムに3年ぶりに戻ったのですが、ダビデは息子のアブサロムに会おうとしないまま2年間過ぎました。アブサロムがアムノンを殺して5年目、ようやくダビデはアブサロムと会いました。

けれども15章にはそのアブサロムが40歳のときクーデターを起こしたことが記されています。戦車と馬、護衛兵を整えたアブサロムは、エルサレムの南60キロのところにあるヘブロンでイスラエルの人々の心を掴んで王さまになったことを宣言したのです。

その宣言を聞いたとき、ダビデはどうしたかと言いますと、ダビデはすぐ家臣全員に、直ちにエルサレムから逃れようと言いました。難攻不落と言われていたエルサレムですので、アブサロムを迎え撃つことも可能であったのですが、ダビデは自分たちがここに留まれば、エルサレムが戦場になる、町が破壊されるだけでなく、多くの人が犠牲になる、しかも、息子の軍隊と戦うことになります。そのため、アブサロムと戦うことは回避しようと言って、ダビデは家臣たちとともにエルサレムから逃げ出したのです。

ダビデから400年位たったときですが、ユダヤの国をバビロンが攻めてきたとき、預言者エレミヤはバビロンと戦争してはいけない、降参しようといいました。エレミヤがどうしてそういうことを言ったかと申しますと、戦争すれば国土が荒れ果てるだけでなく、大切な命が失われるからです。ダビデの思いとエレミヤの思いは重なります。

 

ところで、ダビデがエルサレムを後にするときですが、エルサレムの神殿に仕えるレビ人が神殿の一番大切な神さまの契約の箱を担いできました。ダビデは、もし神さまの御心に適うのであれば、神さまはわたしを連れ戻すだろう、いずれにせよ神さまの御心にお委ねしよう、そのため神の箱はエルサレムの都に、エルサレム神殿の戻すように命じたのです。

けれども、エルサレムをあとにすることはどれだけつらく、悲しいことであったか、1530節にこう記されています。「ダビデは頭を覆い、はだしでオリーブ山の坂道を泣きながら上って行った。同行した兵士たちも皆、それぞれ頭を覆い、泣きながら上っていった」、と。読むだけで、心が痛みます。 

 

こうして今日お読み頂いた16章になるわけですが、ダビデの逃避行のとき、バフリムにさしかかったとき、ダビデの前の王さま、サウル一族のシムイが呪いながら出て来ました。

 サウル一族は、サウルの次の王さまがダビデですので、サウルは戦争で死んだのですが、ダビデが王位を奪ったと判断し、ダビデの存在をよく思っていませんでした。ですから、ダビデが王位を追われ、エルサレムを逃げ出す姿は、サウル一族のシムイにとって、それまでのうっぷんを晴らすときとなったのです。

 もう一度、先ほどお読み頂いた165節以下を読んでみましょう。

「ダビデ王がバフリムにさしかかると、そこからサウル家の一族の出で、ゲラの子、名をシムイという男が呪いながら出て来て、兵士、勇士が王の左右をすべて固めているにもかかわらず、ダビデ自身とダビデ王の家臣たち皆に石を投げつけた。シムイは呪ってこう言った。『出て行け、出て行け。流血の罪を犯した男、ならず者。サウル家のすべての血を流して王位を奪ったお前に、主は報復なさる。主がお前の息子アブサロムに王位を渡されたのだ。お前は災難を受けている。お前が流血の罪を犯したからだ。』」 

 そうしますと、ダビデの部下の一人アビシャイがダビデに言いました。「なぜあの死んだ犬に主君、王を呪わせておかれるのですか。行かせてください。首を切り落としてやります。」そのとき、ダビデはアビシャイにこう言いました。「ほうっておいてくれ。主がダビデを呪えとお命じになったのであの男は呪っているのだろうから。『どうしてそんなことをするのか』と誰が言えよう。」

さらにダビデはアビシャイと家臣の全員に言いました。「わたしの身から出た子がわたしの命をねらっている。ましてこれはベニヤミン人だ。勝手にさせておけ。主の命令で呪っているのだ。主がわたしの苦しみを御覧になり、今日の彼の呪いを代えて幸いを返してくださるかもしれない。」

 そして13節と14節にこう記されています。「ダビデと一行は道を進んだ。シムイはダビデと平行して山腹を進み、呪っては石を投げ、塵を浴びせかけた。王も同行の兵士も皆、疲れて到着し、そこで一息ついた。」

 

 いかがでしょうか。読むだけで心が痛みます。王であったものが、クーデターで都を追われる、しかもクーデターを起こしたのは息子のアブサロムです。もし都で戦うようになったら、都の人が犠牲になる、町も荒れる、そこでエルサレムから逃げ出す、そうしたときにサウル家の一族シムイが呪いながら出て来て呪っては石を投げつけ、塵をあびせ続けたのです。

 ダビデの部下が、シムイの首を切り落とそうと言うのですが、ダビデは、刃向かってはだめだ、あの男は神さまの命令で呪っているのだから、抵抗してはいけないというのです。 

 ダビデは、自分はウリヤの妻と姦淫を犯し、それを隠すためにウリヤを最前線に送り、戦死させてしまうという大きな罪を犯しました。だから息子に王位を奪われても、シムイから呪われ、石を投げつけられ、塵をあびせられても、それに立ち向かうことができない、それがダビデの信仰です。

 ある牧師が、シムイに呪われ、石を投げつけられながらも、それを受けとめて逃亡するダビデの姿は、自分にとってダビデの生涯の中で最も印象的な場面だ、深い思いにさせられる場面、姿だと書いていましたが、わたしも本当にそう思います。

 

ところで、ダビデは自分の犯した大きな罪のゆえに、呪われ、石を投げつけられながら歩くのですが、こうしたダビデの姿は十字架の道を歩まれるイエスさまを証ししていることを思わせられます。

 先ほど、読んで頂いたマタイによる福音書2727節以下をお読み頂きましたが、直前の26節から読みますと、こう記されています。

 「そこで、ピラトはバラバを釈放し、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した。それから、総督の兵士たちは、イエスを総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの周りに集めた。そして、イエスの着ている物をはぎとり、赤い外套を着せ、茨で冠を編んで頭に載せ、また右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、『ユダヤ人の王、万歳』と言って、侮辱した。また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた。このようにイエスを侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。」

 

イエスさまが打たれた鞭の先端には、鉛の固まりあるいは動物の骨がついていました。パウロは、40に一つ足りない鞭を受けたことが五度あったと記していますが、40回以上鞭を打つと死んでしまうので、当時のユダヤでは40回以上鞭打ってはならないとされていました。それほど厳しい痛み、つらさを伴うものです。イエスさまはピラトのもとで、鞭打たれ、着ているものをはぎとられ、侮辱され、つばを吐きかけられ、葦の棒で頭をたたき続けられています。

ダビデは自分の犯した罪の重さを思うとき、甘んじてこの罵倒を受け続けるのですが、イエスさまは御自分の罪ではなく、わたしたち人間の一人一人の罪のためです。イエスさまは、わたしたちの罪のためこうした苦しみを受けても、黙ってお受けになります。苦しみを避けようとされません。

この場面でのダビデが証ししているのは、十字架の道を歩まれるイエスさまであることを思わされます。このイエスさまの十字架の苦しみと死、復活によってわたしたちの罪が赦されるのです。

        (2019年3月3日 主日礼拝説教)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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