20171029 

茅ヶ崎教会創立90周年記念伝道礼拝説教

 

「愛の(まな)ざし」

 

申命記11:8〜12  ルカによる福音書22:54〜62

 

岡崎 晃 牧師

 


映画「幸せの黄色いハンカチ」など優れた作品を数多く生み出した山田洋次監督は、人気俳優渥美清の「寅さん」を主人公とした「男はつらいよ」シリーズの作者でもあります。27年間にわたり、48本の寅さんの大部分を、ほぼ同じスタッフとメインキャストで作った彼が、あるところで、次のように語っていました。

「駄目な役者だと思っても、そう思いこんだときから、どんどんその役者はダメになる。そうじゃない、こいつだってきっと素敵なところが一か所はあるに違いないと信じてやることです」と。「その人を生かして使う」彼らしいなと思いました。けれど、同時に彼は「しかし信じる気持は、しょっちゅう失われていくんです。そういう気持ちを持ち続けるには、かなり努力がいりますね」とも言っていました。

お互いに立場は色々ですが、私たちは様々な人間関係の中で生きています。家族、友人、師弟、隣り近所、仕事関連、サークル仲間等々、すべての人間関係で基本的に大事なことは「相手を信じる」ことでしょう。お互いに信じ合うことが無かったら、本当の人間関係は成り立ちません。しかもそれは解ってはいても「信じ続ける」ことはかなり難しいのが現実です。

逆にいえば、誰かが、この私のことを、途中でがっかりしたり、怒ったり、裏切ったりしないで、ずっと信じ続けてくれたとしたらどんなに有難いことか。少なくとも私たちは、その私を信じてくれる相手に応えようとするでしょうし、自分で自分に愛想を尽かして「もうダメだ」とあきらめそうな時にも、そこに自分を信じ続けてくれる人がいたら、自分を取り戻すことだって出来るでしょう。

この世の中では、なかなかそんな人に出会えないのですけれど、今日は、ずっと信じ続けてもらえた、幸せな一人の男のことを、聖書の中から紹介したいと思います。

新約聖書のはじめに四つの「福音書」が置かれています。四人の著者それぞれの立場から見たイエスという方の言葉と行動と、彼をめぐる出来事とを記して、そのイエスという方が、キリスト(救い主)であることを証ししようとしています。そのどの福音書も、イエスには12人の特別選ばれた弟子たちがいたことをその名の一覧と共に記しています。「12弟子」とか「12使徒」とか称ばれているのはご存知の通りです。

その中で最もよく知られているのは裏切り者ユダと、弟子筆頭とされたペトロでしょう。しかし、弟子たちの代表だからといって人間的にえらかったとか、能力があったということではありません。ペトロには弟子たちを代表する者、更にはすべての人間を代表する人間として、イエスの前に立たされているのです。ペトロを持ち上げすぎたローマ・カトリック教会は、彼を初代ローマ法王に据えてしまいましたが、私たちプロテスタントはそれを認めていません。

ついでに申し上げておきますが、今月1031日は、プロテスタント運動のきっかけとなったマルチン・ルターが、罪の赦しについて学問的討論をしたいと呼びかけて、95項の討論題目を、ヴィッテンベルク城教会の門扉に貼り出した日、すなわち「宗教改革記念日」です。しかも今年は500周年に当たるというので、早くから色々な準備がすすめられてきました。

450年間対立を続けてきたローマ・カトリック教会とルーテル教会は、50年前から対話を始め、教会一致に向けて、様々な成果を生み出しきました。今日はヴィッテンベルク城教会で、ローマ・カトリック教会とルーテル世界連盟の合同礼拝が守られているハズです。こうした動きに一番反応が鈍いのが日本基督教団だそうです。

さて、ペトロに戻りましょう。彼が最初の弟子たちの一人としてイエスに従うようになったことについて、はじめの三つの福音書(共観福音書と称ばれるマルコ、マタイ、ルカ)は、彼がガリラヤ湖畔の漁師であって、仕事上がりの朝、浜辺を歩いて来られたイエスに「私について来なさい」と呼ばれて、そのままついて行ったという話を伝えています。しかし、ヨハネによる福音書は、一寸違った出会い方をしたと語っています。ヨハネによる福音書135節〜42節(p.164)を開いて読んで頂きましょう。

共同訳聖書の表題に「最初の弟子たち」とありますが、バプテスマのヨハネの弟子だった二人の男がまずイエスに従うことになり、その一人アンデレが、自分の兄弟シモンをイエスに引き合わせたと語られています。42節を見ますと、「そしてシモンをイエスのところに連れて行った。イエスは彼を見つめて、『あなたはヨハネの子シモンであるが、ケファ  ―岩≠ニいう意味 ―  と呼ぶことにする』と言われた」

彼は普通ペトロ≠るいはシモン・ペトロ≠ニ呼ばれますが、本来の名はヨハネの子シモン≠ナ、イエスがおつけになった仇名がケファ≠ナ、それはアラム語で岩≠ニいう意味だったというのです。そのアラム語のケファ≠ギリシャ語に移したのがペトロ≠ネのです。

ここで、イエスは妙に力を込めて、「お前の生れながらの名前はシモン≠セが、私は今日からお前をケファ≠ニ呼ぶことにする。そう決めたぞ」と言っておられるみたいです。その根拠は、イエスがここで彼を「見つめられた」と言われていることにあります。ここに使われている「見る」というギリシャ語は、「注意深く見る」「凝視する」「観察する」といった意味で使われる語で、「心の目で見る」という訳もあるくらい、眼に見えないことも含めて、「よくよく見る」という意味なのです。

ということは、イエスは、シモンをチラッと見て、彼は漁師だったので、日焼けした逞しい男だったのでしょう、それで「うむ、こいつは岩(ガン)ちゃん≠ニ呼ぶことにしよう」なんて仰ったのではないということです。だいたい「見た目」ほど当てにならないものはありません。

しかし、見た目ではないにしても「岩」というからには、落ち着いた「どっしりしたもの」「頼りになりそうなもの」を期待することになるでしょう。ところが、福音書の中のペトロに関する記事を拾い読みしてみると、このペトロは頼りになる岩というよりは、ふわふわした「軽石」と言った方がぴったりするくらい、あぶなっかしい男に描かれています。いちいち開けて頂く時はありませんが、彼は、正直な人間ではあったらしいですが、お人好しで、お調子者で、早とちりの軽い人間で、しかもひどく臆病者であったようです。

例えば、嵐の湖で弟子たちの舟が翻弄されていた時、湖上を歩いて近づいて来られたイエスを見て、おっちょこちょいにも「私も行かせてください」とせがみ「来なさい」と言われて勇んで歩き出したものの、吹きつける風が恐ろしくなり溺れかけて「主よ、お助けを!」叫んだのでした。(マタイ142233)己はこの湖の漁師だったのではないか。

或いは、フィリポ・カイサリヤ地方に行った時、イエスから「お前たちは私を誰だと思っているのか」と問われて、「あなたこそキリスト、神の子です」と告白して、イエスから祝福され、「お前という岩の上に、私の教会を建てる」と最重要な約束を与えられた直後に、イエスの十字架の苦難と死、そして復活の約束が告げられると、出しゃばって、それを否定するようなことを言って「サタン引き下がれ!!」とこっぴどく叱られています。(マタイ161328

そして極め付きは今日の新約聖書の箇所で読んだところです。イエスが捕えられて人々に引かれて行った時、散り散りに逃げ去ってしまった弟子たちの中で、辛うじて踏み留まったペトロでしたが、大祭司の庭で女中さんに「あんたもあの人と一緒だった」と見咎められたのを手はじめに、次々と身元がばれそうになり、夢中で、「わたしは、あの人の仲間じゃない」「あの人を知らない」と三度も裏切ってしまったのでした。とたんにイエスの予言通り鶏が鳴き、はっと我に返ったペトロは外に出て激しく泣いたとどの福音書にも書かれています。

このように見てきますと、ペトロという弟子は、イエスの期待にもかかわらず、それを裏切り続けたダメ人間としか見えません。「岩」なんていう仇名はイエスの眼鏡違いで、彼には人を見る目が無かったのではないかと疑いたくなるくらいです。

けれども、イエスは最初の出会いで、ペトロを「じっと見つめられた」時から、彼の弱さやダメ加減は全部見ぬいておられたのではないか、それをご承知の上で「お前をペトロと呼ぶことにする」と断固として言われたのだと思えるのです。あの断固とした言い方には、失敗があり、躓きがあり、裏切りがあっても、「お前はほんとうはペトロなのだぞ」「お前はペトロになるのだぞ」とあえて言われたイエスご自身の決断みたいなものが感じられるのです。今はペトロ(岩)になり損なっていても、やがて本物のペトロになりうる。そういうあるべき姿において彼を見ていてくださる。そういう目だったのではないかと思えるのです。

今日はペトロのこの裏切りの場面を、ルカによる福音書で読みました。この場面はどの福音書も記していて、大同小異ですが、ただ一つ、ルカだけが記していることがあります。それは「主は振り向いてペトロを見つめられた」(61a)という一句です。一体イエスはどんな目でペトロを見られたのでしょう。「この野郎、やっぱり裏切りやがったな!」という「憤りの目」だったでしょうか。それとも「軽蔑の目」だったか、或いは「憐れみの目」だったか・・・などとつまらぬ想像をめぐらせていて、ある時ここでもあの「見つめる」という言葉が使われていることに気づかされたのです。福音書は違いますが、あの最初の出会いの時、イエスがペトロを「じっと見つめ」られたのと全く同じ「見つめる」が、ここでも使われていたのです。

ですから、イエスはここでも、ペトロを「じっと見つめ」ながら語りかけておられたのです。

「ペトロ、お前は私と一緒に、獄にでも、死んでも行くと誓ったけれど、やっぱり駄目だったな。けれど、それでもお前はペトロなのだぞ。サタンがあなた方をふるいにかけるが、『しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。』(2232)と言っておいたろう。兄弟たちの間で、頼りになる岩の役割を果たすのは、お前なのだよ」と。あるべき姿においてペトロを見る、そういう目であったと受け取って間違いないと思います。

 今は駄目でも、あるべき姿で見てくださる主の期待があったからこそ、ペトロは初代教会の指導者の一人として立つことができるようになったのです。

 皆さんに覚えておいて頂きたいのは、私たちが自分自身の弱さや駄目加減に気付く前にもうすべてを知っておられ、それを承知で「あるべき私」を見ていてくださる方、そのあるべき私になるよう期待し、励まし、支えて下さる方であるということです。どんなに自分自身に絶望していても、自分に注がれている愛の目に気づいたら、私たちはそこで立ち直ることができ、あるべき姿に向かって生きることができるようになるのではあるまいか。これは単に処世の問題としてだけのことではありません。もっと根本的には、私たちの人間の存在の問題と関っています。

 使徒パウロが、ローマの信徒への手紙58節に「しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。」と書いているように、私たちが自ら努力して立派な人間になったから愛してくださるのではなく、ダメな人間、罪人以外ではあり得ない人間だからこそ、キリストご自身が十字架にかかって死んでくださり、わたしたちが神の前に生きることができるようにしてくださったのです。この私たちを生かす愛の目が、いつも私たちの上に注がれているのです。このキリストの愛の目が、私たちの生を根底から支えてくれているのです。

そうである故に、たとえ私たちの生がどのようなマイナス要素をかかえていたとしても、私たちは積極的に生きてゆくことができるのです。

 

折角聖書朗読で読んだので、その旧約聖書の言葉にも触れておきましょう。申命記1112節です。「それは、あなたの神、主が御心にかけ、あなたの神、主が年の初めから年の終わりまで、常に目を注いでおられる土地である。」 これは、エジプトを脱出したイスラエル民族が、荒野の40年の後、手に入れることができるカナンの地が、神の恵みの手の中にあるという約束を語っています。

旧約聖書には、神様の厳しい目が、人間の罪や悪の上に注がれているという警告が多く語られています。ですから、「どうかみ顔を私からそむけ、私の罪に目を止めないでください」という詩人の言葉があったりします。(詩5111節など) けれどもここでは約束の地に注がれる神の愛の目のことが言われているのです。

もしも、神の目が監視カメラのような四六時中犯罪を見張る目であったならば、私たちは息もつけないし、一日も耐えられないでしょう。(ほんとに「ついでに一言」ですが、安全のためにと称して、町中に監視カメラを付けたがる今の風潮はいかがなものでしょう。自ら好んで大変な監視社会を作り出そうとしているように見えるのですが・・・)

すべてのものの主である神様は、イエス・キリストの愛の目を通して、常に私たち一人ひとりに目を注いでおられます。そして、その自分に注がれている愛の眼ざしに気づいた者は、ペトロのように、自分が立ち直るだけでなく、進んで隣人に愛の目を注ぐ者になるハズです。それは確実に周囲の人々を変えてゆくことになるでしょう。或る人が次のように書いています。「自分が相手にあたたかい気持ちでまなざしを投げかけると、相手は私のまなざしによって変化し、こんどは私にまなざしをかけてくる。すると自分が変わる。変わった私はまた別のまなざしを相手にふりむけることができるようになる。」と。(小原信「人間の人間らしさ」新教新書53頁)

主イエスに根拠をもつ「愛のまなざし」の交換によってこそ、私たちは本当に「共に生きる」ことができるでしょう。

茅ヶ崎教会創立90周年

 

     (2017年10月29日 茅ヶ崎教会創立90周年記念 秋の伝道礼拝説教)