2016.12. 4

「くびきを負うろばの子に乗って」

ゼカリヤ書9:9〜10 マタイによる福音書21:1〜10

櫻井重宣

 
 クランツにロウソクが二本灯りました。待降節第二の日曜日です。
 詩人シレジウスが『神の子の誕生』という詩で、「キリストが千度ベツレヘムに生まれたとしても、それはあなたの中でなければ、 あなたには永遠に失われたものなのである」とうたっています。今年のクリスマス、わたしの中にイエスさまをお迎えしたい、そのことを心から願いつつ、 アドヴェントの一日一日過ごして参りましょう。
 そうした願い、祈りのもとに、本日は今お読み頂いたマタイによる福音書21章1節から11節に耳を傾けます。いつものように順を追って学んで参ります。
 最初は1節〜3節です。
 イエスさまは三年間過ごされたガリラヤ地方からエルサレムを目指して旅を続けてきました。先回学んだところにはエリコの町をでたとき、 目の不自由な二人の人との出会いが記されていました、地図を見ますと、エリコ、ベタニヤ、ベトファゲ、エルサレムの順となります。エルサレムが近づき、 オリーブ山沿いのベトファゲに来たとき、イエスさまは二人の弟子を向こうの村へ使いに出されました。弟子たちにこう言いました。「向こうの村へ行きなさい。 するとすぐ、ろばがつないであり、一緒に子ろばのいるのが見つかる。それをほどいて、わたしのところに引いて来なさい。もし、だれかが何か言ったら、 『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる。」
 イエスさまはエルサレム入城に際し、ろばあるいは子ろばに乗って入城するために、ろばの持ち主に、ろばを用いさせて欲しいと、あらかじめ願い出ておられたものと思われます。ルカ福音書を見ますと、「持ち主たち」とありますので、一人では子ろばを持つことができないので、二人または三人で子ろばを飼う、いうなれば貧しい人たちです。その人たちにイエスさまは願い出たのです。イエスさまのエルサレム入城に際し、自分たちの子ろばが用いられることを持ち主たちは喜んで承諾したのです。
 エルサレムに入城して五日目には十字架に架けられるのですが、イエスさまの十字架への道は受け身ではなく、イエスさまご自身、神さまの御心であれば、その道へと進まざるを得ない、そうした強い思いがあったことを知ることができます。こうした周到な準備をイエスさまがしておられたので、弟子たちが「主がお入り用なのです」とろばの持ち主に言ったとき、渡してくれたのです。

   イエスさまがエルサレム入城に際し、ろば,子ろばにこだわったのは旧約の預言者ゼカリヤが実現するためです。4節と5節にこう記されています。
 「シオンの娘に告げよ。『見よ,お前の王がお前のところおいでになる。柔和な方で、ろばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」
 口語訳聖書では、この個所の後半は、「柔和なおかたで、ろばに乗って、くびきを負うろばの子に乗って」です。
 先ほど、ゼカリヤの預言に耳を傾けましたが,ゼカリヤの預言はもう少していねいです。もう一度お読みします。ゼカリヤ書9章9〜10節です。
 「娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者 高ぶることなく、ろばに乗って来る。雌ろばの子であるろばに乗って。わたしはエフライムから戦車を エルサレムから軍馬を絶つ。戦いの弓は絶たれ 諸国の民に平和が告げられる。彼の支配は海から海へ 大河から地の果てにまで及ぶ。」
 福音書を書きしるしたマタイはゼカリヤの預言の実現だというのです。
 ところでメシア、救い主が子ろばに乗って入城されることで、ゼカリヤは二つのことを語っています。
 一つは、柔和な方なので子ろばに乗って入城されるといいます。ろばは、体はあまり大きくないのですが、どんなに重い荷であっても負い続けます。預言者ゼカリヤ、わたしたちが待っている救い主は柔和な方だ。柔和という語は、痛めつけられても、罵倒されても忍耐している、どんなに重い荷であっても放り出さない、という意味の語です。
 もう一つは、救い主は軍馬ではなく子ろばに乗って入城される、そして戦車を,軍馬を,戦いの弓を絶つ、すなわち、一切の武器を絶つ、戦争をしない、そういう方だと預言します。
 福音書を書きしるしたマタイは、ゼカリヤが預言したとおり、イエスさまはろばに乗ってエルサレムに入城されたことを語るのです。

  イエスさまが柔和なお方だ、ということは、マタイが繰り返し語ることです。イエスさまが本当に柔和な方、というのはマタイの信仰告白です。
 山上の説教では、「柔和な人々は、幸いである」とおっしゃいました。塚本虎二先生は、ここを「ああ幸いだ、踏みつけられてじっと我慢している人たち」と訳しておられます。また、11章では「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる」とおっしゃっています。
  イエスさまが柔和な方だというのは、ただ優しい方だ,静かな方だというのではなく、イエスさまがわたしたちの重荷を負うとき、どんなに重い荷であっても負い続けてくださる、もっというならわたしたちが負っている重荷が、どんなに重くても放り出さない、さらに言うなら、わたしたちが負う重荷のゆえにイエスさまが痛めつけられるようなことがあっても放り出さない方だ、ということです。そして、今日の個所でも「柔和な方で、ろばに乗り」とあります。平和を実現するために、一切の武器を放棄し、ろばに乗ってエルサレムに入城されます。

  6節から9節にこう記されています。 「弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにし、ろばと子ろばを引いて来て、その上に服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。そして群衆は,イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。『ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に,祝福があるように。いと高きところにホサナ。』」
 イエスさまはろばと子ろば、どちらにお乗りになったのでしょうか。ゼカリヤ の預言では子ろばです。マルコとルカは子ろばで、ヨハネはろばの子す。けれども、マタイは、イエスさまはろばに乗って子ろばがそばが一緒に歩いたのか、イエスさまは子ろばにのって、ろばが一緒に歩いたのかわかりません。
 弟子たちはろばあるいは子ろばに服をかけ、大勢の群衆は自分の服を道に敷き、ほかの人々は木の枝を切って道に敷き、イエスさまの前を歩く群衆も、後に従う群衆も、ホサナ、ホサナと叫びました。
 群衆は、エルサレムを目指す旅の20章29節に、ゼベダイの息子たちの母が、息子たちを12弟子たちの中でも偉い地位に着かせて欲しいと願い出たとき、イエスさまは偉くなりたい者は皆に仕える者になりなさい、いちばん上になりたい者は皆の僕になりなさい、わたしは仕えられるためではなく、仕えるために、多くのひとの身代金として自分の命を献げるために来たのだ、とおっしゃったことに心を動かされて従った大勢の群衆です。そしてイエスさまがエリコの町を出たところで、二人の目の不自由な人を癒やされた場に居合わせた人々です。イエスさまが、ろばに乗ってエルサレムに入城されるとき居合わせた大勢の人の中には、祭りのためガリラヤからエルサレムにやってきた人々そしてエリコから従った群衆もいたのです。その人たちにとって、イエスさまが子ろばに乗って入城されたとき、本当に心動かされ、まさにこの方こそ救い主だと告白したのです。それが「ダビデの子にホサナ」という叫びだったのです。

   けれども10節と11節を見ますとこう記されています。
 「イエスがエルサレムに入られると,都中の者が、『いったい、これはどういう人だ』と言って騒いだ。そこで群衆は、『この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ』と言った。」
 イエスさまがろばに乗って入城されたとき、この方こそ、メシア、救い主だと告白する人たちに対して、都の人たちすなわちエルサレムの人たちは騒ぎました。「騒ぐ」というのは、地震で揺れ動くほどの動揺です。
 エルサレム入城されたのは日曜日でした。木曜日から金曜日にかけ,イエスさまが逮捕され、裁判になったとき、都の人の声が強くなり、イエスさまに従ってきた人たちの声が小さくなりました。「十字架につけろ」という声が大きくなり、地方の人、ガリラヤから従ってきた人たちの声はかき消されました。

   わたしたちは、今、待降節を過ごしています。二千年前、イエスさまが旅先でお生まれになったとき、宿屋に泊まる場所がなく、飼い葉桶をベッドにしてお生まれになりました。最初の知らせは天使たちによって羊飼いたちに告げられました。「さあベツレヘムへ行こう」と立ち上がった羊飼いの姿は、子ろばに乗ってエルサレムに入城されるイエスさまに心動かし、「ホサナ」と叫ぶ人たちの姿に重なります。また、東の方から占星術の学者たちが、ユダヤ人の王としてお生まれになった方を拝みに来たとき、ヘロデ王やエルサレムの人々は不安になりました。子ろばに乗ってイエスさまが入城されたとき、都中の人たちが動揺したことと重なります。

  来年はルターの宗教改革から500年です。ルターと同じ時期の彫刻家にリーメン・シュナイダーという人がいました。ただ芸術家というだけでなく、ある一時期、市長までした人です。農民戦争のとき、ルターは農民の側につかず、むしろ弾圧したのですが、リーメン・シュナイダーは農民の側に立ちました。そのため、シュナイダーの作品はそれ以後、300年以上忘れられてしまいました。第二次大戦後、シュナイダーの作品に注目する人が少しずつでてきました。わたしたちの国でも、40年前、一人のシュナイダーの研究家の植田重雄さんが『神秘の芸術〜リーメン・シュナイダーの世界〜』を出版されました。
 植田さんがシュナイダーの作品を訪ねて旅を続けていたとき、ある村の修道院に行ったとき、一人の修道僧が何かしきりに彫っていました。何を彫っているかと聞きますと、イエス・キリストだ。どんなキリストか、と質問すると、十字架のキリストだ、答え、どのくらいかかるのかと尋ねると、いつまでかかるか、わからない、彫っているだけだと言う。そしてその修道僧は、わたしたちはこの世界からもっとも遠く遠ざかっている、しかし、遠ざかることによってこの世界に近づいている、人間の寂しさを悲しむより神さまの無限の愛を賛美したい、十字架を彫ることで、神さまの愛を賛美したいのだ、そして最後に、リーメン・シュナイダーの彫刻を見なさい、とその修道僧は言ったというのです。
  あらためて,リーメン・シュナイダーの作品を見ていきますと、人への優しさがあります。十字架のキリストを彫ることにより,人への優しさ、農民への優しさが浮き彫りになります。イエスさまの小ささ、貧しさは十字架の道に続くのですが、それは、イエスさまのそして神さまのわたしたちへの優しさからです。飼い葉桶にお生まれになったイエスさまは十字架への歩みとなるのですが、神さまのわたしたちへの限りない優しさからなのです。
 クリスマスのとき、神さまのわたしたちへの愛の深さ、大きさ、豊かさを心から感謝したいと願っています。               

(2016年 12月 4日 待降節第2主日礼拝説教)