2015.12.20

「慰め主の誕生」

マタイによる福音書14:1〜12  イザヤ書40:1〜11

櫻井重宣

 
 今、司会者にマタイによる福音書14章1節〜12節を読んで頂きました。クリスマスが近づきますと、町もそうですが、わたしたちの心も華やいだ思いになり、クリスマスおめでとう、と挨拶をかわします。 
 そうしたわたしたちが、今耳を傾けた聖書の箇所には、身の毛もよだつような恐ろしい出来事が記されています。よりによってクリスマス礼拝で、どうしてこの箇所に耳を傾けるのか、と思われる方がいらっしゃるかと思いますが、
 実は、わたしたちの教会では、二年前からマタイによる福音書を初めから順に学んでおり、たまたま今日はこの箇所になったからです。そのため、本日はここからクリスマスのメッセージを聞き取りたいと願っています。

   ここに記されている洗礼者ヨハネという人は、イエスさまの働きの道備えをした人です。ヨハネは、ヨルダン川沿いの荒野で禁欲的な生活をしながら、人々に、悔い改めよ、天の国は近づいた、と語り、悔い改めを迫った人です。そして、ヨハネの説教に心動かされ、罪を告白する人々に洗礼を授けていました。ヨハネは、だれに対しても、神さまの前で自分の姿を真摯に見つめるように促し、悔い改めを迫りました。
 その頃、ガリラヤの領主であったヘロデが、自分の兄弟の妻ヘロディアに離婚させ、自分がヘロディアと結婚しました。ヨハネは、聖書に「兄弟の妻を犯してはならない。兄弟を辱めることになるからである」と記されていることから、ヘロデとヘロディアの結婚は神の前で間違っていると、非難しました。けれども、ヘロデは悔い改めるどころか、ヨハネを捕らえて縛り、牢に入れてしまったのです。ヘロデの誕生日に、ヘロディアの娘が、みんなの前で踊りをおどり、ヘロデを喜ばせました。ヘロデはうれしくなり、彼女に、「願うものは何でもやろう」と誓って約束しました。娘は母親に唆されて、「洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、この場でください」と言ったのです。ヘロデは心を痛めたのですが、誓ったことではあるし、また大勢の客の手前、それを与えるように命じ、人を遣わして、牢の中でヨハネの首をはねさせました。ヨハネの首はお盆に載せて運ばれ、少女に渡され、少女はそれを母親に持って行きました。
 人間がこれほど残酷なことができるのだろうか、と思い、読むことがつらくなってしまう記事です。

  イエスさまがお生まれになったとき、東の方から、占星術の学者たちが、ユダヤ人の王としてお生まれになった方を拝むために、その方の星に導かれてエルサレムにやって来ました。ヘロデ王は不安を抱き、聖書学者たちに調べさせたところ、聖書学者たちは、預言者ミカがベツレヘムだと書いていると報告したところ、ヘロデ王は、占星術の学者たちを呼び寄せ、その子が見つかったら知らせてくれ、わたしも行って拝もうと言って送り出しました。
 占星術の学者たちがベツレヘムに向かって歩き出すと、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まりました。学者たちは喜びにあふれ、中に入って見ると、幼子が母マリアと共におられたので、ひれ伏して拝み、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げました。そして夢で「ヘロデのところへ帰るな」と告げられたので、別の道を通って帰りました。
 その後です。学者たちにだまされたと知ったヘロデは大いに怒り、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を一人残らず殺させました。当時のこの周辺の人口からしますと、殺された男の子の数は2,30人と思われます。最初のクリスマスのとき、30人もの幼い男の子の命が奪われ、慰めを拒むほどの悲しみ、苦しみのただ中に突き落とされた母親たちがいたのです。

  この教会から牧師になった宮崎徹先生の最初の任地は秋田の下浜教会でした。礼拝出席が7,8人という小さい教会でした。わたしが秋田の教会に赴任したのと宮崎先生が下浜教会に赴任したのは同じ年でした。
 実は、宮崎先生が赴任する16年前、1958年のクリスマスに、下浜教会は大きな悲しみに直面しました。下浜は秋田市郊外の農村教会ですが、その地域の診療所に江見さんというクリスチャンの医師がいました。下浜の診療所の医師でした。江見さんの長男の泰彦さんは小学4年でしたが、12月25日、明日から冬休みという日、一学年20人位の小さな学校ですが、クラスの先生が今日はどういう日かと尋ねたところ、泰彦君は手を上げて、今日はクリスマスです、イエスさまの誕生日です、と答えました。そして通信簿をもらい、友達にクリスマスには教会では聖誕劇をする、と語りながら道を歩いていたとき、材木を積んだトラックが来て、荷崩れして材木がトラックから落ちてきて、それが泰彦君の頭に当たり、泰彦君は死んでしまいました。クリスマスという大きな喜びの日が、江見さんの家庭では、下浜教会では大きな悲しみの日となったのです。わたしが赴任したとき、江見さんは秋田で開業していたので、わたしが奉仕していた教会のメンバーでしたが、江見さんご夫妻にとっては、クリスマスは泰彦さんの命日として深い悲しみを覚える日でした。

  今年もつらい事件が起こりました。先週、栃木県でこういう事件がありました。71歳の男性が妻を殺したと言って警察に自首してきたというのです。その方が殺してしまった妻は、11年前に脳の病で寝たきりになり現在介護度が最も重い5だったそうです。一人で11年間介護し、疲れ果てるのは当然です。その71歳の方にも、11年間介護されてきた人にもわたしたちは申し訳ない思いがします。周りの人がなすべきことがあったのではないか、と思うからです。
 こうした事件は、わたしには他人事と思えません。咋年わたしの一つ上の姉が亡くなりました。わたしは長男ですが、姉が両親の介護を10年近くしてくれました。その姉が、介護疲れから、介護している家族を殺してしまうという事件が発生すると、他人事と思われないとよく語っていました。姉もとくに母の介護に労苦し、母が亡くなったあと数カ月後の健診で悪性の病、それも末期と診断され、母の死後一年数カ月後に姉は亡くなってしまいました。

  クリスマスの時期にこうした悲しい出来事に直面しますと、二千年前の最初のクリスマスのとき、ベツレヘムの周辺一帯の二歳以下の男の子が一人残らず殺されたこと、慰められることを拒んだベツレヘム周辺一帯の母親たちがいた事を思い起こします。

  こうしたことに思いを深めながら、今一度今日の聖書の箇所を読み進むとき、
 最後の12節にこういうことが記されていることに気がつきます。
 「それから、ヨハネの弟子たちが来て、遺体を引き取って葬り、イエスのところに行って報告した」、と。
 先生であるヨハネがこういうかたちで殺された、どうしようもない悲しみのただ中で、ヨハネの弟子たちはイエスさまのところに赴いたのです。
 ヨハネは、弟子たちに「わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる」「わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない」「あの方は栄え、わたしは衰えねばならない」と繰り返し語っていました。
 先生が殺されるという悲しみに直面したヨハネの弟子たちがイエスさまのところに赴いたということは、ヨハネは常々、真の慰めをもたらすのはイエスさまだ、ということを繰り返し証ししてからです。

  救い主誕生の最初にニュースは、天使たちによって、野宿をしながら羊の群れの番をしていた羊飼いたちに伝えられました。天使たちは、羊飼いたちにこう告げたのです。
 「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子をみつけるであろう。これがあなたがたへのしるしである」、と。
 黄金のベッドではなく、ありあわせの布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子、それが救い主のしるしだ、というのです。
 布にくるまって飼い葉桶に寝ている乳飲み子なので、悲しみのただ中でも拝みに行けるのです。
 毎年クリスマスになると写真家の土門拳さんの随筆の一節を思い起こします。
 「がんらい、僕は寒い所には冬に行くと主張し続けてきた。冬には寒い地方の写真を撮る、というのは、相手方に対してではなく、あくまで僕の側の問題なのである。寒い時には寒いところにいなければ、こちらの腰が坐ってこない。寒さに震えながらカメラを構えないと、写真に血が通わないのである。」
 クリスマスは、神さまが独り子イエスさまをわたしたちにくださった日です。飼い葉桶に寝かされ、布にくるまっていたということは寒さに震えていたということです。神さまがそれほどまでして、わたしたちに血を通わせて、関わってくださったのがクリスマスです。

  クリスマスの季節になると、ヘンデルの「メサイア」が演奏されます。ヘンデルは、この曲で、救い主の預言から始め、誕生、十字架、復活、再臨まで描いています。壮大なドラマです。聖書の言葉だけです。そして、「メサイア」の冒頭は、先程耳を傾けたイザヤ書40章の「慰めよ、慰めよ、わが民よ」です。慰めよ、から「メサイア」が始まるということは、メシア、救い主イエスさまはわたしたちに慰めを与えてくださる方だ、ということです。
 ですから、大きな悲しみ、どうしようもない苦しみの中で、ヨハネの弟子たちはイエスさまのところに赴くことができたのです。

  わたしは秋田の教会で奉仕していたとき、秋田、岩手、青森の三県にある教会からなる奥羽教区の議長を4年間担いま
 した。一番緊張するのは按手礼の司式です。神学校を卒業して補教師になり、それから3年後、教師試験に合格すると、教区総会で按手礼式が行われます。
 ある年、わたしは按手礼に先立つ礼拝で、今日の箇所で説教しました。按手を受けて牧師となろうとしている人に、牧師は、大きな苦しみの中にある人、悲しみのただ中にいる人にイエスさまを指し示すことだ、イエスさまはどんな悲しみの中にも一緒にいてくださる、わたしたちがおろおろしているとき、イエスさまもおろおろしながら、うろたえながら、悲しみのただ中におられる、そうしたイエスさまによって慰めが与えられる、その方を指差して欲しい、と語りました。牧師の大切な使命は、深い悲しみに直面した人に、真の慰めをもたらすイエスさまを指し示すことだからです。
 寒さにふるえながらも、どんなときにも共にいて慰めを与えてくださるイエスさまの誕生を心から感謝しましょう。

 

(2015年12月20日 クリスマス礼拝説教)