2014.08.17

「年老いし人も小さき者も広場に溢れ」

ゼカリヤ書8章1〜17節  マルコによる福音書10章13〜16節

櫻井重宣

 
 預言者ゼカリヤが活躍したのはイスラエルの国がバビロンとの戦いに敗れ、国の多くの人々が捕虜として連れていかれてから70年近くたった頃です。
 今年はわたしたちの国も敗戦から69年、来年は70年という記念の年を迎えようとしています。実は、イスラエルの民も敗戦記念日を迎えますと、エルサレムにあった神殿の廃墟に集まって、敗戦記念日の礼拝をささげていました。旧約聖書に哀歌という書物がありますが、哀歌は敗戦記念日の礼拝の式文と言われます。哀歌には、イスラエルの民が戦争のゆえに、バビロンに捕虜になったがゆえに味わった一つ一つの苦しみ、悲しみを思い起こし、心に深く刻もうとしています。
 先程は8章に耳を傾けましたが、先立つ7章で預言者ゼカリヤはこういうことを語っています。
 7章1節の「ダレイオス王の第四年」は紀元前518年のことです。5節にこうあります。「国の民、すべてに言いなさい。また祭司たちにも言いなさい。五月にも、七月にも あなたたちは断食し、嘆き悲しんできた。こうして七十年にもなるが 果たして、真にわたしのために断食してきたか。」
 わたしたちも、3月の東京大空襲、6月の沖縄戦、8月6日、9日の原爆記念日、15日の敗戦記念日を覚えるように、イスラエルの民も、都の城壁が破壊されたこと、神殿が破壊されたこと等、戦争で大きな痛手を受けたことを思い起こし、4月、5月、7月、10月と年4回、礼拝し、断食してきました。ゼカリヤは、あなたがたは70年の間、敗戦記念日の礼拝を続け、断食し、嘆き悲しんできたが、あなたたち自身のためではなかったか、戦争のとき苦しむのは、悲しむのは自分たちだけでないはずだ、というのです。そして7章の8節と9節で、 「万軍の主はこう言われる。正義と真理に基づいて裁き 互いにいたわり合い、憐れみ深くあり やもめ、みなしご 寄留者、貧しい者らを虐げず 互いに災いを心にたくらんではならない」と語っています。
 正義と真理に基づいて戦争のこと、バビロン捕囚を反省しているか、悔い改めているか、そして、戦争のゆえに、やもめとなった人、みなしごとなった人、寄留者、貧しい人が今なお虐げられていないか、とゼカリヤは問うています。
 あらためて、69年目の敗戦記念日を迎えたわたしたちのことも考えさせられます。昨日の新聞でも指摘されていましたが、6日の広島の原爆記念の式典と9日の長崎の原爆記念日の式典で、それぞれの市長が平和宣言を読み上げましたが、広島の平和宣言にはフクシマの原子力発電所事故への言及が、フクシマの悲しみへの言及がありませんでした。原子力発電を国の大事なエネルギーとする国の姿勢に沿ったからでしょうか。また、15日の敗戦記念日の式典で、総理大臣はアジアの国々に対し、わたしたちの国が多大な苦しみを与えたことに対しておわびの言葉がありませんでした。
 70年間敗戦記念日の式典を続けてきたが、その戦争のゆえに今もなお苦しみを負い続けている人の苦しみに思いを深めているかというゼカリヤの呼びかけに、わたしたちは襟をたださなければならないことを思わされます。


 こうしたイスラエルの民にゼカリヤは、神さまの御心はこうだ、という宣言をします。
 実は、ゼカリヤ書は1章〜14章までありますが、預言者ゼカリヤの預言は1章から8章です。後半の9章から14章は、ゼカリヤの心を心とした無名の預言者の言葉です。ゼカリヤよりもう少し後の時代の預言者です。それゆえ、今日耳を傾けている8章は、ゼカリヤの最後の預言です。ゼカリヤが預言者として最後に、渾身の力を込めて語った預言です。 

 実は、このゼカリヤが語ることを心に刻むに先立ってですが、ヒットラーに抵抗して逮捕され、敗戦一ヶ月前に処刑されたボンへッファーの言葉を思い起こします。
 ボンヘッファーは39歳で処刑されたのですが、30代の半ばから神学生の教育に力を尽くしていました。そうしたときに、一人の神学生からボンヘッファーは質問されます。この時代は、生きる意味があるのか、と。ヒットラーに抵抗する人々だけでなく、ユダヤ人がガス室に次から次と送られている。障害をもった子どもたちも、ガス室に送られている、ナチスの横暴の前にわたしたちは、無力だ、今の時代、生きる意味があるのか。ボンヘッファーはすぐには答えられませんでした。ようやく、その神学生に語ったことは、生きる意味がある。この世界は神さまがひとり子イエスさまを贈ってくださった世界だ、そのイエスさまは十字架の道を歩まれ、十字架の死によってわたしたちに命を与えてくださった世界だ、そうした世界なので、生きる意味があると。

 ゼカリヤはイエスさまのお生まれになる500年前の人ですが、神さまはいつの日かこの世界にメシア、救い主を贈ってくださる、そうした祈りがここにあります。そうした祈りをなしつつ、ゼカリヤは切々たる思いをもって、8章の預言をします。
 先ず2節と3節。「わたしはシオンに激しい熱情を注ぐ。激しい憤りをもって熱情を注ぐ。わたしは再びシオンに来て エルサレムの真ん中に住まう。エルサレムは信頼に値する都と呼ばれ 万軍の主の山は聖なる山と呼ばれる」、と。
 神さまがこの世界、そしてエルサレムへの激しい熱情をもって、エルサレム、この世界の真ん中に住まわれ、エルサレムは信頼に値する都と呼ばれるというのです。ゼカリヤはこの預言の2年前に「立ち帰れ」と語っていましたが、神さま御自身、エルサレムを、この世界を愛され、はげしい熱情をもってエルサレムの真ん中に住むというのです。ボンヘッファーが語ることと重なります。
 神さまがエルサレムの真ん中に住まわれたとき、4節から6節にこう記されます。「エルサレムの広場には 再び、老爺、老婆が座すようになる。それぞれ、長寿のゆえに杖を手にして。都の広場はわらべとおとめに溢れ 彼らは広場で笑いさざめく。わたしは真実と正義に基づいて 彼らの神となる。」
 戦争が始まると、子どもたちが町の広場から消え、おじいさん、おばあさんも広場から消えてしまいました。神さまがエルサレムの真ん中に住まうと、広場は子どもたちであふれ、おじいさん、おばあさんがそれをうれしそうにながめている、そういう光景が見られるというのです。
 戦争中だけでありません。今から30年程前ですが、秋田にいたとき、ネパールやフィリピンのネグロス島の人々と交流がありました。ネパールから来た人、ネグロス島に行って来た人からこういうことを聞きました。ネパールやネグロス島では、夕方になると、お年寄りが広場にでてきて子どもたちの遊びを見つめている、子どもたちと語り合う光景があるのに、日本にはそうした光景をみることができない、と。敗戦70年後のエルサレムもそうでした。わたしたちの国は、今、どうでしょうか。
 ゼカリヤは、神さまがこの町をこよなく愛され町の真ん中に住む時、広場におじいさん、おばあさんがゆったりと座り、その周辺でこどもたちが楽しそうに遊ぶ、そういう光景を望み見るのです。
 そうした光景をゼカリヤが望み見ることができたのは、神殿の再建が、始まったことが大きな支えでした。9節「万軍の主は言われる。勇気を出せ。あなたたちは近ごろこれらの言葉を 預言者の口から、度々聞いているではないか。万軍の主の家である神殿の基礎が置かれ 再建が始まった日から」、と。
 さらにこういうことをゼカリヤは語ります。10節と11節です。
 「以前には、人間の働きに報いはなく家畜も、働きの報いに何の食も得なかった。出入りするにも 安全に敵から守られてはいなかった。しかし今、・・・・以前のようではない、と万軍の主は言われる。」
 以前は、労苦しても報われない。家畜も食べ物が充分でない、そういう苦しみのただ中にいた。しかし、今はちがうというのです。老人、幼子、家畜等、弱い立場にある人への神さまの優しさをゼカリヤは語ります。
 さらにゼカリヤは12節以下で「平和の種が蒔かれ、ぶどうの木は実を結び大地は収穫をもたらし、天は露をくだす。ユダの家よ、イスラエルの家よ、あなたたちは、かつて諸国の間で呪いとなったが 今やわたしが救い出すのであなたたちは祝福となる。恐れてはならない。勇気を出すがよい。」、と。そして、15節以下で、「今やわたしはエルサレムとユダの家に幸いをもたらす決意をした。恐れてはならない。あなたたちのなすべきことは次のとおりである。
 互いに真実を語り合え。城門では真実と正義に基づき 平和をもたらす裁きをせよ」
、と。
 平和の種が蒔かれ、真実と正義に基づき、平和をもたらす政治がなされているか、とゼカリヤは語るのです。19節でも真実と正義を愛さなければならない、と語っています。

 わたしは、ここに記されているゼカリヤの預言に耳を傾けるとき、思い起こす人が二人います。
 ひとりは、第二次大戦下、不安を覚えるユダヤ人の子どもたちに最後まで寄り添ったコルチャック先生のことです。
 1989年国連総会で採択され、私たちの国もようやく1994年に批准した子どもの権利条約のもとになるものを作成したのが、コルチャック先生です。コルチャック先生はユダヤ人の小児科のお医者さんです。
 実は、コルチャック先生は、大学で医学部の学生によくこういうことを語りました。「子どもたちは疲れたり、怒ったり、耐えられない思いをしたり、興奮したりすると、子どもの心臓は激しく鼓動する。そして子どもにこうした不安を覚えさせるのは大人だ、子どもを不安にさせてはならない、それは大人の大切な責任だ」、と。こうしたことを医学部の学生に繰り返し語った背景には、軍医として戦争に赴いた時、亡くなるのは兵隊さんだけでなく、こどもたちが数
 多く死ぬのをまのあたりにしたからです。また戦争で両親を失い、不安なただ中にいる子どもたちを知っていたからです。
 コルチャック先生は戦争のため親が死んでしまった子どもたちのホームを作りました。子どもたちにお話しをしてあげ、不安な思いを持つことがないよう、どんな時にも夢を持ち、希望をもって歩むことが出来るよう尽力しました。
 戦争が激しくなり、ナチスはワルシャワにユダヤ人の居住地域、ゲットーを作りました。周囲を4メートル近い壁でおおい、50万人のユダヤ人がそこに閉じこめられ、コルチャック先生も200人近い子どもたちと引っ越してきました。食べ物は毎日パン一枚もしくはじゃがいも一個と枯れた草が浮いているようなスープでした。そんななかでコルチャック先生は子どもたちの食べ物のため心を砕き、勉強させました。さらに子どもたちに夢と希望を与えるためたくさんの童話を作りました。 
 けれどもユダヤ人を皆殺しにするためこのゲットーから11キロ離れたトレブリンカ―にガス室が造られ、毎日のように貨物列車でユダヤ人が送られました。ついにコルチャック先生の200人の子どもたちもガス室に送られることになりました。コルチャック先生を助けようとする人たちがいましたが、コルチャック先生はそうした申し出を断りました。いよいよトレブリンカ―に行く日が来ました。その日のことがこのように報告されています。
 「とても暑い日だった。コルチャック先生は子どもたちにこざっぱりとした洋服を着せ、背中にはリュックサックを負わせ、肩にはまるでピクニックに行く時のように水筒を持たせた。時間がきたとき、コルチャック先生はホームの一番小さい子を抱っこし、次に小さい子の手を引き、200人の子どもの先頭を歩
 き、ゆっくり貨物列車に乗った」と。

 もうひとりはドストエフスキーの『白痴』という小説で登場する一人の人物です。その人はこう語っています。
 「わたしの絵では、キリストのそばに小さなこどもをひとり残しておきます。その子どもはキリストのそばで遊んでいるのです。ことによると子どもがまわらぬ舌で話しかけているのを、キリストはじっと聞いておられたかもしれません。でも今は黙ってもの思いに沈んでおられます。その手は置き忘れたかのように子どもの髪の毛の上にのったままです。キリストは遠くの地平線をながめておられます」

 ゼカリヤは救い主の到来を望み見てこうしたことを語りました。ゼカリヤがこの預言をしたあと、500年以上たって神さまはイエスさまをこの世界に送ってくださいました。わたしたちが生きている世界は、神さまが愛しておられる世界です。真ん中に神さまが住んでおられる世界なのです。
 町の真ん中に住んでおられるイエスさまが、あの戦争の渦中にあって子どもの手をしっかり握っていてくださるのです。そして、イエスさまがもう一度おいでになるとき、ゼカリヤの望み見た光景が実現するのです。「主よ、来たりませ」と祈り続けましょう。       

 

(2014年8月17日 主日礼拝説教)