2014.05.11

「天におられるわたしたちの父よ」

イザヤ書63:15〜19  マタイによる福音書6:9〜13

櫻井重宣

 
 今、私たちはマタイによる福音書を学んでおります。今日は、司会者にマタイによる福音書6章9〜13節を読んで頂きましたが、ここには、イエスさまがこう祈りなさいとおっしゃって、教えて下さった祈り、すなわち、「主の祈り」が記されています。
 実は、二千年の教会の歴史において、信仰の道筋を学ぶとき、問いと答えという形で学ぶ『信仰問答』が繰り返し作られました。とくに宗教改革の時代でいえば、ルターは『大教理問答』を、カルヴァンは『ジュネーブ教会信仰問答』を、さらに1563年には一年52回の日曜日で学ぶ『ハイデルベルク信仰問答』が作られました。いずれもそれから500年以上も教会で用いられています。そして、こうした信仰問答いずれにおいても、「十戒」と「主の祈り」と「使徒信条」が必ず取り上げられます。すなわち、教会の歴史で、「十戒」、「主の祈り」、「使徒信条」を学ぶことを通して、信仰の基本、道筋を学び続けてきたのです。
 わたしが、神学校を卒業して最初に赴任した教会は、名古屋の御器所教会でしたが、その教会の主任牧師であられた土岐林三先生は、何年かに一度、礼拝説教で、「十戒」、「使徒信条」、「主の祈り」を取り上げることは大切だ、とおっしゃっていました。 
 そこで、マタイによる福音書で、「主の祈り」のところに参りましたので、よい機会ですので、これから何回かの日曜日、「主の祈り」の祈りの一つ一つを学んで参りたいと思います。

 宗教改革者のルターは、「主の祈り」は、教会の歴史で最大の殉教者だ、と語っています。ルターがどういう意味でそう言ったか、いろいろな意見がありますが、「主の祈り」を祈るとき、これほど大切なことをイエスさまが教えておられる祈りなのに、多くの人があまり意味を考えないですらすらと祈っている、残念だ、そういう思いから殉教者だと言っているようです。
 二世紀の有名なテルトゥリアヌスという神学者は、「主の祈り」は、「福音全体の要約」と語っています。また、わたしが神学校時代にお世話になった、当時、信濃町教会の牧師であった福田正俊先生は、「主の祈り」は、キリスト教の小さな学校だ、そのため、「きまりきった儀式や色褪せた習慣として、オウム返しにこの祈りを祈るのではなく、一語一語、意味をかみしめつつ、さらにまたそのなかにひそむ、かくれた意味を見いだしつつ、どんなときも感動とおどろきをもってこの祈りを祈るようになりたい」とおっしゃっていました。「主の祈り」をどんなときにも感動とおどろきをもって祈ることを願い、このたびの学びをなしていきたいと願っています。 

 ところで、「主の祈り」の説教で、わたしがいつも感銘深く思い起こすのは、ドイツのヘルムート・ティーリケという牧師の説教です。先週の5月8日は、ヨーロッパでは第二次世界大戦が終わって69年目の記念日でした。ヒットラーに率いられたナチス・ドイツが戦争に敗北し、ロシアやアメリカなど連合国が勝利したのが69年前の5月8日でした。ロシアのプーチン大統領が今日は69年目の戦勝記念日だ、愛国心をもっていた自分たちの国は勝利した、と演説していましたが、その69年前のドイツのシュトゥットガルトの教会でティーリケ牧師が日曜日毎に行った「主の祈り」の説教が一冊の本になっています。「主の祈り」の説教を11回にわたってしています。最初の方は、空襲警報のただ中で、そして教会が空襲で焼け出され、病院の礼拝堂で、最後の方は教会の焼けあとでなされています。そしてティーリケ牧師は、「主の祈り」は、こうした世界を包む祈りだ、とその説教でくり返し語っています。御国が来ますように、御心が天になるごとく、地にもなさせたまえ、我らに罪をおかす者を我らがゆるすごとく我らの罪をもゆるしたまえ、こうした祈りに今混沌とした世界が包まれているというのです。そして、この祈りから、この世界をもう一度新しく見ることを学ぶにまさって大いなることがあり得るであろうか、というのです。すなわち、「主の祈り」に包まれた世界はどういう世界か、学ぼうというのです。
 わたしたちもティーリケ牧師に励まされ、「主の祈り」からこの世界をもう一度新しく見ることを学びたいと願うものです。

   さて、今日は「主の祈り」の説教の第一回目ですので、少し説明が多くなることをお許しいただきたいのですが、「主の祈り」は、先程耳を傾けたマタイによる福音書6章ともう一か所ルカ福音書11章にあります。
 マタイ福音書は、イエスさまが「こう祈りなさい」とおっしゃって教えてくださった祈りです。ルカ福音書の方は、弟子の一人が、洗礼者ヨハネが弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈りを教えてくださいと願ったとき、こう祈りなさい、と教えてくださったとあります。
 これから学ぶ時、マタイとルカとの違いを心に留めていきますが、冒頭の「天におられるわたしたちの父よ」はルカの方は「父よ」です。簡潔です。それから「御心が行われますように。天におけるように地の上にも」はルカの方にはありません。いずれにしろ、現在、わたしたちが祈っている「主の祈り」はマタイ福音書によっています。
 また、マタイ福音書6章の「主の祈り」と、私たちが今祈る「主の祈り」を比べると違いがあります。それは、私たちが祈る「主の祈り」の最後にある「国と力と栄えとは限りなくなんじのものなればなり。アーメン」はマタイ福音書にはありません。マタイ福音書が記されてから数十年後に記された、『十二使徒の教訓 ディダケ―』という書があります。その書の8章2節に「祈るときは偽善者のようにではなく、主がその福音書でお命じになったように、次のように祈りなさい。『天におられるわたしたちの父よ。あなたの名が聖とされますように。あなたの国が来ますように。あなたの意志が、天におけると同様、地上でも行なわれますように。わたしたちの日用のパンを今日わたしたちにお与えください。わたしたちがわたしたちに負債のある人たちを許すように、わたしたちの負債もお許しください。わたしたちを試練へと連れて行かず、悪から解放してください。力と栄光とは永遠にあなたのものだからです』毎日三回、このように祈りなさい」とあります。
 すなわち、初代の教会で一日に三度、「主の祈り」を祈り続けることによって、今、わたしたちが祈っている「主の祈り」に近づいていったものと思われます。

  それでは、「主の祈り」を少しずつ学んで参りましょう。 
 今日は「主の祈り」の冒頭の「天にまします我らの父よ」です。
 ギリシャ語の原文は、父、我らの、彼は、天にいます、という順です。すなわち、父よ、が冒頭にあります。あらためて、「主の祈り」は、イエスさまがこう祈りなさいと教えてくださった祈りであることを思わされます。
 イエスさまは、十字架を前にしてゲッセマネの園で、「アッバ父よ、・・・この杯をわたしから取りのけてください。しかし、…御心に適うことが行われますように」と祈られました。「アッバ」は、お父さん、です。すなわち、イエスさまは神さまに、わたしのお父さんと祈られます。そのイエスさまが、わたしたちに、わたしたちの父よ、と呼びかけよう、とおっしゃるのです。
 パウロが、ガラテヤの教会に宛てた手紙にこういう一節があります。「あなたがたが子であることは、神が、『アッバ、父よ』と叫ぶ御子の霊を、わたしたちの心に送ってくださった事実から分かります」、と。わたしたちの父よ、と呼びかけることができるのは、神さまが、わたしたちを子としてくださったからだ、というのです。
 わたしがいつも慰められ、励まされるのは、「アッバ、父よ」ということでルターがこういうことを語っていることです。
 わたしたちが苦しくて祈れない、うめくように、アッバ、父よ、と祈るそのうめき、祈りは天上で、雷鳴にもまさる音となって天で響く、というのです。  

 先程お読み頂いたイザヤ書63で、預言者は「あなたはわたしたちの父です」、「主よ、あなたはわたしたちの父です」と繰り返し告白していました。そうした告白の直前にこういう祈りが記されていました。
 「どうか、天から見下ろし 輝かしく聖なる宮から御覧ください
 どこにあるのですか あなたの熱情と力強い御業は
 あなたのたぎる思いと憐れみは 抑えられていて、わたしに示されません。」

 預言者のイザヤは、あなたはわたしたちの父です、という告白と共に、わたしたちの時代は混沌としています。人の命がそまつにされています。世界の国々では争いが絶えません。天にいます我らの父よ 天を裂いて下ってください、
 神さまのたぎる思い、熱情を抑えないで、下ってくださいと祈るのです。
 父よ、ということで、思い起こすのはルカによる福音書の「放蕩息子」のたとえです。
 弟息子が財産の分け前をもらって、遠い国へ旅立ちました。そして、放蕩の限りを尽くして、財産を無駄遣いし、何もかも使い果たしてしまいました。豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと願ったほどです。そのとき、息子は我に返り、父のところに帰ろう、お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください、と言おうと。そして、彼はそこをたって、父親のもとに行きました。ところがまだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した、とあります。「憐れに思う」は、スプランクナ(はらわた)をぐるぐる揺り動かすことです。遠く離れていたのに、走り寄る父の姿は、まさに天を裂いてくだる神さまのわたしたちに対する憐れみの姿です。

 咋年の8月、金沢の白銀教会の野崎卓道先生をお迎えしました。そのとき、野崎先生は、御自分が翻訳されたスイスのリュティ牧師の「主の祈り」の説教集をお持ちになりました。この説教は、第二次世界大戦の終結直後の1945年から1946年にかけてなされた説教です。
 「天にまします我らの父よ」の説教はこういう言葉で始まっています。
 「幾多の殺戮が繰り広げられた後、ついにあの新爆弾が極東の島国に落とされました。その瞬間、地上では物だけでなく、多くの人の心も揺れ動きました」、と。わたしたちの父よ、と呼ぶ世界は、人間が原子爆弾を落とす世界だというのです。けれども、この世界を、主の祈りが包みこんでいるのです。
 広島におられる宗藤尚三先生は、69年前の8月6日に爆心地から1・3キロのところで被爆されました。先生は御自身を被爆牧師と呼んでおられます。       
 宗藤先生は、核兵器と原子力発電はコインの裏表のようなもので、いかなる然りも含まぬ否を唱えねばならないことを繰り返しおっしゃっています。最近、『核時代における人間の責任』という本を出版され、わたしは先生から直接この書を頂きました。 
 この書に、一昨年、広島で行なわれた「原発を問う民衆法廷」で宗藤先生が証人として出廷され、その陳述が掲載されています。
 宗藤先生は、カナダ、オーストラリアでのウラン発掘、2000回以上の核実験、チェルノブイリと福島の事故で、世界中に死の灰が降っている、被爆者はヒロシマやナガサキの人だけでなく、世界中の人が被爆者だ。さらに、日本には5500発の原爆を作ることが出来るプルトニウムがある、と。
 そして、その「原発を問う民衆法廷」における陳述をこういう言葉でしめくくっておられます。 
 「『神は愛である。愛のあるところに神はいます』『たとえ山を移すほどの信仰があっても愛がなければ無に等しい』と聖書の言葉に示されているように、愛と寛容と赦し、他と平和的に共生することこそが人間の『世界』を造り、人間の生命と平和を守る道であり、そこにこそイエスが『わが父よ』と呼びかけられた神がいます、と私は信じています。」

   どんなに絶望的な世界でも、この世界は、神さまがひとり子イエスさまを下さった世界であり、イエスさまが「わたしの父よ」と祈った世界です。さらに、イエスさまは、わたしたちの手を取って、一緒に「天におられるわたしたちの父よ」と祈ろう、とおっしゃっておられるのです。こうしたイエスさまの息づかいを覚えつつ、「主の祈り」を祈りましょう。  
 

(2014年5月11日 主日礼拝説教)