2013.05.05

「あなたの御言葉はわが足のともしび」

詩編119:105〜112  ペトロの手紙二 1:16〜21

櫻井重宣

 
 今、御一緒に耳を傾けているペトロの手紙二は、迫害の激しい時代に書かれた手紙です。手紙の著者ペトロは、自分がいつ殉教するか、わからない、そうした緊張した思いでこの手紙を書いています。今日は1章16節以下を学びますが、直前の15節にこう記されていましいた。
 「自分が世を去った後もあなたがたにこれらのことを絶えず思い出してもらうように、わたしは努めます」とありました。自分が殉教した後も、思い出して欲しい、受け継いでほしいことはこのことだと言って、ペトロは書き記すのです。
  もう一度16節を読んでみましょう。
 「わたしたちの主イエス・キリストの力に満ちた来臨を知らせるのに、わたしたちは巧みな作り話を用いたわけではありません。わたしたちは、キリストの威光を目撃したのです。」
  是非、今一度伝えておきたい、思い出して欲しい、そうした願いで書き記すことは、「主イエス・キリストの力に満ちた来臨」だというのです。
  今週の木曜日はイエスさまの昇天日です。復活後、40日にわたって使徒たちに現れ、神の国を証ししてこられたイエスさまが昇天された日です。その昇天日から10日目に聖霊が降り教会が誕生しました。誕生した教会に託された使命は「エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、イエスさまの証人となること」でした。そして、イエスさまが天に昇られるとき、天を見つめていた使徒たちに、二人の天使が約束したことは「あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる」ということでした。「イエスさまはまたおいでになる」これが、今日の箇所でペトロが「来臨」と言っていることです。「来臨」はギリシャ語で、パル―シアです。
 今月の19日の日曜日は、教会の誕生日ともいうべき聖霊降臨日・ペンテコステ礼拝です。教会のスタートは二千年前の聖霊降臨日で、教会のゴールはパル―シア、イエスさまの来臨の時です。その時まで、教会は地の果てまで、福音を証しし、イエスさまの証人となる使命が与えられているのです。
  パウロもそうですが、ペトロは、自分が殉教する時が近いことを覚え、自分もそうだが、一人の人の生は死で終わるのではない、この地上の生涯を終えて眠りにつく、終わりのとき、イエスさまをよみがえらせた神さまがわたしたちをもよみがえらせてくださる、一人一人の生はパル―シアのとき完結する、だから、自分が殉教することがあっても、パル―シア、イエスさまの来臨を繰り返し語ったことに思いを深めて欲しい、パル―シアを待ち望んで欲しい、というのです。

  ここでペトロは、パル―シアは巧みな作り話ではない、わたしたちはキリストの威光を目撃したのだ、というのです。そして17節と18節でこう書き記します。
  「荘厳な栄光の中から、『これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』というような声があって、主イエスは父である神から誉れと栄光をお受けになりました。わたしたちは、聖なる山にイエスといたとき、天から響いてきたこの声を聞いたのです。」 
  ここでペトロが書き記しているのは、マタイ、マルコ、ルカ福音書に記されている、イエスさまの山上の変貌の出来事です。
 イエスさまがペトロ、ヤコブ、ヨハネを連れて高い山に登られたとき、イエスさまの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。見ていると、モーセとエリヤが現れてイエスさまと語り合っていた。ペトロは、イエスさまに「主よ、わたしたちがここにいるのはすばらしいことです。お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、一つはエリヤのためです」と言いました。ペトロが話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆って、雲の中から「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が聞こえました。弟子たちはこれを聞いてひれ伏し、非常に恐れたのですが、イエスさまが近づき、彼らに手を触れて、「起きなさい。恐れることはない」とおっしゃり、彼らが顔を上げてみると、イエスさまのほかだれもいなかった、という出来事です。
 実は、ルカによる福音書の山上の変貌の記事を読みますと、モーセとエリヤが、イエスさまと「エルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた」、とあります。「最期のこと」はギリシャ語で「エクソドス」です。ギリシャ語の、「〜から」という「エク」と、道、「ホドス」が一緒になった語です。ですから「出発」という意です。出エジプト記はギリシャ語でエクソドスです。エジプトからの出発を記した書だからです。
  実は、細かいことで、申し訳ないのですが、この「エクソドス」が、新約で用いられているのは3回だけです。一つは、ヘブライ人への手紙に、「ヨセフは臨終のとき、イスラエルの脱出について語り、自分の遺骨について指示を与えました」と記されています。エジプト脱出のことです。もう1回が山上の変貌、ルカがモーセ、エリヤとイエスさまが、エルサレムで遂げようとしている「最期のこと」、そして3つ目が、今日の箇所の直前、15節「自分が世を去った後」です。自分の死後、です。
 すなわち、ペトロは、イエスさまの十字架の死に直面したわけですが、それに先立って、山の上で、イエスさまの最期が栄光に包まれていることを示され
 ました。しかも、イエスさまの最期が十字架の死であるわけですが、そうした道を歩まれるイエスさまを、神さまはわたしの愛する子、わたしの心に適う者とおっしゃっているのです。神さまは独り子イエスさまを賜うほど世を愛されたのですが、そのイエスさまを人間は十字架に架けてとんでもないとおっしゃる神さまではありません。イエスさまは、十字架の死を遂げてまで、わたしたちの罪を負い、わたしたちに赦しを与えようとされました。ですから、最後に十字架の死を遂げられるイエスさまは、神さまの心を心としているということにペトロは慰められ、自分も最期は十字架に架けられ、殺され、殉教するかもしれんしが、神さまの心を心とする歩みだ、そして、パル―シアのとき、自分もよみがえらせてくださる、そうした思いが、ここでエクソドスという語を用いているのではないでしょうか。


 19節にこうあります。
 「こうして、わたしたちには、預言の言葉はいっそう確かなものとなっています。夜が明け、明けの明星があなたがたの心の中に昇るときまで、暗い所に輝くともし火として、どうかこの預言の言葉に留意していてください。」
  先程、お読み頂いた詩編119:105に「あなたの御言葉は、わたしの道の光 わたしの歩みを照らす灯」とありました。ペトロの思いは、暗い時代であればあるほど、聖書の言葉は、私たちの歩みを照らす灯だ、というのです。
 さらに、どんなに今の世界、今の時代が暗くても、パル―シアを語る聖書の言葉は、夜が明け、明けの明星があなたがたの心の中に昇るときまで、暗い所に輝くともしびだ、必ず朝が来る、イエスさまがもう一度おいでになる、パル―シアを信じて欲しい、このパル―シアこそ暗闇を歩むための灯火だ、というのです。

   今年は、戦後68年ですが、私たちの国の現状、これからのことについて不安を覚える日々です。 
 今から76年前の1937年(昭和12年)、矢内原忠雄先生が東京大学を辞職せざるを得ない事態となりました。私たちの国が戦争への道を歩んでいることに警鐘を鳴らし、「日本の理想を生かすために、一先ずこの国を葬ってください」と語ったためです。それから矢内原先生は、敗戦まで7年間公職につかず、限られた人々に、土曜学校ではアウグスティヌスやミルトンなど古典を講義し、日曜集会ではエゼキエル書、ヨハネの黙示録、ヨハネ福音書、詩編などの聖書講義を続けました。また『嘉信』を毎月発行しました。『嘉信』は何度も発禁処分を受けました。
 そして、戦争の末期、聖書講義で繰り返し語ったことがパル―シアでした。1944年11月の『嘉信』で「パル―シア論」という文を書いておられます。 
 こういうことを書いておられます。
 「パル―シアは苦難の時代の希望です。慰めです。吾をして長き暗黒の夜を落胆せずして忍ばしむるものは、パル―シアの信仰である。四方より艱難を受くれども窮せず、為ん方つくれども希望を失はざらしむるものは之である。それは暗を破って太陽の光がサッ射し出づるがごとく、冬枯れの梢に一雨過ぎて新芽がにわかに芽吹くごとく、はた又冬眠の虫が春の光で急に地上にはい出る如くに、突如として一斉に目覚ましく顕現する。パル―シアにまさる希望の思想は人類に見られない。かくも明るい、かくも活気に満ちた思想を抱きて、吾は如何なる境遇の苦痛、時代の暗黒に拘わらず、忍耐と希望をもって生きることができる」、と。ペトロが迫害下の教会に伝えようとしたことはそのことです。
 20節と21節にこう書き記します。
 「何よりもまず心得て欲しいことは、聖書の預言は何一つ、自分勝手に解釈すべきではないということです。なぜなら、預言は、決して人間の意志に基づいて語られたのではなく、人々が聖霊に導かれて神の言葉を語ったものだからです。」
  こうした聖書のことばに私たちも励まされたいと願っています。

 一昨日、一人の姉妹が洗礼を受け、私たちの群れに加えられました。その方は、咋年の十月、悪性の病気で、この地上での生涯が限られていると診断されました。そうした診断をされてまもなく、御主人に自分に万が一のことがあったら、牧師にお願いしてキリスト教式でと申し出られました。その後、病状が深刻になり、二カ月ほど前から自宅での療養が困難になりホスピス病棟に入院されました。そして病状が重くなり、死の不安から、その方は御主人に一緒にこの世の生を終えることができれば、とおっしゃるようになったそうです。その前後から、わたしがお訪ねして短く祈りますと、アーメンとおっしゃるようになりました。先週の木曜日の午後お訪ねし、いつものように祈って病室を後にしたのですが、一時間ほどして御主人から電話があり、妻が洗礼を受けたいと言っている。自分は一回も洗礼のことは口にしたことがないのだが、妻がそう言っているので、病院に来て妻に確かめて欲しいと言われ、夕方病室にもう一度伺い、その申し出をうけました。その夜、役員の皆さんに了承して頂き、病状がいつ急変するか分かりませんので、3日に病室で洗礼式を執り行いました。
  その方は、まもなく自分がこの地上の生涯を終えることが避けられないと思ったとき、御主人に一緒に死んで欲しいと願われたのですが、その願いは、最後まで一緒にいて欲しい、最後まであなたと一緒にいたい、あなたの大切にしているものをわたしも大切にしたい、アーメンと言いたい、ということで洗礼の願いとなったものと思われます。
  預言は、人々が聖霊に導かれて神からの言葉を語ったものです、とペトロがここで書いていますが、その方の洗礼の願いも人間の思いを超えた言葉としてわたしは心深く思わされました。
  神さまのなさる業はわたしたちの思いを超えています。それだけに、聖書の言葉は、わたしの道の光、わたしの歩みを照らす灯となるのです。

(2013年 5月 5日 主日礼拝説教)