2011. 5. 8

「『わたしの民』と呼ぶ神」


ホセア書2:20〜25  ローマの信徒への手紙9:19〜23

櫻井重宣

 
 パウロは、ローマの信徒への手紙の冒頭で、自分は、「異邦人を信仰による従順へと導くために、恵みを受けて使徒とされた」と語っています。パウロは、ユダヤ人ですが、伝道旅行の先々で、ユダヤ人から受け入れられず、結果として、異邦人への伝道を展開しました。けれども、パウロは異邦人に伝道すればするほど、同胞のユダヤ人の救いをどう考えているのか、と問われました。
 パウロは、ローマの信徒への手紙9〜11章において、同胞、ユダヤ人の救いのことを自分はどう考えているかを語ります。パウロは同胞の救いを日夜真剣に祈る人でした。 
 「わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています。」(9:2)
 「兄弟たち、わたしは彼らが救われることを心から願い、彼らのために神に祈っています。」(10:1)

 同胞の救いのため切々と祈るパウロのことを考える時、いつも思い起こす人がいます。わたしは30代、40台の21年間秋田の教会で奉仕させて頂きましたが、秋田の教会にMさんという年配のご婦人がいました。若い時から信仰生活をしておられましが、わたしが秋田に参りましたときは、もう腰も曲がっておられました。静かに礼拝に、祈祷会においでなり、教会の人は礼拝堂で静かに祈っておられるMさんの背中に励まされていました。そのMさんがだんだん年をとってこられたときの祈祷会の祈りに心が痛みました。毎週、祈っておられるとだんだん涙声になります。何を祈っておられるかというと、自分の家では自分だけが教会に来ていて、家族はだれ一人教会に来ていない、救われていないと祈られているのです。わたしは、あるとき、Mさん、神さまはきっと祈りを聞いてくださいますよ、Mさんが召された後かもしれませんが、と申しました。そうしますと、Mさんは、先生、そのことは分かっています、でも、できたら私の生きているうちに、と涙ながらおっしゃり、そのあとも祈祷会の度毎に涙ながら家族の救いのため祈っておられました。Mさんの祈りが聞かれ、Mさんが召されて数年後、御子息ご夫妻が洗礼を受けられましたが、わたしは涙ながら家族の救いのため祈っておられたMさんのお姿が心に焼き付いています。

 パウロも日夜涙しつつ同胞のため祈った人です。先週は9章の前半のところを心に留めましたが、ユダヤ人であるパウロは、ユダヤの人が信仰の父と呼ぶアブラハムのことから語り始めます。アブラハムにはイサクと共にもう一人の息子がいました。アブラハムと奴隷の女ハガルとの間に生まれたイシュマエルです。二人の息子のうちアブラハムを継いだのはイサクでした。イサクに双子の息子エサウとヤコブが与えられましたが、受け継いだのはヤコブでした。このことを取り上げて、パウロは、イシュマエルではなくイサクが、エサウではなくヤコブが受け継ぐ人になったのは、イサクが、ヤコブが立派だったからではない、神さまの憐れみによる。そして、イシュマエルもエサウも神さまの憐れみの光に置かれているというのです。
 すなわち、イスラエルの民としてはアブラハム、イサク、ヤコブという流れがあるが、無きに等しいものがあえて選ばれているのだ、今、異邦人が救われているのは神さまの憐れみによってである、と語ったのです。それだけでなく、今、救われていないユダヤ人もイシュマエル、エサウがそうであるように神さまの憐れみの光に包まれているのだ、というのです。

 そして、今日の箇所になるわけですが、こうした神さまの大きなご計画を人間は理解できず、いろいろと神さまに不平、不満を述べるというのです。その不平、不満の言葉が19節です。
 「ではなぜ、神はなおも人を責められるのだろうか。だれが神の御心に逆らうことができようか。」
 パウロの手紙を読んでおりますと、パウロがああいうと、こう、こういうとああだ、と反論されたことがわかります。ここでもそうです。神さまが人間を責めるのはおかしい、いったいなにを非難するのか、所詮、人間は神さまの意志に逆らえないのだから、という反論です。
 これに対して、パウロは焼き物師、陶器造りの職人のことを取り上げます。職人によって造られた陶器は、陶器師にどうしてこのように造ったのかと言えるだろうか。言えない。陶器師がどのように造ろうとも、すなわち、高価なものにつくっても、安価な実用品として造ろうとそれは陶器職人の自由だ、けれどもと言って、パウロは分かってほしいという思いを込めて、22節から24節でこう語ります。
 「神はその怒りを示し、その力を知らせようとしておられたが、怒りの器として滅びることになっていた者たちを寛大な心で耐え忍ばれたとすれば、それも、憐みの器として栄光を与えようと準備しようとしておられた者たちに、御自分の豊かな栄光をお示しになるためであったとすれば、どうでしょう。神はわたしたちを憐みの器として、ユダヤ人からだけでなく、異邦人の中からも召し出してくださいました。」
 パウロは、ユダヤ人と異邦人を分け隔てしません。ユダヤ人もギリシャ人も、すなわち、すべての人間が罪の下にある、神さまの怒りを身に受ける器だ、けれども、こういうわたしたちを神さまは寛大な心で忍耐しておられるというのです。2章において、「神の憐れみがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と寛容と忍耐とを軽んじるのですか」、と語りました。
 ここでもそうです。神さまが忍耐しておられたのは、滅ぼしても構わない器を憐みの器として栄光を与えようとしていたからだ、というのです。豊かな栄光を与えるために神さま忍耐しておられるのだ。神さまはユダヤ人も異邦人も憐みの器とみておられ、忍耐しておられるのだ、それも十字架の苦しみをしてまで忍耐しておられるというのです。
  そして25節以下では預言者ホセアの言葉を引用します。
 「わたしは、自分の民でない者をわたしの民と呼び、愛されなかった者を愛された者と呼ぶ。『あなたたちは、わたしの民ではない』と言われたその場所で、彼らは生ける神の子らと呼ばれる。」
 ホセアは家族のことで苦しみました。すなわち淫行の女、ゴメルと結婚しました。男の子が与えられたとき、「イズレエル」と名付けました。イズレエルは  地名です。流血のクーデターが起こった場所です。次ぎに女の子が与えられ、「ロ・ルハマ」、憐れまれぬ者と名付けました。三番目の子には「ロ・アンミ」 わが民でない者と名付けました。ゴメルが産んだ子を自分の子と認知できない苦しみからこうした名をつけたのです。 
 けれども、神さまはホセアに、神が種を蒔くという意味で、イズレエル、ロ ・ルハマではなくルハマ、憐れまれる者、ロ・アンミではなく、アンミ、わが民と呼ぶように言うのです。神さまが、流血の地に種蒔いて下さる、憐れまれぬ者を憐れんでくださる、わが民でない者をわが民と呼んでくださる、神さまはそういう方だというのです。さらにホセア書には、「アコル(苦悩)の谷を希望の門として与える」とあります。アコルの谷のことはヨシュア記に記されています。ヨシュアに導かれ、イスラエルの民が約束の地カナンに入ったとき、アカンは分捕り物を隠し持っていました。そのためアカンは石で打ち殺されました。それがアコルの谷です。ホセアは、神さまは苦悩の谷を苦悩のままで終わらせることなく、希望の門、希望の入り口とする方だ、というのです。私たち一人ひとりに神さまはそういう関わりをしてくださる、というのです。
 今一つイザヤの、残りの者が救われる、すべてが滅びるわけではない、という預言が27節から29節に記されます。
 最後の30節以下で、あらためて、異邦人が救われたのは行いによってではない、信仰によってだ、イスラエルがつまずいたのは行いによって義とされると考えたからだ、と書き記しました。

 今日は5月8日です。5月8日は第二次世界大戦のドイツの66年目の敗戦記念日です。今から26年前の5月8日、当時のドイツの大統領ヴァイツゼッカーの「荒れ野の40年」という演説を行ないました。ヴァイツゼッカー大統領はあの演説で、第二次大戦で辛酸をなめた一人一人を思い起こして心に刻もうと語りました。
  今から3年前の5月8日、木下芳次牧師と共に47年間、私たちの教会に心身をすりへらしてまで仕えて下さった木下潤子さんが召されました。木下潤子さんの原点は東京大空襲でした。生家が焼失し、すべてを失い、かろうじて生き延びたのですが、多くの焼死者の痛ましい姿を見て、自分が生かされた意味と何をなすべきかを問われたというのです。東京大空襲で亡くなった多くの方々の死をどう受けとめるか、命を長らえた自分はどうこれから生きて行くのか、そういう問いを携えて、牧師の妻として茅ケ崎においでになったのです。
  ヴァイツゼッカー大統領は戦争で亡くなったお一人お一人をパウロが今日の箇所で語っているように神さまの憐れみの光で見ようとしました。東京大空襲を経験した木下潤子さんは、いろいろな苦しみに直面している人を神さまの慈しみの光に包まれていることを覚えつつ、その方々を励まし続けられました。
 このお二人が語ることはここでパウロが語ることと重なるのではないかと思うのです。
 パウロは、イエスさまに出会って知ったことは、自分は知らなかったのであるが、教会を迫害していたときも、さらに自分が母の胎内にあるときから神さまの愛に包まれていた、ということでした。ですから晩年に、神の恵みによって今日あるをえていると語りました。そうしたパウロですから、自分だけでなく、同胞のユダヤ人も異邦人も神さまの憐れみに包まれていることを信じることができたのです。

 3月11日の大震災・大津波が起こってまもなく二カ月になろうとしています。5月6日現在、亡くなった方が14,841人、行方不明の方が10,063人もおられます。よく家族が、また親しい人が思いがけなく病気になったり、事故にあうと、どうしてわたしではなく、あの人が病気になったのか、事故にあったのかという問いを持ってしまいます。今回の大地震、大津波で家族を、親しい人を亡くされた人から、行方不明の家族を捜している人からそういう言葉が発せられています。
 神さまは、このたびの震災で亡くなった方々、行方不明の方々お一人おひとりを、そして大きな痛手、悲しみの只中におられる方々を憐れみの光に包んで下さっています。私たちはそのことを覚えつつ、苦しんでいる方、悲しんでいる方に寄り添うものでありたいと願っています。   


         (2011年 5月 8日 主日礼拝説教)