2010. 8. 8

「神の真実は無にならない」


詩編51:3〜4  ローマの信徒への手紙3:1〜8

櫻井重宣

   8月の日曜日、今年はヨハネの黙示録に耳を傾けつつ、地に平和を、と祈り続けています。ただ今、司会者に4章の1節から8節を読んで頂きました。先週、心に留めたことですが、このヨハネの黙示録という書は、神様の言葉とイエス様を証ししたゆえに捕えられ、パトモス島に流されてしまったヨハネが書いた書です。ヨハネは小アジアの七つの教会に奉仕する牧師でした。パトモス島に幽閉されているので、日曜日は牢獄で、たった一人で礼拝を守ります。ヨハネは七つの教会で行われている礼拝、七つの教会で礼拝に出席している人、いろいろな事情で欠席せざるをえない人、一人一人のことを覚え、祈りつつ礼拝します。そして、七つの教会では獄中にあるヨハネ先生のことを覚え、祈りつつ礼拝をささげています。
 ある日曜日、ヨハネが礼拝の時間に示されたことを書き記し、七つの教会に書き送ったのがこの黙示録です。この書は七つの教会に順に送り届けられ、届いた教会では日曜日の礼拝でこの書を読み、会衆は耳を傾けて聴きました。
 今日の箇所に先立つ2章と3章には、ヨハネが七つの教会それぞれに書いた手紙が記されていました。七つの教会への手紙を読みますと、七つの教会いずれも、教会の外ではローマ皇帝への崇拝が求められ、教会の内部ではイエス様の十字架を否定するような異端的な教えが入り込んでいたことがわかります。けれども、ヨハネはどんなに内に、外に嵐が吹き荒れていても、神様がそれぞれの教会に担当の天使を送り、守っていてくださることを語り、そして、その教会から励まされていること、ただして欲しいこと、を記しました。

 さて、今日の4章で、内にも外にも試練のただ中にある七つの教会のことで心痛め、すぐにでもかけつけたいのに牢獄にあるためかけつけることができないヨハネに神様は天上の礼拝を指し示されます。
 冒頭の1節をもう一度読んでみましょう。
 ≪その後、わたしが見ていると、見よ、開かれた門が天にあった。そして、ラッパが響くようにわたしに語りかけるのが聞こえた、あの最初の声が言った。「ここへ上って来い。この後必ず起こることをあなたに示そう。」≫ 
 創世記にしるされるヤコブがたったひとりで荒れ野を旅し、夜、石を枕にして眠っていたとき、夢を見ました。先端が天まで達するはしごが地に立っていて、神様の御使いがそれを上り下りしていました。絶望的な思いになっていたヤコブは眠りから覚めたとき、「ここはなんと畏れ多い場所だろう。これはまさしく神の家だ、ここは天の門だ」と言って、そこで礼拝したというのです。
 ここでもそうです。七つの教会の人々と一緒に礼拝し、一緒に祈ることができない、そういう思いをもっていたヨハネに、天に上って来い、これから起こることを示そうという声が聞こえたのです。
 ヨハネが霊に満たされて示されたことが2節と3節に記されます。
≪わたしは、たちまち霊に満たされた。すると、見よ、天に玉座が設けられていて、その玉座の上に座っている方がおられた。その方は、碧玉や赤めのうのようであり、玉座の周りにはエメラルドのような虹が輝いていた。≫
 天上の礼拝では玉座に座っておられる方はイエス様です。地上の教会では、ローマの皇帝カエサルが主だ、と告白しない者は弾圧された時代でした。これは二千前だけでありません。65年前に終結した太平洋戦争のとき、礼拝の冒頭で「国民儀礼」すなわち君が代をうたい、天皇がおられる方角、宮城に向って頭を下げることが求められました。イエス様が再臨されたとき、天皇とイエス様どちらが主かと問われ、イエス様と答えたホーリネス教会は治安維持法違反ということで、教会は解散させられ、牧師職は剥奪されました。
 ヨハネに示されたのは、天上の礼拝の玉座に座っておられるイエス様だ、という幻です。ローマの皇帝カエサルではありませんでした。天皇ではありません。十字架の道を歩まれたイエス様です。
  ≪玉座の周りに二十四の座があって、それらの座の上には白い衣を着て、頭に金の冠をかぶった二十四人の長老が座っていた。玉座からは、稲妻、さまざまな音、雷が起こった。また、玉座の前には、七つのともし火が燃えていた。これは神の七つの霊である。また、玉座の前は、水晶に似たガラスの海のようであった。≫
 ていねいにときあかすことは致しませんが、ここでヨハネに示されたのは、イエス様の周りにいたのは白い衣を着た二十四人の長老たちです。二十四人の長老はどういう人なのでしょうか。歴代誌に神殿での聖歌隊が24組だったので礼拝の聖歌隊の人々ではないか、あるいはイスラエルの12部族の12とイエス様の十二弟子の12を足して24なので、全宇宙的な教会の原型ではないか、いろいろ見解があります。わたしは二十四人の長老がだれかということより、この地上で労苦し、殉教した人々が白い衣を与えられてイエス様の周りに座しているということが大切ではないかと思います。
 そして6節の中ほどからお読みします。
 ≪この玉座の中央とその周りに四つの生き物がいたが、前にも後ろにも一面に目があった。第一の生き物は獅子のようであり、第二の生き物は若い雄牛のようで、第三の生き物は人間のような顔を持ち、第四の生き物は空を飛ぶ鷲のようであった。この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その周りにも内側にも、一面に目があった。彼らは、昼も夜も絶え間なく言い続けた。「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者である神、主、かっておられ、今おられ、やがて来られる方。」≫
 これもいろいろな見解があります。正直なところわかりません。しかし、天使と考えるのが一番自然です。十字架の死を遂げ復活されたイエス様を地上で労苦し殉教した人たちが囲み、その周りで天使たちが「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、昔いまし、今いまし、やがてこられる方」、と讃美しているのが天上の礼拝です。
 こうした天上の礼拝の幻に励まされたヨハネは、地上でどんなに困難でも誠実に歩もうとします。
 6章9〜11節もそうです。
 ≪小羊が第五の封印を開いたとき、神の言葉と自分たちがたてた証しのために殺された人々の魂を、わたしは祭壇の下で見た。彼らは大声でこう叫んだ。「真実で聖なる主よ。いつまで裁きをなさらず、地に住む者にわたしの血の復讐をなさらないのですか。」すると、その一人一人に、白い衣が与えられ、また、自分たちと同じように殺されようとしている兄弟であり、仲間の僕である者たちの数が満ちるまで、なお、静かに待つようにと告げられた。≫
 教会に対する迫害で殉教した人々の魂が、神様にいつまで報復しないのかと訴えています。そうしますと、神様は殉教した人々には白い衣を与えるのですが、同じように殺される人の数が満ちまで待て、それまで報復はしない、と言うのです。殉教した人には白い衣を与えるが、地にある人にはたとえ殉教することがあっても誠実に神の言葉を、イエス様を証しせよ、というのです。
 天上の礼拝を示されたヨハネは、ヤコブと同じく、自ら慰められつつ、七つの教会に内外に困難があってもなお真実の礼拝をささげよう、真実の教会を形作ろう、と勧めるのです。

 二十日ほど前、新聞に大江健三郎さんの「井上さんが遺した批判」という文が載りました。大江さんと井上ひさしさんとの最後のやりとりを記した文で、興味深く読みました。
 井上ひさしさんの夫人から、井上さんの病床に残されていたメモが届けられました。大江さんの最近の作品、『水死』を読んだ井上さんの感想が記されたメモでした。『水死』で、大江さんが長男の光さんとのやりとりを記した箇所の感想のメモです。『水死』では光さんをアカリさんと記しています。
 大江さんの大切にしていたベートーヴェンの「ハイドンにささげられた三つのソナタ」の楽譜に、アカリさんがマジックで黒々と囲い、K550と書いたのを見つけた大江さんは逆上し、「きみはバカだ」と大声で言ってしまいました。アカリさんは、三つのソナタの冒頭にモーツアルトの交響曲から引用されているのを教えたかった、と説明しようとしたのですが、大江さんが拒んだので、記憶にないほどのミゾが両者の間に生じたというのです。
 その箇所を読んでの井上さんの感想のメモは、「圧倒的なアカリくんの存在。真に人間的なことがら以外では和解しない」でした。
 井上ひさしさんは、病状が重い中でこの本を読み、光さんは音楽という真に人間的なことがら以外では和解しない、音楽を通じて彼のいいたかったことを聞き直し、あやまるほかない、このままでは、キミは抑圧的に光さんを侮辱する父親のままだ、と批判したのです
 大江さんは、井上ひさしさんのお別れの会でそのことにふれた弔辞を述べた後、帰宅して井上さんの批判にそくして光さんと話しをしました。光さんは好きなフリードリッヒ・グルダの演奏でソナタを掛け、モーツアルトと重なるところはスタッカートで楽譜を叩いて説明してくれたという。そして翌日からいつもの二人の関係に戻ったと言うのです。
 わたしは、井上ひさしさんの大江健三郎さんへの批判に深い感銘を覚えました。
 「真に人間的なことがら」というのは、一人の人の存在をあるがままに受け入れることです。ヨハネは、天上の礼拝に招かれたとき、天上では、一人の苦しめる者のため、悲しむ者のため祈り、御自分の命を注ぎ出したイエス様が玉座に座っていたことを示されました。それだけでなく、そのイエス様を囲んでいたのは地上で真実に歩んだ人々でした。
 わたしは井上ひさしさんが大江健三郎さんの『水死』への批判を読んで思い起こしたのは、光さんが生まれたとき、大江さんがヒロシマを訪ねたことです。大江さんは大きな障害をもって生まれた光さんをどう受け止めたらよいか苦しみ、当時の原爆病院の院長、重藤文夫先生を訪ねたのです。大江さんは、光さんが生まれる前、被爆直後から被爆された方々に全力で治療しておられる重藤先生と対談したことがあります。朝に治療しても夕方には亡くなってしまう人に、夜を徹して治療しても明け方を待たずに亡くなって行く人に心を込めて治療する重藤先生に親しみを覚えていた大江さんは重藤先生にあらためてお会いし、これから多くの困難が予測されても自分たち夫婦に与えられた光さんを受け入れようと決断したのです。
 天上でなされている礼拝は、ひとりひとりが大切にされています。

 一昨日8月6日は広島に原爆が落とされて65年の記念日でした。そして明日9日は長崎に原爆が投下されて65年の記念日を迎えます。広島の記念式典には国連の事務総長をはじめ核保有国の代表も参列し、核兵器のない世界をという祈りがささげられました。
 詩編33には、王の勝利は兵隊の数ではない、馬ではないことが歌われていました。武器では平和がこないことを詩人はうたっています。神さまは天から私たち一人一人をごらんになっている、目を留めておられる、慈しんでおられる、その方に信頼しようというのです。
 両者の間に生じたミゾは、力では、武力では解決しないのです。「真に人間的なことがら以外で和解しない」のです。
 天上の礼拝に繰り返し招かれ、地に平和をと祈り続けましょう。
   

         (2010年8月 8日主日礼拝)