2010. 3. 7

「希望に生きる」


イザヤ書40:12〜31 ローマの信徒への手紙15:13

櫻井重宣

 
   私たちの教会は、今年度、年間主題として「希望に生きる」、そして、聖句としてイザヤ書40章31節の「主に望みをおく人は新たな力を得 鷲のように翼を張って上る」を掲げました。
 本日は、この主題と聖句に思いを深め、この一年、心を一つにしてご一緒に教会生活を共にしていきたいと願っています。

 主題の聖句が記されているイザヤ書40章31節は、便宜的に第二イザヤと呼んでいる無名の預言者の手になるものです。イザヤ書は1章から66章まである長い書ですが、書かれてある内容が、年代的にかなりへだたりがありますので、三人の預言者によって記されたのではないか、と言われています。
 1章から39章は預言者イザヤです。イエス様がお生まれになる700年以上前に活躍した預言者です。そして、40章から55章は名前が分かりませんので便宜的に第二イザヤと呼ばれます。イエス様がお生まれになる五百数十年前です。そして56章から66章は第二イザヤより数十年後の預言者で、この人も名前が分かりませんので第三イザヤと呼んでいます。
 ところで、40章から55章を書き記した第二イザヤの生きた時代は、文字通り希望を持つことの困難な時代でした。バビロンとの戦いに敗れ、多くの人々が捕虜としてバビロンに連れて行かれ、その生活が50年近くに及んだ時代です。
 捕虜となってまもなく、バビロンの捕囚の民に預言者エレミヤから手紙が届きました。バビロンの地で落ち着いて生活しなさい、捕囚の期間は70年だ、神様は将来と希望を与えてくださる方だと励ましました。けれども30年、40年と捕囚の生活が続くと疲れてきました。
 先程、お読み頂いた40章の27節に「ヤコブよ、なぜ言うのか イスラエルよ、なぜ断言するのか わたしの道は主に隠されている、と わたしの裁きは神に忘れられた」、とありました。バビロンにおける捕囚生活が50年も続いたので、自分たちのことを神様は忘れたのではないか、自分たちの苦しみが神様の目に見えていないのではないか、という人が多くいたのです。28節から31節には「疲れる」「倦む」という言葉が繰り返されています。本来、元気溌剌としているはずの若い人も血気盛んな勇士も疲れ果て、倦んでいたというのです。
 展望が見えない、希望を持てないということはつらいことです。

 第二次大戦下、ドイツのヒットラーに率いられたナチスによって多くのユダヤ人が強制収容所で過酷な苦しみを受け、さらそれだけでなくガス室に送られました。強制収容所で最も有名なのは、アウシュヴィッツの収容所ですが、そこでこういうことがありました。収容されていた一人のユダヤ人の音楽家がある晩夢を見たというのです。その夢というのは、自分は5月30日にこの恐ろしい収容所から解放されて、あのなつかしい妻や子どものいる故郷に帰ることができるというものでした。それ以来、この音楽家は、この5月30日という日を自分の唯一の生きがいとして、恐ろしい強制収容所で忍耐し生きていました。しかし、この問題の5月30日が近づいても何事も起こりません。もちろん解放されるきざしもありません。その5月30日の前日、5月29日にこの音楽家は高い熱を出して倒れてしまいました。そして、問題の5月30日が終った5月31日の明け方に亡くなってしまったのです。彼にとって5月30日が、ただ一つの生きがいであったのですが、夢に過ぎないことがわかったとき、肉体的にも生きていくことができなかったものと思われます。第二イザヤの生きていた時代は、まさにそういう時代でした。
 けれども、第二イザヤが生きた時代やアウシュヴィッツだけが希望を持つことが困難な時代なのでしょうか。私たちの国では、今、高校や大学を卒業しても就職できない青年たちが多くいます。若い人だけではありません。家族が派遣切りにあって苦しんでいるご家庭が私たちの身近にもおられます。今、私たちの国では、一年間に自ら命を絶つ人が3万人を超えています。生きる希望を見出し得ない人が多くいるのです。電車に乗っていても、人身事故のため電車が遅れる、ということによく直面します。電車が遅れることへのいらだちより、そういう苦しみに直面している人々に教会が、牧師が何の力にもなっていないことを痛感し、申し訳ない思いです。

 第二イザヤはそうした時代のただ中で、28節でこう語ります。
 「あなたは知らないのか、聞いたことはないのか。主はとこしえにいます神 地の果てに及ぶすべてものの造り主。」
 「主はとこしえにいます神」という表現は、聖書でここだけです。もう少していねいに翻訳するなら、「何時も生きて働く、神」です。神様は、この生きることの難しい時代であっても、地の果てであっても、生きて働いておられる、というのです。神様は、どんな時でも、どんなところでも働いておられる、というのです。
 第二イザヤは、先程お読み頂いた直前の11節で、「主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め 小羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる」と語っています。さらに26節では、「目を高く上げ、誰が天の万象を創造したかを見よ。それらを数えて、引き出される方 それぞれの名を呼ばれる方の 力の強さ、激しい勢いから逃れうるものはない」と語っています。
 神様は、私たちがどんなに生きる意味が見出すことが困難な状況にいるときであっても、羊飼いとして群れを養ってくださる、だれをも名前で呼び、一対一で関わってくださる、というのです。
第二イザヤは、私たちの待ち望むメシアはどう言う方か、ということで、主の僕の歌を四つ歌うのですが、四つ目は、苦難の僕の歌です。そこではこう歌われています。
 「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ 多くの痛みを負い、病を知っている。彼はわたしたちに顔を隠し わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。彼が担ったのはわたしたちの病 彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに わたしたちは思っていた 神の手にかかり、打たれたから 彼は苦しんでいるのだ、と。彼が刺し貫かれたのは わたしたちの背きのためであり 彼が打ち砕かれたのは わたしたちの咎のためであった。彼が受けた懲らしめによって わたしたちに平和が与えられ 彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。」(53:3〜5)
 主の僕は、私たちが病気のとき、病気よ、とんでいけ、というようなことはなさいません。病気で苦しむとき、共に苦しんでくださる、そして私たちに癒しを与えてくださいます。私たちが罪を犯したとき、私たちに替わって打たれ、私たちに赦しをさしだされる、というのです。
 これは、大きな苦しみに直面したヨブが、苦しみの中で示されたことに通じています。財産を無くす、家族を亡くす、自分も病気になる、という苦しみの中で、ヨブが神様から示されたことは、神様と私たちの間に立つ方は、苦しみの底の底で私たちを執り成しておられるということでした。
 すなわち、神様は私たちが悲しむとき、病気のとき、苦しみのとき、希望を持つことが困難なとき、その悲しみ、病気、苦しみを共にしておられる、私たちの苦しみのもっと深いところで私たちを支えておられる、神様は私たちの苦しみに誠実に、心を込めて関わっておられる、ということを聖書は語るのです。
 それだけではありません。神様は私たち一人一人の破れや苦しみを担われるだけではなく、人類全体の問題と言わざるをえないような地球規模の課題に対しても、その課題の根底で担われるのです。
 時々ご紹介しますが、ワッツという画家が描いた「希望」という絵は、一人の婦人が目隠しされて、地球と思われるボールの上にすがりついています。転げ落ちないのは目隠しをしている婦人を上の方から、星からでしょうか、一本の弦が彼女を支えています。上からの一本の糸が彼女を支えている、そこにワッツは希望の根拠を見出そうとしております。

 もう一度、イザヤ書40章30節と31節を読んでみましょう。
 「若者も倦み、疲れ、勇士もつまずき倒れようが 主に望みをおく人は新たな力を得 鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。
 鷲は翼を伸ばすと3メートルにもなるそうです。困難な現実に誠実に関わってくださる主に望みをおく人は、繰り返し新たな力を与えられ、鷲のように翼を張って上る、どんなに現実が困難であっても、若い人が疲れを覚えるような状態でも、主に励まされながら、その現実に立ち向かうというのです。

 長年、信濃町教会の牧師であった福田正俊先生は、御自分の説教集に『望みへの勇気』という題をつけられました。あとがきを読みますと、『望みへの勇気』という標題は全編を貫く基調から選んだ。たとえていえば、それはこのひとつの組曲の通奏低音というべきものである、と記されていました。また、福田先生は、別の説教集の中で、「希望」という言葉は、キリスト教そのものだ、希望はキリスト教の在り方だとおっしゃっています。そして、希望は正午の光ではない、夜明けの光、「泣きながら夜を過ごす人にも 喜びの歌と共に朝を迎えさせてくださる」という詩編の詩人がうたう夜明けの光だというのです。
 説教者として生きた福田先生が、毎週の説教で、聖書によって示された希望を指し示そうとした、希望そのものであるイエス・キリストを証ししようとしたとおっしゃることを心深く思わされます。わたしも、そのことを毎週の礼拝で証ししたいと願っています。希望を証しする教会でありたいと願っています。

 私たちは新しい年度、希望に生きるものでありたいと願っています。真の希望であるイエス様がそうであったように、直面する重い課題、困難な課題にどこまでも誠実でありたいと願うものです。
 第二次大戦直後のドイツの教会で、廃墟になった礼拝堂での礼拝説教で、牧師は、今日、礼拝が終ったら、がれきをひとつずつ持ち帰ろう、私たちの目の前は、がれきの山で、がれきを一つずつ持ち帰っても、何の意味もないかもしれないが、その小さな業にわたしたちは自分のすべてをかけよう、と語ったのです。希望に生きる、というのはそういう姿ではないでしょうか。
 私たちの教会もかつて、土曜日と日曜日の礼拝後、十数年にわたってブロックを積み続けました。この礼拝堂は、そうして出来たのです。

 最後に、ローマの信徒への手紙15章13節をお読みしましょう。
 「希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように。」

         (2010年4月11日 主日礼拝説教)