2009.11.01

「復活の望みをいだくゆえに」


エゼキエル書37:11〜14
使徒言行録23:1〜12

櫻井重宣

   今朝はただ今お読み頂いた使徒言行録23章1節から12節を学びます。
使徒言行録を学んでおりますと、パウロの伝道への熱意は並々ではないことをいつも思わされます。船に乗って、あるいは徒歩で、伝道旅行を繰り返しています。地の果てまで、そして一人でも多くの人に神様の愛をお伝えしたい、という思いがひしひしと伝わってきます。パウロは三回に及ぶ伝道旅行、そして最後は囚人としてローマへ連れて行かれる旅をしています。今日の箇所は第三回目の伝道旅行の最後に、どうしてもという願いでエルサレムに来たときの記事です。パウロの行く先々の教会すなわち、エフェソの教会の長老たちに、ティルスの教会やカイサリアの教会のメンバーにエルサレムに行ったら命が危ないので、行かないようにと言われたのですが、パウロは、主イエスのためならばエルサレムで縛られることばかりか死ぬことさえも覚悟していると言ってエルサレムにやってきたのです。
 エルサレム訪問の一つの目的は飢饉に直面し、経済的困窮に直面している人々がいるエルサレム教会に小アジアの教会で集めた献金を届けるためでした。エルサレム教会に献金を届けて何日もしないうちに、アジア州からエルサレムに来ている人々がパウロを見つけ、パウロはイスラエルの民と律法と神殿を無視することを教えていたと言ったので、エルサレムが混乱状態になり、パウロは群衆から殴られました。そのとき治安維持のために千人隊長が駆けつけ、パウロは二本の鎖で縛られました。千人隊長はことの真相をつかむためのパウロに民衆の前で弁明することを許しました。
この弁明でパウロが自分の回心から話しはじめ、異邦人のために福音を伝える使命を与えられたことを話しますと、民衆が大騒ぎを始めました。千人隊長がパウロを鞭で打とうとしたとき、パウロは、自分はローマの市民権を持っている、そのわたしを裁判にかけずに鞭打ってよいのかと言ったところ、千人隊長は恐ろしくなりました。そこで、なぜパウロがユダヤ人から訴えられているのか知りたいと願い、ユダヤの最高決議機関の最高法院召集を命令したのです。パウロが最高法院の議員たちに向かって語り始めたのが今日の23章です。
1節から6節をもう一度お読みします。
≪そこで、パウロは最高法院の議員たちを見つめて言った。「兄弟たち、わたしは今日に至るまで、あくまでも良心に従って神の前で生きてきました。」すると、大祭司アナニアは、パウロの近くに立っていた者たちに、彼の口を打つように命じた。パウロは大祭司に向かって言った。「白く塗った壁よ、神があなたをお打ちになる。あなたは、律法に従ってわたしを裁くためにそこに座っていながら、律法に背いて、わたしを打て、と命令するのですか。」近くに立っていた者たちが、「神の大祭司をののしる気か」と言った。パウロは言った。「兄弟たち、その人が大祭司だとは知りませんでした。確かに『あなたの民の指導者を悪く言うな』と書かれています。」≫
 パウロが「わたしは、今日に至るまで、あくまでも良心に従って神の前で生きてきました」と語ったところ、すぐにいきり立ったのは最高法院の責任者である大祭司アナニアでした。
 当時のユダヤの歴史家ヨセフスは、アナニアという大祭司は、十分の一税の着服とわいろで民衆をだまし繁栄を誇った人だ、と記しています。アナニアは自分が税金を着服し、わいろをもらっていたので、パウロが「良心に従って神の前で生きてきました」という言葉にすぐ反応したのでしょう。
申命記に、神様の声に聴こうとしないで、悪い行いを重ねる者を神様は打つと警告しています。また、イエス様も、律法学者やファリサイ派の人々を「白く塗った墓に似ている」と批判しましたが、パウロもアナニアのことを聞いていたので、あなたは、神の前で恥じない歩みをしているのかと批判したのです。けれども、パウロは近くにいた人から「神の大祭司をののしる気か」と言われると、「民の指導者を悪く言うな」と律法に書かれている、と言って律法に従う姿勢を言い表したのです。

 大祭司への批判の矛先をいったん閉じて、パウロは議員たちに語りかけます。 6節から10節です。
≪パウロは、議員の一部がサドカイ派、一部がファリサイ派であることを知って、議場で声を高めて言った。「兄弟たち、わたしは生まれながらのファリサイ派です。死者が復活するという望みを抱いていることで、わたしは裁判にかけられているのです。」パウロがこう言ったので、ファリサイ派とサドカイ派との間に論争が生じ、最高法院は分裂した。サドカイ派は復活も天使も霊もないと言い、ファリサイ派はこのいずれも認めているからである。そこで、騒ぎは大きくなった。ファリサイ派の数人の律法学者が立ち上がって激しく論じ、「この人には何の悪い点も見いだせない。霊か天使かが彼に話しかけたのだろうか」と言った。こうして、論争が激しくなったので、千人隊長は、パウロが彼らに引き裂かれてしまうのではないかと心配し、兵士たちに、下りていって人々の中からパウロを力ずくで助け出し、兵営に連れて行くように命じた。≫
 パウロは、最高法院で、自分はどうして裁判にかけられているかと言うと、「死者が復活するという望みを抱いているからだ」というのです。これは、このあと、議会の構成メンバーのファリサイ派とサドカイ派の間で激しい分裂が生じるのですが、パウロは両者の間に分裂が生じることを見越して語ったというより、パウロにとって自分が捕らえられ、裁判にかけられているのはまさにこのことなのだ、とを言うのです。
 それはこの後、パウロがカイサリアに護送され、ローマの総督フェリクスの前に立つのですが、パウロはそのときもこう語ります。「正しい者も正しくない者もやがて復活するという希望を神に対して抱いています。」(24章15節)、さらに「彼らの中に立って『死者の復活のことで、私は今日あなたがたの間で裁判にかけられているのだ』と叫んだだけなのです。」(24章21節)と。
 パウロはユダヤ人の議会、最高法院でもローマの総督の前でも「死者のよみがえり」、単に正しい者だけでなく正しくない者もよみがえる、その希望を抱いているので裁判にかけられているのだと主張しているのです。もし、最高法院で意見が分かれることを見越してパウロがこの事を言うとすれば、ローマの総督の前で言う必要がないのですが、パウロはローマの総督の前でもこのことを語るのです。けれども、ていねいに見ますと、最高法院でもパウロは引き裂かれそうになり、千人隊長が心配するほどでした。
 すなわち、異邦人への伝道のため献身したというと群衆がわめきたてる、正しい者も正しくない者も復活するというと議会にいるパウロが引き裂かれそうになるのです。異邦人も救われる、すべての人が救われる、すべての人が復活する、すべての人が神の国に招かれている、とパウロが語ると、こうしたさわぎとなるのです。
 先週の礼拝で、宮崎徹先生が、アメリカの海兵隊の訓練は朝4時から始まる、ランニングとき、「キル」、「キル」すなわち、「殺せ」、「殺せ」、そう叫びながら走っている、とお話しくださいました。そのことを聞いたあと、火曜日に社会委員会主催で、靖国神社の中の「遊就館」を見学に行きました。ショックだったのは、大砲や刀がどの展示室にも陳列されていたことです。刀や大砲はみんな、人を殺す物です。その展示をたくさんの見物人が見ています。そうした展示は人をひきつけます。
どの人もかけがえのない人だ、復活するという考えと、人を殺して自分の国が栄えるという考えとは相入れません。パウロの考えは激しいかたちではねつけられるのです。

 パウロのここでの姿は毅然としています。大祭司に向かって、自分はあくまでも良心に従って神の前で生きてきた、と語ります。引き裂かれそうになっても、死者が復活する、正しい人だけでなく、正しくない者も復活するという希望を持っている、と語ります。
 けれども11節を見ますとこう記されています。≪その夜、主はパウロのそばに立って言われた。「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。」≫
 「勇気を出せ」は福音書を見ますと、イエス様がいろいろな苦しみに直面している人を励ますときにおっしゃる言葉です。友人でしょうか、家族でしょうか、中風の人がイエス様のところに連れて来られたとき、イエス様は、中風の人に「子よ、元気を出しなさい」、と。あるいは12年間も出血がとまらない女の人にイエス様が「娘よ、元気になりなさい」、と。また、湖で嵐に直面したとき、イエス様が弟子たちに「安心しなさい、わたしだ、恐れることはない」、と。イエス様が殺される、いなくなるのではと不安を覚えている弟子たちに「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」、と。「元気を出しなさい」「安心しなさい」「勇気を出しなさい」はみな同じ語です。
 パウロが、どの人も大事な人だ、と語ると引き裂かれそうになりました。意気消沈しそうになったのでしょうか。その夜、イエス様、パウロのそばに立って、「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」、と言ってパウロを力づけ、励ましたのです。 

わたしはパウロに、このようにイエス様から励まされる姿があったことに限りない慰めを覚えます。すべての人の救いの可能性を信じ、そのために力を尽くしてきたパウロが、望みを失いかけたことがあったのです。「為ん(せん)方つくれども希望(のぞみ)を失はず」、と書いたパウロも意気消沈しているのです。そうしたパウロにイエス様は、勇気を出せ、エルサレムで証ししたようにローマでも証しせよ、と語りかけ、気落ちしたパウロをもう一度立ち上がらせ、すべての人が神様の国から除外されないことを地の果てまで語れ、と励ますのです。パウロ自身が、中風の人、長年出血が止まらず途方に暮れている婦人、嵐の中で呆然としている弟子、イエス様が殺され、みなしごになるのではないかと不安を覚える弟子と同じ姿を持ち合わせているのです。
 そうしたパウロをイエス様は、勇気を出せ、大丈夫だ、と励まされるのです。

第二次大戦中に、兵役を拒否したイシガオサムさんが、1931年から1945年前の日記を1971年に出版されました。エスペラント語で記された日記です。しかし、その日記を読むと、「戦争抵抗者として死ぬより、病気になるのが待ち遠しい」というイシガさんの苦悩も記されています。イシガさんがこの日記を1971年に出版する意図は「このような弱い幼稚な魂に対して救いの道が示されたからには、すべての人の前に新しいそれぞれの救いの門が開かれていることを信じて頂」きたいからだ、というのです。
 パウロもそうです。最高法院で意気消沈したこともありました。晩年に「わたしは罪人のかしらなのである」「使徒と呼ばれる値打ちのない者」と語っています。そうした自分をイエス様が、生涯にわたって、勇気を出せ、大丈夫だ、元気を出しなさい、と励まし続けて下さった、その恵みを語るのです。同時にこの恵みはすべての人に差し出されているというのです。この恵みをパウロは地の果てまで伝えたかったのです。  

         (2009年11月 1日 主日礼拝説教)