2009.7.5

「人の痛みに鈍感ではなく、敏感な神」


ミカ書6:8
使徒言行録ルカによる福音書19:21〜40

櫻井重宣

   本日は、ただ今お読み頂いた使徒言行録20章21節以下を通して、初代の教会の歩みに思いを深めたいと願っています。
 もう一度、冒頭の21節と22節をお読みします。
 ≪このようなことがあった後、パウロは、マケドニア州とアカイア州を通りエルサレムに行こうと決心し、「わたしはそこへ行った後、ローマも見なくてはならない」と言った。そして、自分に仕えている者の中から、テモテとエラストの二人をマケドニア州に送り出し、彼自身はしばらくアジア州にとどまっていた。≫
 今日の箇所はパウロの第三回目の伝道旅行の時のことです。この21節と22節はわずか数行ですが、パウロの伝道の大きな幻、ビジョンを知ることができます。このとき、パウロはエフェソにいるのですが、ここからマケドニア州とアカイア州を通りエルサレムに行こうと決心し、それだけではなくローマも見なくてはならないと言っています。21節は「決心した」と訳されていますが、原文には「御霊によって」という言葉があります。口語訳では「パウロは御霊に感じて決心した」となっています。人間的な思い、決断ではない、とこの使徒言行録を書き記したルカは言うのです。エフェソからマケドニアまで直線でも500キロ、マケドニアからアカイア州まで400キロそこからエルサレムまでは、船で千数百キロ、さらにエルサレムからローマは二千キロをはるかに超える、そうした距離です。
 茅ヶ崎を起点にしますと、茅ヶ崎から青森に行き、青森から青函トンネルを通って釧路に行き、釧路から船で下関に行き、そして下関から船で沖縄に行くということでしょうか。
エルサレムにはアンティオキア教会の祈りそしてパウロやバルナバの伝道で産み出された諸教会で集めた献金を届けるためです。どうして献金したかというと、エルサレム周辺に飢饉があり、多くの人が飢えに直面したからです。エルサレム教会には身寄りのない人、夫に先立たれた人、両親を亡くした子どもたちが数多くいました。ただでさえ大変なのに、飢饉で大変に違いない、支援しよう、といって集めた献金です。けれどもこの後の20章に記されていますが、エルサレム行きは、パウロの身の危険が予測されました。それでもエルサレムに行こうとしたのです。御霊に促されて決断したというのです。そしてその後、ローマに、さらに地の果てのイスパニアに、というのがパウロの伝道ビジョンでした。
 パウロの書いた手紙の一節に「だれかが弱っているなら、わたしも弱らないでいられるでしょうか」、あるいは「わたしは福音を告げ知らせずにはいられません」とありますが、そうしたパウロの姿がここにあります。また、パウロは自分ひとりで、という思いはありません。パウロが信頼しているテモテとエラストの二人を自分に先立ってマケドニア州に送り出し、自分はアジア州にしばらくとどまっていたというのです。わずか数行ですがパウロの伝道のスピリットが伝わってきます。
 今から150年前、ヘボン博士たちが伝道を開始したときもそうでした。伝道が開始されてまもなく切支丹禁制の高札が撤去されたのですが、キリスト教が簡単には受け入れられない時代でした。初代の宣教師たちは一人でも多くの人に神様の愛を、という祈りから、日本に教派を持ち込まないことを申し合わせました。どの教派も、いまだ伝道されていない地域に伝道しようとしたのです。スカンジナビア・アライアンスという教派は他の教派より遅れて来日したのですが、まだ伝道されていなかった岐阜や伊豆七島を伝道地としました。
 現在の私たちは先人のそうした伝道の大きなビジョンを受け継ぐ責任と使命があると思うのです。


 ところで、この後エフェソで大騒動が起こりました。23節から27節をお読みします。
 ≪そのころ、この道のことでただならぬ騒動が起こった。そのいきさつは次のとおりである。デメテリオという銀細工師が、アルテミスの神殿の模型を銀で造り、職人たちにかなり利益を得させていた。彼は、この職人たちや同じような仕事をしている者たちを集めて言った。「諸君、御承知のように、この仕事のお陰で、我々はもうけているのだが、諸君が見聞きしているとおり、あのパウロは『手で造ったものなどは神ではない』と言って、エフェソばかりでなくアジア州のほとんど全地域で、多くの人を説き伏せ、たぶらかしている。これでは、我々の仕事の評判が悪くなってしまうおそれがあるばかりでなく、偉大な女神アルテミスの神殿もないがしろにされ、アジア州全体、全世界があがめるこの女神の御威光さえも失われてしまうだろう。」≫
 パウロが「手で造ったものなどは神ではない」と語ったことで、自分たちの商売が上がったりだ、というのです。逆に言うと、手で造った神は神殿の模型を造る人たちに儲けさせていたのです。
最近も印鑑を売って多額の収入を得ているある宗教のことが問題になっていますが、パウロは、手で造ったものなどは神ではないと語ります。神様は苦しんでいる人の苦しみ、病んでいる人の痛み、悲しんでいる人の悲しみを共にされる方だが、手で造った神は一人ひとりの苦しみ、痛み、悲しみに心を動かさないというのです。


 デメテリオがこのように語ったところ、大騒動になりました。
28節と29節にこうあります。
 ≪これを聞いた人々はひどく腹を立て、「エフェソ人のアルテミスは偉い方」と叫びだした。そして、町中が混乱してしまった。彼らはパウロの同行者であるマケドニア人ガイオとアリスタルコを捕らえ、一団となって野外劇場になだれ込んだ。≫
 野外劇場は大きなもので2万5千人も入る劇場です。大騒動です。パウロの同行者ガイオとアリスタルコが捕らえられ、引きずり込まれました。この二人は20章の4節を見ますと、この後もパウロの伝道に同行しています。どんなに迫害、苦しみに直面しても伝道をやめません。この二人もそうですが、パウロにはこうした伝道を共にする人がいたのです。
30節と31節にこうあります。
 ≪パウロは群衆の中へ入っていこうとしたが、弟子たちはそうさせなかった。他方、パウロの友人でアジア州の祭儀をつかさどる高官たちも、パウロに使いをやって、劇場に入らないように頼んだ。≫
こうしたときに、パウロはじっとしていられない、ということを弟子たちやまわりの人はよく知っていました。このときエフェソにパウロの伝道を助けていたプリスキラとアキラという夫婦がいました。ローマの信徒への手紙でパウロは「キリスト・イエスに結ばれているわたしの協力者となっている、プリスカとアキラによろしく。命がけでわたしの命を守ってくれたこの人たちに、わたしだけでなく、異邦人のすべての教会が感謝しています」と記しています。おそらくこのときのことでないかと思います。ガイオとアリスタルコが捕らえられたとき、パウロはどうして自分をとめるのか、と言って飛び込もうとしたのではないでしょうか。それをプリスカとアキラが必死にとめたものと思われます。パウロを知っている高官たちも劇場に入らないよう必死になって頼み、それでパウロが助かったのです。
 32節から34節には、さらに騒ぎが大きくなったことが記されます。
 ≪さて、群衆はあれやこれやとわめき立てた。集会は混乱するだけで、大多数の者は何のために集まったのかさえ分からなかった。そのとき、ユダヤ人が前へ押し出したアレクサンドロという男に、群衆の中のある者たちが話すように促したので、彼は手で制し、群衆に向かって弁明しようとした。しかし、彼がユダヤ人であると知った群衆は一斉に、「エフェソ人のアルテミスは偉い方」と二時間ほども叫び続けた。≫
 アレクサンドロという人がどういう人かわかりませんが、彼がユダヤ人だと分かると、群衆はいきり立ち「エフェソのアルテミスは偉い方」という大合唱になりました。ユダヤ人だからというより、エフェソの町以外の人のことには耳を傾けない、そういう雰囲気でした。
 最後に登場したのは町の書記官です。エフェソの町の治安維持に責任をもっていた人です。35節から後を読みます。
 ≪そこで、町の書記官が群衆をなだめて言った。「エフェソの諸君、エフェソの町が、偉大なアルテミスの神殿と天から降って来た御神体との守り役であることを、知らない者はないのだ。これを否定することはできないのだから、静かにしなさい。決して無謀なことをしてはならない。諸君がここへ連れて来た者たちは、神殿を荒らしたのでも、我々の女神を冒?したのでもない。デメテリオと仲間の職人が、だれかを訴え出たいのなら、決められた日に法廷は開かれるし、地方総督もいることだから、相手を訴え出なさい。それ以外のことで更に要求があるなら、正式の会議で解決してもらうべきである。本日のこの事態に関して、我々は暴動の罪に問われるおそれがある。この無秩序な集会のことで、何一つ弁解する理由がないからだ。」こう言って、書記官は集会を解散させた。≫
 この書記官は町が混乱することを恐れました。統治能力無し、と判断されないように必死の思いで群衆を解散させたのです。
ただ、この書記官の演説でパウロがどのように伝道したかが分かります。パウロたちは神殿を荒らさない、エフェソの女神を冒涜しないというのです。パウロたちは他者が大切にしているものをふみにじりませんでした。

 このように今日の箇所をていねいに見ていきますと、自分たちの利益が大事なデメテリオ、エフェソ人のアルテミスが偉い方ということにこだわる人々、そして町が混乱すると自分の地位が脅かされることに不安を覚えた書記官のことが記されています。
 一方、他者が大切にしているものに敬意を払いつつ、なお自分のメンツではなく苦しんでいる人、悲しんでいる人の前でおろおろするパウロの姿が伝わってきます。

 
 10日程前、東京の日本聖書神学校の礼拝堂で3月25日にアメリカで逝去された小山晃佑という牧師の告別記念礼拝が行われ出席しました。小山牧師は東京神学大学を卒業後、アメリカの神学校に留学し、その後、タイ、シンガポール、ニュージーランド、アメリカの神学校で教えた方です。世界的な神学者ですが、日本ではあまり知られていません。実は小山先生は15歳のとき、東京大空襲を経験されたので平和への思いはことのほか強く、私が広島教会在任中、教会員の被爆証言を集めて発行した『あの日・あの時』を何度もお読みくださり、毎年8月6日にはアメリカの教会でこの本を紹介しつつヒロシマのことをお話されました。
 小山先生はまさにここに記されるパウロのような伝道を展開した方です。タイにおられるときは、「托鉢僧と水牛」の国でイエス様がどのように語るのか、そういう視点で聖書に耳を傾けました。そして繰り返しおっしゃったことは「イエス・キリストは激しく心を動かされる神」だということです。子どもが急に大けがしたら母親はおろおろします、それが母親の愛です。神様もそうだ、おろおろする、そのなかで最善は何かを決断される、神様はそういう方だ、と小山先生は語ったのです。
 事が起こったとき、自分の利益、メンツだけを考えるのではなく、もっとおろおろしよう、それが今日の箇所で、イエス様を証ししたパウロの語ることです。そして、イエス様を証しした小山先生の私たちに対する遺言でもあるのです。     

 

(2009年7月5日主日礼拝説教)