2009.3.1

「わたしは道であり、真理であり、命である」


イザヤ書57章18〜19  ヨハネによる福音書14章1〜14

櫻井重宣

   教会の暦では、先週の水曜日2月25日からレント、受難節に入りました。今年のイースターは、4月12日です。2月25日からイースターまでの日曜日を除く40日間がレントです。イエス様の十字架の苦しみを覚え、このレントの期間、心静かに過ごして参りましょう。 ところで、イエス様が十字架に架けられるのではないか、という不安を覚えている弟子たちに、イエス様が語られた説教がヨハネによる福音書14章から16章に記されています。十字架を前にした説教ですので、イエス様の告別の説教と言われます。今年は、このレントの期間、この告別の説教にご一緒に耳を傾け、イエス様の十字架の苦しみに思いを深めたいと願っています。

 説教の冒頭の14章1節をもう一度、読んでみましょう。
≪「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。」≫
 弟子たちが心を騒がせていたことがよくわかります。13章の最後のところで、ペトロが「主よ、どこへ行かれるのですか」と問うています。不安があるのは弟子たちだけではありません。イエス様のためなら命を捨てます、と言いきるペトロには、鶏が鳴くまで、三度わたしを知らないというだろうという弱さがあることをイエス様はご存知でした。残していく弟子たちのことを考えると、イエス様の心は不安でした。
 不安だけではありません。13章21節には ≪イエスはこう話し終えると、心を騒がせ、断言された。「はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている」≫と記されています。イエス様御自身が心を騒がせておられます。
 実は告別の説教に先立つ13章には、イエス様が弟子たち一人一人の足を洗われたことが記されています。洗足の木曜日と言われますので、十字架に架けられる前の晩の出来事です。もっというならこの告別の説教も木曜日の夜になされた説教です。弟子たち一人一人の足を洗われたときも、イエス様の思いにあったのは、イエス様を引き渡すユダのことです。「あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている」と語られるとき、イエス様の心は騒いだというのです。また、少し前ですが、12章27節を見ますと、≪「今、わたしは心騒ぐ。何と言おうか。『父よ、わたしをこの時から救ってください』と言おうか。しかし、わたしはまさにこの時のために来たのだ」≫とあります。
 十字架の道を歩もうとする、弟子の一人が自分を引き渡そうとしている、そのことを思う、語ろうとしたとき、イエス様の心が乱れる、騒いだというのです。イエス様は、わたしはまもなく捕えられ、十字架に架けられる、けれども心配するな、わたしは大丈夫だというのではありません。心を騒がせておられるのです。そのイエス様が、心騒がしている弟子たちに「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい」と語って説教を始めるのです。信じるというギリシャ語には、委ねる、任せるという意味があります。いろいろな不安、動揺がある。神様に委ねしよう。心騒いでいるわたしも神様にお委ねする、一緒にお委ねしようというのです。心を騒がせている弟子たちへの優しさがあります。イエス様は心が騒いでいるので、心を騒がせている弟子たちへの共感、優しさがありました。
 そして2節と3節でこうおっしゃいます。
 ≪わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言っただろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。≫
 イエス様がここでおっしゃることを、わたしたちはていねいに耳を傾けたいと思います。本当に慰めに満ちた言葉です。父の家には住む所がたくさんある、これから十字架の道を歩むのは、あなたがたを迎える場所を用意するためだ、わたしを引き渡そうとしているユダも、鶏が鳴くまでにわたしを三度知らないというペトロも、イエス様が逮捕されると逃げてしまう、そういうあなたがた一人一人を迎えるためだとおっしゃるのです。
 わたしたちは、ときどき、こんなわたしを父なる神様の家に迎えて頂けるのだろうかと不安になります。けれども、イエス様はどの人とも、父の家で一緒にいるためにどうしても十字架の道を歩むのだとおっしゃるのです。そのことを分かって欲しいとおっしゃるのです。

 そしてこのあと、イエス様と二人の弟子とのやりとりが記されます。まず、トマスです。イエス様が「わたしがどこへ行くのか、その道をあなたは知っている」とトマスにおっしゃいますと、トマスは「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません、どうして、その道を知ることができるでしょうか」と尋ねます。そうしますと、イエス様は「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」とおっしゃったのです。
 御自分がどういうものかということをわかってもらうために、イエス様は「わたしは〜である」という言い回しを繰り返していたことをヨハネ福音書の記者ヨハネは紹介しています。「わたしは命のパンである」「わたしは世の光である」「わたしは良い羊飼いである」「わたしはよみがえりであり、命である」。この告別の説教でもこのあと「わたしはまことのぶどうの木、あなたがたはその枝である」等々これはとても強い言い回しです。命のパン、世の光、良い羊飼い、それは、ほかでもなく、まさに私のことだ、という意味合いです。
 ここでもそうです。道、それはまさにわたしだ、真理、それはまさにわたしだ、命、それはまさに私だ、と。道が分からないというトマスにわたしが道だ、わたしを通っていけば父の家に行く、その道は裏切らない、真実そのものだ、そして命そのものだ、というのです。イエス様と言う道を通っていけば、道中もイエス様は真実に関わってくださる、そして命に導いてくださるというのです。
 ヨハネは、復活の場面でもトマスのエピソードを紹介します。イエス様がよみがえられた日の夕べ、イエス様が弟子たちのところにおいでになって、今晩は、とおっしゃり、十字架の釘跡がある手とわき腹をお見せになりました。弟子たちはとても喜びました。けれども、その場にトマスはいませんでした。ほかの弟子たちが、トマスに「わたしたちはイエス様にお会いした」と言いますと、トマスは「あの方の手に釘の跡を見、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」と言ったのです。八日後、弟子たちが家の中にいたとき、よみがえられたイエス様は家の中に入って来られました。こんどはトマスもいました。イエス様は、トマスに、あなたの指をここに当てていいよ、あなたの手を十字架の傷痕があるこのわき腹に入れていいよ、とおっしゃったのです。トマスにはトマスの心に届くように福音を語られるのです。

 もう一人、フィリポですが、イエス様が「わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」とおっしゃったとき、8節ですが、「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と語っています。そうしますと、イエス様は9節から14節まで、フィリポにこうお答えになります。ていねいな説き明かしは時間の関係でできませんがゆっくり読んでみましょう。
 「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい。はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。わたしの名によってわたしに何か願うならば、わたしがかなえてあげよう。」
 御父をお示しください、と願うフィリポに、イエスさまは、わたしがあなたがたに語っている言葉に耳を傾けなさい、わたしが行っている業に注目しなさい、そうすれば父なる神様はどういう方かわかるはずだ、とおっしゃるのです。ひとりの病気の人に、愛する人を亡くして悲しんでいる人に、孤独を覚えている人に、イエス様がどう関わったか、そのことを通して、神様がどういう方かを知ることができるというのです。

 浅野順一という牧師がいました。浅野先生は戦前から旧約聖書の研究を続け、教会の牧師に合わせて大学で旧約聖書を教えておられました。牧師としても、大学の教師としても多くの人に影響を与えた方です。私自身も、神学校に進む前、一般の大学で先生の講義を聞き、多くのものを学ばせて頂きました。
 浅野先生の薫陶を受けた一人の牧師が浅野先生の思い出として語ったことを印象深く思い起こします。藤村精一という牧師です。藤村先生は大学卒業後、一般の会社に勤めていたのですが、昭和15年満州に転勤の話がありました。藤村先生は将来、大陸で医療伝道をしたいと考えていたこともあり、上司に前向きの返事をしたあと、所属教会の牧師の浅野先生に満州行のことで相談するために訪ねることにしたというのです。そのころ、浅野先生は大きな御病気をされ、信州で静養中であったので、信州まで相談に行きました。道を聞きながら、夕方、浅野先生のおられるところ着いて、説明したのですが、先生は、わかったとおっしゃいません。ようやく口を開いた浅野先生がおっしゃったことは、「君は血の汗を流して祈った上での結論か」ということでした。藤村先生は、そう言われると返す言葉もありません。もう上野行きの汽車がないので泊っていけと言われたのですが、悔しくて、祈ってよく考えますと言い張ってお宅を辞したという。外は真っ暗、駅はどの方向かもわからない。気がつくと病み上がりの浅野先生が一緒に家を出ようとされている。そのうち雨が降り出した。病気が悪化したら申し訳ない、と思っておことわりするのですが、先生は歩き始めた。雨はどしゃぶりになりました。懐中電灯の光をたよりに石ころだらけの道を進んだ。そのうち先生の下駄の鼻緒が切れた。浅野先生が黙々と歩かれる姿を見て、藤村先生も靴をぬぎ裸足で先生の後を歩いた。しばらく歩いたら突然先生が道の真ん中に立って、藤村先生の方を向いて、「あなたは伝道しますか、会社を止めますか」と問うたというのです。会社を辞めるのか、伝道を辞めるか、ではありません。藤村先生は満州行きを浅野先生に理解してもらえないので、満州行きを断念し、会社を辞めますと言ったら、先生はライオンの吼えるような声で泣かれ、一言「ありがとう」とおっしゃったというのです。そのころになって雨があがって、月が煌々と輝いていたという。
 そのとき藤村先生は示されたという。これからの自分の生涯は嵐の中を目的地の方角もわからないで歩くようになるかも知れない。しかし、先生が黙って前を歩いてくださったように、イエスさまは雨に濡れながらはだしで前を歩いてくださる。そのあとについてゆきさえすれば、必ず目的地につけるし、いつの日か嵐もおさまって満月があかるく輝く時が来る。これからはどんなことにぶつかっても弱音を吐くまい。与えられた道を一歩一歩進んでいきたいと思ったというのです。
 藤村先生はあのとき、あのことがあったので今日のわたしがある、先生が涙を流してくださったとき、自分は悔しい思いで一粒の涙もこぼさなかったが、今そのことを思うと、涙が溢れ出ると、記しておられます。

 トマスもフィリポもそうであったのではないでしょうか。あとから考えると、とんでもない質問をした。しかし、イエス様は、自分の心に届くように語ってくださった。イエス様は、わたしたち一人一人を父の家に迎えるために十字架の道を歩まれた、イエス様御自身が道となってくださった、イエス様の十字架の釘跡を見せてくださった、命へと導いてくださった、そのことを思うと、涙があふれ出る、かたじけない、と。

 レントの日々、十字架の主の御苦しみに思いを深めていきましょう。      

(2009年3月1日 受難節第一主日礼拝説教)