2009.1.4

「主の恵みにゆだねられて」


箴言30:7〜9
    使徒言行録 15:36〜16:5  

櫻井重宣

 新しい年、2009年を迎え、本日は最初の礼拝です。今年も、二千年前の最初の教会の歴史が記されている『使徒言行録』の学びを続けて参りたいと願っています。
 さて、15章36節から41節のところには、パウロとバルナバが誰を伝道旅行に連れて行くかで、意見が衝突し、結局二人は別々に伝道旅行に出かけたことが記されています。また、16章1節から5節には、パウロがテモテに割礼を授けたことが記されます。パウロやバルナバが、救われるためには割礼は必要ではないということを主張したので、エルサレムで教会会議が開かれ、激しいやりとりはあったのですが、結論として満場一致で割礼は必要ではないということが決議されました。けえども、割礼は必要ではないと主張したそのパウロがここでテモテに割礼を授けているのです。
 このように、15章36〜41も、そして16章1〜5節も両方ともすっきりしない出来事です。あんまりお手本にならないような出来事です。初代教会は首尾一貫していません。もたもたしています。けれども、こうした初代教会の姿は、教会ということを考えるとき、とても大切な姿を私たちに証ししているように思います。新しい年の私たちの教会の歩みを始めるに際し、今日の箇所に耳を傾けることはとても意味があるように思われます。

 最初にもう一度15章36節から41節を読んでみましょう。
 ≪数日の後、パウロはバルナバに言った。「さあ、前に主の言葉を宣べ伝えたすべての町へもう一度行って兄弟たちを訪問し、どのようにしているかを見て来ようではないか。」バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネも連れて行きたいと思った。しかし、パウロは、前にパンフィリア州で自分たちから離れ、宣教に一緒に行かなかったような者は、連れて行くべきではないと考えた。そこで、意見が激しく衝突し、彼らはついに別行動をとるようになって、バルナバはマルコを連れてキプロス島へ向かって船出したが、一方、パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて、出発した。そして、シリア州やキリキア州を回って教会を力づけた。≫
  パウロとバルナバはアンティオキア教会から断食と祈りをもって派遣されて伝道旅行に出発したことが13章から14章に記されていました。いわゆる第一回目の伝道旅行です。二人は、そのとき伝道した町へもう一度行って、教会に連なるようになった兄弟たちがどのようにしているかを見に行こうとし、第二回目の伝道旅行に出発しようとしたのです。けれども、そのときマルコを連れて行くかどうかでパウロとバルナバの間に激しい衝突が起こりました。マルコは第一回目の伝道旅行のとき途中で帰ってしまったからです。伝道することの厳しさに耐えられなかったのでしょうか。伝道者として歩むことに挫折してしまったのです。
  わたしはこの春で神学校を卒業して40年になりますが、神学校を卒業したからと言って、すべての人が今もなお牧師を続けているわけではありません。挫折した人もいます。私自身、牧師として続けていいのか、そういう深刻な問いの前に立たされたことが何度かあります。伝道者になってから挫折するというのは本当に大きな苦しみです。
 そうしたことから、わたしは、パウロよりバルナバの思いに共感が持てます。バルナバは一度挫折したマルコを立ち上がらせたいのです。もちろんバルナバとマルコは従兄同士です。そうした身内意識もあるかもしれませんが、バルナバはなんとか伝道の第一線にもう一度マルコを戻らせ、挫折から立ち直らせたいのです。
  初代の教会のありさまをこうして使徒言行録を通して学んでいると、バルナバという人は本当に心惹かれる人だということが分かります。バルナバは「慰めの子」という意味です。名前の通り、人を励ます人、慰める人です。ギリシャ語で慰めるという言葉は、《パラカレオー》です。《パラカレオー》は、その人のそばにいて声をかける、その人のそばにいて、大丈夫だと言う意味の語です。バルナバは、パウロがダマスコ途上でイエス様にお会いし回心したのですが、教会になかなか受け入れられなかったとき、エルサレム教会にパウロは大丈夫だと語って教会の交わりに入れるために尽力した人です。また、アンティオキア教会のメンバーが増えてきたとき、故郷のタルソスに戻っていたパウロを一緒に教会の御用をしようと迎えに行ったのもバルナバでした。パウロがこれほど大きな働きをするようになった背後にはバルナバの存在がありました。
 バルナバの励まし、執り成しで伝道者として立つようになったパウロですが、ここでは、マルコはまた途中で帰ってしまうのではないか、そうしたら証しにならない、伝道の妨げになる、と思ったからでしょうか、マルコを連れていくことに強く反対したのです。
 結局、パウロとバルナバの間に折り合いがつかず、二人は別々に伝道旅行に行くことになりました。バルナバはマルコを連れて、自分が生まれ育ったキプロス島に向かって船出しました。一方、パウロはエルサレム教会会議の後、エルサレム教会からパウロとバルナバに同行したシラスを選び、教会の兄弟たちから主の恵みに委ねられて 出発しました。アンティオキアから陸路、北西に向かって歩き、シリア州やキリキア州を回って教会を力づけました。

 ところで、16章1節から5節を読みますと、バルナバと激しくぶつかったパウロの姿ではなく、優柔不断なパウロの姿が記されています。
 読んでみましょう。≪パウロはデルベにもリストラにも行った。そこに、信者のユダヤ婦人の子で、ギリシャ人を父親に持つ、テモテという弟子がいた。彼は、リストラとイコニオンの兄弟の間で評判の良い人であった。パウロは、このテモテを一緒に連れて行きたかったので、その地方に住むユダヤ人の手前、彼に割礼を授けた。父親がギリシャ人であることを、皆が知っていたからである。彼らは方々の町を巡回して、エルサレムの使徒と長老たちが決めた規定を守るようにと、人々に伝えた。こうして、教会は信仰を強められ、日ごとに人数が増えていった。≫
 4節の、「エルサレムの使徒と長老たちが決めた規定」というのは、救われるためには割礼は必要でないという規定です。その規定を伝えることも目的の一つであった伝道旅行で、テモテに割礼を授けているのです。

   実は、使徒言行録にバルナバが登場するのはここが最後です。それではマルコはどうしたかというと、このあとパウロの手紙にしばしば登場します。パウロの晩年、とくに軟禁状態にあったパウロのそばでパウロの世話をしたのはマルコです。コロサイの教会に宛てた手紙には、「わたしと一緒に捕らわれの身となっているアリスタルコが、そしてバルナバのいとこマルコがあなたがたによろしくと言っています」と記されています。テモテへの手紙二には、「マルコを連れて来てください。彼はわたしの務めをよく助けてくれるからです」とあります。フィレモンへの手紙には「わたしの協力者たち、マルコからよろしくとのことです」とあります。 
 思い出していただけるでしょうか。エルサレム教会会議でイエス様の恵みによってのみ救われると発言したペトロは、その後、教会の表舞台に登場していません。マルコを再出発させようと、挫折から立ち上がらせようとしたバルナバもこのあと登場しません。
 パウロにとってバルナバは恩人なのに、パウロはそのバルナバと激しい議論をしてしまいました。しかし、バルナバはマルコを何としてでも再出発させようとします。このバルナバの存在をかけての発言はパウロにとって大きな問いかけとなりました。実際、このときのバルナバの励ましで、マルコは再び伝道者になり、パウロと一緒に伝道しているのです。

 さて、パウロはシラスと伝道旅行に出発しました。パウロはテモテを伝道者になって欲しいと願いました。そのとき、その地方に住むユダヤ人をパウロは大切にしました。同行していたシラスはエルサレム教会の人です。ここで割礼をパウロが授ければ、エルサレム教会に聞こえます。パウロ、そうした自分の立場、地位以上にテモテを、そしてテモテの周りにいるユダヤ人を大切にしたのです。
 初代教会は、主イエスの恵みによって救われるという福音を大切にしました。それとともに小さなことでつまずくような人、そうした人を原理原則以上に大切にしたのです。

 宮澤賢治の《アメニモマケズ》にこういう一節があります。
 「東に病気の子どもあれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い 南に死にそうな人あれば 行ってこわがらなくていいと言い 北にけんかやそしょうあればつまらないからやめろといい ひでりのときは涙を流し 寒さの夏はおろおろあるき・・・・」
 わたしは、この詩のように生きた賢治の姿にいつも心を動かされます。初代教会のバルナバは宮澤賢治の表現を用いれば、挫折したマルコのことでおろおろした人です。パウロはテモテのことでおろおろした人です。もっというなら、 イエス様はおろおろする方でした。新しい年の私たちの教会、もたもたしてよいのではないでしょうか、おろおろしてよいのではないでしょうか。一人ひとりの魂のため心砕いて祈る教会でありたいのです。

   戸次幸代姉がおおみそかの日に召されました。戸次姉は生涯、礼拝を大切にされ、ご病気を抱えながら、7月20日までおいでになっていました。
 今から6年前に戸次姉が『月報』にお書きになった文で、「平和」について言及しています。『信徒の友』でルターの子どもたちへのスピーチが紹介されていた、それを読んで感動したというのです。どういうスピーチかと言いますと、「二匹の山羊が狭い橋の上で出会った。あまりに狭いので互いに通り抜けできない。どうするだろうか。唯一の方法は、一方が伏して他方がその上を踏んでいくことだ、他人と争うのではなく、伏して自分の上を、他人をして踏ましめることだ。」
 そして、戸次姉は伏してくださっているのはキリストだ、キリストは人を生かすため御自分は伏して十字架に架かられた、こうしたキリストの謙遜さと従順さを隣人に持ち合わせることが、「平和」のために大切ではないか、というのです。
 そうなのです。「平和」はかっこういいものではありません。もたもたしています。おろおろしています。

(2009年1月4日 新年礼拝説教)