2008.10.05

「心を喜びで満たして下さる方」


詩編126:1〜5
 使徒言行録14章1〜20
         
櫻井重宣

 今朝は、ただいまお読みいただいた使徒言行録14章1節から20節に耳を傾けたいと願っています。
 パウロとバルナバが断食と祈りをもってアンティオキア教会から伝道に派遣され、先ず伝道したのがキプロス島でした。それから船でベルゲに行き、こんどは山道を通ってピシディア州のアンティオキアに行きました。最初は町の人に受け入れられたのですが、その町のユダヤ人たちがパウロとバルナバをねたみ、町の貴婦人たちやおもだった人々を扇動して迫害したので、二人は足の塵を払い落してイコニオンに行きました。
今日の個所には先ずそのイコニオンでの様子が記されています。1節と2節にこう記されています。
 ≪イコニオンでも同じように、パウロとバルナバはユダヤ人の会堂に入って話をしたが、その結果、大勢のユダヤ人やギリシャ人が信仰に入った。ところが、信じようとしないユダヤ人たちは、異邦人を扇動し、兄弟たちに対して悪意を抱かせた。≫
 ピシディアのアンティオキアでは、ユダヤ人が貴婦人たちや町のおもだった人々を扇動してパウロとバルナバを迫害したのですが、このイコニオンでは、パウロとバルナバがユダヤ人の会堂で話をすると、大勢のユダヤ人と異邦人が信仰に入ったのですが、信じようとしないユダヤ人たちは異邦人を扇動して二人に悪意を抱かせたというのです。すなわち、ユダヤ人でも信じた人と信じなった人、異邦人でも信じた人と信じなかった人がいたのです。パウロとバルナバが伝道することによって町の人が二分されたのです。そうした状況の下で二人がどうしたかということが3節に記されています。
 ≪それでも、二人はそこに長くとどまり、主を頼みとして勇敢に語った。主は彼らの手を通してしるしと不思議な業を行い、その恵みの言葉を証しされたのである。≫ 
 ピシディアのアンティオキアでは迫害されると、足の塵を払い落して、その町を出たのですが、このイコニオンではどんなに迫害されても長く滞在して、主を信頼して勇敢に語り、主もまた彼らの手を通して、しるしと不思議な業を行い、神様の言葉が本当に恵み豊かであることを証ししたのです。
 パウロがローマの教会に宛てた手紙、すなわちローマの信徒への手紙に、自分は患難を、苦難を前向きに受けとめている、どうしてかというと、患難は忍耐を生み出し、忍耐は練達を生み出し、練達は希望を生み出し、希望は失望に終わらない、と書き記しています。忍耐というのはがまんではありません。その下に留まることです。患難に留まり続けるなかで、いつしか、練達を生み出し、連達は希望を生み出し、希望は失望に終わらないというのです。まさに、この町での経験に基づく言葉といってよいと思います。このイコニオンではどんなに迫害されてもその町に留まりました。
 また、ここで「勇敢に」とある言葉は、原語はパレーシアです。この使徒言行録の学びでいつも心に留めていることですが、パレーシアは十字架を前にしたイエス様から初代の教会が教えられたことです。その人が大胆にということだけでなく、自分に反対する側の人々をも抱え込む大胆さです。ですから、どんなに迫害されても、だれに対してでも、神様がどんなに恵み豊かな方であるかを勇敢に証し続けたのです。
 そうしますと4節から6節にしるされているのですが、町の人々は分裂し、ある者はユダヤ人の側に、ある者は使徒の側につき、そしてパウロに反対する異邦人とユダヤ人が、指導者たちと一緒になって二人に乱暴を働き、石を投げつけようとしたのです。けれども、二人はこれに気づいて、リカオニア州の町であるリストラとデルベ、またその近くの地方に難を避けました。そしてそこでも福音を告げ知らせたというのです。イコニオンからリストラまで約50キロ、リストラからデルベまでは約100キロです。どんなに反対されても、迫害されても、石を投げつけられようとしても二人の語ったことは、福音、よきおとずれ、神の恵みだったのです。
 石を投げつけられたら石を投げつける、罵倒されたら罵倒するというのではよきおとずれは伝わらないのです。

 8節以下はリストラでの出来事です。8節から10節をお読みします。
 ≪リストラに、足の不自由な男が座っていた。生まれつき足が悪く、まだ一度も歩いたことがなかった。この人が、パウロの話すのを聞いていた。パウロは彼をみつめ、いやされるのにふさわしい信仰があるのを認め、「自分の足でまっすぐに立ちなさい」と大声で言った。すると、その人は踊り上がって歩き出した。≫
 迫害されても福音を証し続けたパウロたちがリストラに行って最初に出会ったのは、生まれつき足が不自由で、一度も自分の足で大地を踏みしめたことのない人でした。「いやされるのにふさわしい信仰」とありますが、信仰が立派だというのではなく、自分は歩けない、何とか歩けるようにして欲しいと願っていた人だということです。そしてパウロが自分の足でまっすぐに立ちなさい、と言いますと、その人は踊り上がって歩き出したのです。
 この様子を見ていた群衆がパウロとバルナバは神様だと言いだしました。
 11節から13節を読みます。
 ≪群衆はパウロの行ったことを見て声を張り上げ、リカオニアの方言で、「神々が人間の姿をとって、わたしたちのところにお降りになった」と言った。そして、バルナバを「ゼウス」と呼び、またおもに話す者であることから、パウロを「ヘルメス」と呼んだ。町の外にあったゼウスの神殿の祭司が、家の門の所まで雄牛数頭と花輪を運んで来て、群衆と一緒になって二人にいけにえを献げようとした。≫
 二人は迫害を受けるのではなく、神様にされそうになったのです。神様に祀られようとしたとき、二人は服を裂いて群衆の中へ飛び込んで行き、こう叫びました。15節から17節はこのとき二人が語った言葉です。
 ≪「皆さん、なぜ、こんなことをするのですか。わたしたちも、あなたがたと同じ人間にすぎません。あなたがたが、このような偶像を離れて、生ける神に立ち帰るように、わたしたちは福音を告げ知らせているのです。この神こそ、天と地と海と、そしてその中にあるすべてのものを造られた方です。神は過ぎ去った時代には、すべての国の人が思い思いの道を行くままにしておかれました。しかし、神は御自分のことを証ししないでおられたわけではありません。恵みをくださり、天からの雨を降らせて実りの季節を与え、食物を施して、あなたがたの心を喜びで満たしてくださっているのです。」≫
 ここで二人が語ったことは私たちの心を打ちます。まず、わたしたちは、あなたがたと同じ人間だと語るのです。自分たちを神様に祀りあげようとする人々に、わたしたちはあなたがたと同じ人間だと、自分たちは神様ではないというのです。
 聖書学者の荒井献先生には学問的な著作が多数ありますが、説教集もあります。主として御自分の所属している教会の礼拝で語った説教です。その説教集に『人間が神にならないために』という説教があります。その説教で、荒井先生はこういうことをおっしゃっています。
 「問題は、人があくまで人に留まり、人間らしくあることであり、人が神にならないことです。神が人になったのは人が神にならないためである、と言えるでありましょう。」
 すなわち、神様が人となった、イエス様が私たちのところにおいでになったということは、人間が人間らしくあることであり、人が神にならないためだというのです。パウロとバルナバが自分たちを神に祀ろうとしたのを必死になって止めています。私たちの世界に、神様はイエス様を贈ってくださったのだ、私たちが人間らしく生きるためだ、人間が神にならないためだ、私たちはあなたがたと同じ人間だ、分かってほしいというのです。
 そして人間を神にすることは、偶像崇拝だ、偶像を離れて独り子を給うほど私たちを愛して下さった神様に立ち帰ろう、わたしたちはこの福音を語っているのだというのです。さらに、天地創造からイエス様がおいでになるまで、すべての国の人が思い思いの道を行くままにしていたが、神様は御自分のことを証ししておられたのだ、天から雨を降らせて実りの季節を与え、食物を施して、あなたがたの心を喜びで満たして下さっていたのだと言うのです。
 今、秋の収穫の季節です。パウロとバルナバは、神様は天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物を施して下さることにより、私たちの心を豊かにし、私たちの心を喜びで満たすのだ、まして、神様が独り子イエス様を贈ってくださったことにより、私たちの心は本当に豊かにされたのだと語ったのです。
 イエス様は山上の説教でこういうことをおっしゃっています。
 「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。」
 神様が私たちに贈ってくださったイエス様が、正しい人にも正しくない人にも太陽を昇らせ、雨を降らしてくださるとおっしゃっていることは、神様は私たちを心豊かな歩みへと導こうとされているのです。

 パウロとバルナバは群衆が自分たちにいけにえを献げようとするのをやっとやめさせることができました。
 けれども19節と20節を見ますと、こう記されています。
 ≪ところが、ユダヤ人たちがアンティオキアとイコニオンからやって来て、群衆を抱き込み、パウロに石を投げつけ、死んでしまったものと思って、町の外へ引きずり出した。しかし、弟子たちが周りを取り囲むと、 パウロは起き上がって町に入った。そして翌日、バルナバと一緒にデルベへ向かった。≫
 これだけのことがあってもなお逃げず、すなわち、石を投げつけられ、瀕死の重傷を負ったにもかかわらず、パウロは町の中へと入っていったのです。その場に留まったのです。

 もう一か月過ぎましたが、8月末、アフガニスタンで農業支援に従事していた一人の青年が武装グループに殺されました。私たちの教会が数年前から祈り、献金を贈っていたペシャワールの会の伊藤和也さんです。
 伊藤さんの葬儀で、お父さんがこうおっしゃいました。「今回のことで和也は私たちが無くしていたもの、忘れていたものを教えてくれました。思いやり、人の心の暖かさ、そして急ぐ事なく、ゆっくりと少しずつ積み上げていくことの大切さを。」
 また、現地代表の中村哲さんは「和也君は、決して言葉ではなく、その平和な生き方によって、その一生をもって、困った人々の心に明るさを灯してきました。成し遂げた業績も数々ありますが、何よりも、彼の、この生き方こそが、私たちへの最大の贈りものであります。―――和也くんを倒した暴力主義こそが私たちの敵であります。その敵は私たちの心中に潜んでいます。今必要なのは憎しみの共有ではありません。憤りと悲しみを友好と平和への意志に変えたい」と弔辞で述べました。 
 今日、10月第一日曜日は世界聖餐日です。世界中の教会で聖餐式が行われています。わたしたちもこれから聖餐式を行います。一人の青年の死が憎しみに満ちたこの世界に何が大切かを教えてくれました。そしてまさに一人の青年の死がさし示していることは、イエス様の十字架の死と復活によってもたらされた神様の恵みの出来事なのです。憎しみではなく、平和がこの世界を支配することを願いつつ、これから聖餐にあずかりましょう。          

(2008年10月5日 世界聖餐日礼拝説教)