2008.8.00

「私の目は涙にかすみ、胸は裂ける」


哀歌2章1〜22節
 マタイ福音書5章3〜10節
         
櫻井重宣

 毎年、8月の礼拝において、旧約聖書の中の一つの書を取り上げ、その書の学びを通して、平和への思いを深め、地に平和をと祈り たいと願っています。今年は「哀歌」を取り上げることにし、先週の礼拝で1章を学びました。哀歌という書は、イスラエルの民が紀元前 587年にバビロンとの戦いに敗れた後、廃墟で行われるようになった敗戦記念日の礼拝で読まれていた書です。敗戦記念日礼拝の式文と いってもよいかと思います。私たちも、先週の8月6日には広島の63回目の原爆記念日、昨日9日には、長崎の原爆記念日を迎えました。 そして今週の金曜日、15日には63回目の敗戦記念日を迎えようとしています。
 本日は2章ですが、最初のところに、「第二の歌(アルファベットによる詩)」と記されています。ヘブライ語のアルファベットは 22 文字です。1章と同じく、2章も1節の最初の文字がA、2節の最初の文字がB、3節の最初の文字がCからはじまるという技巧がこらさ れています。礼拝で諳んじてうたうことができるように、さらに戦争ということで味わった苦しみ、悲しみを最初から最後まで心に深く刻 むためにこうした技巧がこらされているのです。
 イスラエルの民が味わった苦しみ、悲しみは、私たちの国が、かって味わい、それだけではなく63年たった今も負い続けている苦 しみ、悲しみと重なっていることを先週の1章の学びで思わされたのですが、2章もそうです。
 冒頭の1節をお読みします。≪なにゆえ、主は憤り おとめシオンを卑しめられるのか。イスラエルの輝きを天から地になげうち  主の足台と呼ばれたところを 怒りの日に、見放された。≫ 
最初の言葉は、ヘブライ語のアレフですが、アレフから始まる<エーカー>という語です。1章の冒頭と同じ語です。「ああ、何としたこ とか」と、驚きと悲しみ、憤りを言い表す語です。ああ、何としたことか、神様が憤り、怒ってシオン、エルサレムを卑しめられ、見放さ れたというのです。
エルサレムが廃墟になる、戦争でたくさんの人が亡くなる、捕虜として連れて行かれる、そういう苦しみに直面したイスラエルの民は自分 たちの驕り、高ぶりに、神様が憤り、怒ったと告白するのです。
 広島の原爆病院の院長として、長年被爆された方々の治療に従事しておられた重藤文夫先生は、子どもたちが死んでいく姿や小鳥や 馬が傷つき、死んでいく姿を見て、人間のおごりがこうした悲惨な現実を引き起こしてしまった、だれの責任というより大人の責任、人間 の責任だ、のがれられないと思ったとおっしゃっておられますが、哀歌の詩人の受けとめと共通するものがあります。
次に2節から5節です。≪ヤコブの人里をすべて、主は容赦せず圧倒し 憤って、おとめユダの砦をことごとく破壊し この国を治める者、 君候らを 地に打ち倒して辱められた。イスラエルの角をことごとく 激しい怒りをもって折り砕き 敵の前から右の御手をひるがえされ た。御怒りはヤコブに対して列火となり 炎となって焼き尽くした。敵となって弓を引き絞り、右の御手を構え 瞳のように愛しておられ たものを 苦しめる者となって皆殺しにし おとめシオンの天幕に 火のような怒りを注がれた。主はまことに敵となられた。イスラエル を圧倒し その城郭をすべて圧倒し、砦をすべて滅ぼし おとめユダの呻きと嘆きをいよいよ深くされた。≫
 2節で、「主は憤って」、3節に、「激しい怒りをもって」「御怒りは」、4節、に神様が「敵となって」、「苦しめる者となって」、 「瞳のように愛しておられた」イスラエルの民を殺し、「火のような怒りを注いだ」、5節に、「主はまことの敵となられ」、「イスラエ ルを圧倒」した、とあります。このように、2節から5節には、瞳のように愛しておられた民に神様が憤り、敵となって滅ぼし尽すという ことがうたわれています。
 水曜日の午前の祈祷会で毎週、詩編を学んでいますが、先週は詩編51でした。ダビデが王となってまもなく、夫が戦地に赴いていたウリ ヤの妻を王宮に招き、姦淫し身ごもらせました。ダビデはその罪を隠すために、ウリヤを最前線におくるよう命令し、ウリヤを戦死させ、 喪が明けたとき、ウリヤの妻と結婚しました。預言者ナタンが王さまのダビデのところにやってきて、ダビデにその罪を指摘しました。ダ ビデはナタンの糾弾で目が覚め、その罪を深く懺悔し、神様、赦して下さいと祈ったのが詩編51です。そのあと、しばらくしてダビデは 息子に叛かれクーデターを起こされ、都落ちするのですが、そのとき、シムイという人から石を投げつけられ、それだけでなく徹底的に呪 われます。家臣たちはシムイをやっつけようというのですが、ダビデは自分はかって大きな罪を犯したので、シムイに呪われて当然だとい うのです。
 哀歌の詩人の告白にもそうした謙遜さがあります。 6節をお読みします。≪シオンの祭りを滅ぼし 仮庵をも、園をも荒廃させられた。安息日をも、祭りをもシオンに忘れさせ 王をも、祭 司をも 激しい怒りをもって退けられた。≫ 
 神様の怒りは王さまにも祭司にも及んだのです。
7節と8節には神様はエルサレムの神殿、城郭、城壁をことごとくバビロンの手に渡されたことが記されています。
 9節、10節にこうあります。≪城門はことごとく地に倒れ、かんぬきは砕けた。王と君候は異国の民の中にあり 律法を教える者は失わ れ 預言者は主からの幻による託宣を もはや見いだすことができない。おとめシオンの長老は皆、地に座して黙し 頭に灰をかぶり、粗 布を身にまとう。エルサレムのおとめらは、頭を地につけている。≫
 王さまと君候たちはバビロンに連れて行かれ、律法を教える者はいなくなる、預言者もその使命を果たさない、そうした中で、長い 間人々を導いてきた長老たちが、自分たちの罪の深さ、おごりがこうした悲惨な状況を招いたといって懺悔している、そして、そうした長 老たちの姿を見てエルサレムの住民も共に懺悔するというのです。
 そして哀歌の詩人は11節と12節でこう語ります。≪わたしの目は涙にかすみ、胸は裂ける。わたしの民の娘が打ち砕かれたので  わたしのはらわたは溶けて地に流れる。幼子も乳飲み子も町の広場で衰えてゆく。幼子は母にいうパンはどこ、ぶどう酒はどこ、と。都の 広場で傷つき、衰えて 母のふところに抱かれ、息絶えてゆく。≫ 
 12節は哀歌の中でも最も辛い、悲しい箇所です。詩人の目が涙にかすみ、胸が裂けるほどの光景は、幼子や乳飲み子が広場で衰え,食べ 物がなく、母親のふところにいだかれて、息絶えてゆく光景でした。そして、この「哀歌」が毎年の敗戦記念日の礼拝で読まれていたとい うことは、毎年、礼拝に集う人が、あの光景を思い起こして心に刻むとき、「目はかすみ、胸は裂ける」のです。
 先週の木曜日の夜、テレビで、1945年9月、敗戦直後の日本へ上陸し焦土と化した長崎、広島の写真を撮った占領軍のカメラマ ン、ジョー・オダネルさんのことが紹介されていました。あまりの悲惨な写真ゆえトランクにしまいこんでいたのですが、反核を訴えて作 られた炎に焼かれたキリスト像に心打たれ、トランクにしまいこんでいた写真を取り出し、今から18年前1990年テネシー州のナッシ ュビルで写真展を開催しました。けれども、原爆を正当化するアメリカでは非難の対象となりました。当時、盛岡のキリスト教センターの 館長をしていた宣教師のラーマズ先生ご夫妻が日本での写真展を計画し、わたしは16年前、秋田でオダネルさんの写真展を開催し、教会 ではオダネルさんの講演会をしました。その写真展は大きな反響をよび、秋田では会場に入るまで1時間も待つ人が出るほどでした。とく に感銘を与えた写真は、長崎で10歳位の一人の少年が原爆で死んだ弟を背負って、火葬を待っているときの直立不動の写真でした。おそ らく両親が死んでしまい、今度は弟が死んだ、その弟をおんぶして火葬場に来たものと思われます。直立不動の姿勢で火葬の順番を待つ少 年の姿に秋田の人々の目が釘付けになり、その写真の前で涙を流し、心を、胸を裂いていました。数日前のテレビでもその写真が紹介され ました。


 13節にこうあります。≪おとめエルサレムよ あなたを何にたとえ、何の証しとしよう。おとめシオンよ あなたを何になぞらえて慰め よう。海のように深い痛手を負ったあなたを 誰が癒せよう。≫
 エルサレムの負った痛手は海のように深く誰も癒せないというのです。
14節には、預言者は、民を立ち直らせるためには 一度罪をあばくべきなのに そのことをしないというのです。どこから間違ったか、 どうすれば立ち上がることができるか、そのためには事実を事実として罪を暴くべきなのに、預言者はそのことをしていないというのです。
 15節、16節は読むことをしませんが、エルサレムがこうした苦しみに直面したとき、周りの国々の人々から嘲られ、はやしたて られた様子が記されます。こうしたことは周りの国々と友好関係になかったということです。 そして17節でこう言います。≪主は計画したことを実現し 約束したことを果たされる方。昔、命じておかれたところのゆえに あなた を破壊し、容赦されなかった。敵はそのあなたを見て喜び あなたを苦しめる者らは角を上げる。≫  
 神様は、こうしたおごり、たかぶりを容赦しないとおっしゃっていた方だ、神様は計画したことを実現したに過ぎない、神様を侮ってはい けなかった、と告白するのです。
 そして18節でこう言います。≪おとめシオンの城壁よ 主に向かって心から叫べ。昼も夜も、川のように涙を流せ。休むことなく その瞳から涙を流せ。≫ 哀歌の詩人は幼い子どもたちが苦しんでいる、犠牲になっている、そのため目は涙にかすみ、胸が裂けるのです が、なお昼も夜も、川のように涙を流せ、休むことなくその瞳から涙を流せというのです。
 今年の10月の教会創立記念日礼拝の説教者として高田彰先生をお迎えします。1942年2月から1946年6月、すなわち戦時 中から戦後の間もない時期、教会の最も困難な時期に私たちの教会の牧師としてご尽力された牧師です。高田彰先生は、幼児教育の専門家 でもあられます。先生の著書、『子ども説教12か月 二つで一つ』の8月のことばにこうあります。
 「『イエス様が泣かれた』という異常なお姿を示すことによって、戦争について、平和ということについて考える機会にしたい」と。
 私たちもこの8月、昼も夜も、川のように涙を流し続けなければならないのです。 19節をお読みします。≪立て、宵の初めに 夜を徹して嘆きの声をあげるために 主の御前に出て 水のようにあなたの心を注ぎ出せ。 両手を上げて命乞いをせよ あなたの幼子らのために。彼らはどの街角でも飢えに衰えてゆく。≫
 哀歌の詩人は、夜を徹して嘆きの声をあげよ、水のようにあなたの心を注ぎだせ、幼い子どもたちはどの街角でも憔悴している、 その子どもたちの命を助けるために水のようにあなたの心を注ぎだせというのです。
 こうした祈りをせざるをえないことがあったのです。20節にこうあります。≪主よ、目を留めてよく見てください。これほど懲ら しめられた者がありましょうか。女がその胎の実を 育てた子を食い物にしているのです。祭司や預言者が 主の聖所で殺されているので す。≫ 

 長い間エルサレムの城壁はバビロンに包囲され、エルサレムには食べ物という食べ物はすべて無くなってしまいました。4章にも記されま すが、人間が人間であることをやめるといったらよいでしょうか、あってはならないこと、すなわち、大人が育てた子を食い物にすること も起こってしまったのです。いくら悔いても悔いても悔やみきれないのですが、そうした現実も敗戦記念日の礼拝で直視するのです。祭司 も預言者も聖所で殺されました。
 最後の21節と22節をお読みします。≪街では老人も子供も地に倒れ伏し おとめも若者も剣にかかって死にました。あなたは、ついに 怒り 殺し、屠って容赦されませんでした。祭りの日のように声をあげて脅かす者らを呼び わたしを包囲させられました。主が怒りを発 したこの日に逃げのびた者も生き残った者もなく わたしが養い育てた子らは ことごとく敵に滅ぼされてしまいました。≫ 老人も子供も、若い女性も男性もみんな死んでしまった、だれも生き残らなかったというのです。神の怒りが極まったというのです。

 先ほど紹介したオダネルさんが、長崎で廃墟と化した浦上天主堂に危うい足もとを踏みしめてようやく上った時、コンクリート製のマリ ア像でしょうか、キリスト像でしょうか、町を見下ろすように立っていたというのです。オダネルさんは、あたかも人に話しかけるように 「何を見ていらっしゃるんです?」と、つぶやいてそこから見渡したとき、見渡す限り瓦礫が地面をおおいつくしていたというのです。オ ダネルさんはその像がそこにたってこの現状を見ていたということで、神様はこの現状を御覧になっている、涙を流して御覧になっている、 胸が裂け、はらわたが流れるほどこの現状を悼んでいる、そのことを知って涙があふれたというのです。

 63年前、広島と長崎から原爆を積んだ飛行機がテニアン島を飛び立つとき、その出撃が祝福されるように祈った聖職者がいました。
 広島に飛び立ったエノラ・ゲイを祝福したのはプロテスタントのドーニー牧師でした。こう祈りました。「全能の父よ、われらの祈 りを聞き給え。今よりあなたの大空に果敢に飛び立ち、敵に一撃を与えんとするこれらの者とあなたが共にいてくださるように。その飛行 を護衛し、あなたの力でこれらの乗員を、戦争に速やかな終止符を打つ者にさせてください。戦争が早期に終結し、再び平和が地にもどり ますように。この夜、飛行する者らを守り、無事にわれらの元に帰還させてください。今も後も絶えざる神の守り手を信頼し、イエス・キ リストの名によって。アーメン。」
 ドーニー牧師は、戦後、原爆攻撃の際、こうした祈りをしたことを激しく後悔し、その後いかなる核兵器にも反対する絶対平和主義 の道を歩んだというのです。
 長崎への原爆投下を目標とした飛行機が飛び立つとき祈ったのは、カトリックのザベルカ司祭でした。ザベルカ司祭もその後、あの 爆撃でたくさんの市民が殺戮されたことに大きな衝撃を受け、「教会は千七百年間戦争を正当化してきたが、それは真実でない。われわれ は洗脳されていた、イエス様の教えと戦争は正反対、水と油ということが分かった」といってあらゆる暴力に反対する平和運動に挺身した のです。
 飛行機が飛び立つときに、祈った飛行機が何をしたかを誠実に見つめたとき、ドーニー牧師もザベルカ司祭も大きな衝撃を受けたの です。

 マタイ5章にはイエス様の山上の説教が記されています。幸いなるかな、とイエス様がおっしゃって、心の貧しい人々、悲しむ人々、柔和 な人々―――と語っておられます。イエス様が、ここで幸いだとおっしゃっている人は、イエス様のお姿でもあります。イエス様は涙され る方でした。柔和な方でした。涙される、悲しむイエス様が平和を実現されるのです。
 私たちも、この8月、「哀歌」を学びながら、かって、私たちの国が15年に及ぶ戦争を行い、戦後63年たってもその悲しみを負い続け ておられる方々が私たちの国のみならず近隣の国々に数多くおられることを覚え、涙を流し、地に平和をと祈り続けましょう。

(2008年8月10日 主日礼拝説教)