2008.7.13

「神の言葉はつながれていない」


エレミヤ書36:27〜32
 使徒言行録12章1〜25
         
櫻井重宣

 今、皆さんと御一緒に学んでいる使徒言行録には、ペンテコステのときに誕生した教会がどのように進展していったかが記されています。ルカ福音書と使徒言行録を書いたルカという人は、イエス様が歩まれたのはどういう時代、どういう社会であったのか、そして、どういう時代、どういう社会で教会が福音を宣べ伝えていったかを書き記そうとしています。
 このルカの視点はとても大切です。教会は無菌室のようなところに存在しているわけではありません。先週はサミットが北海道で行われ、現在、世界が抱える課題が数多くあり、どの課題も深刻であることを思わされた一週間でした。教会はこうした時代のただ中で使命を果たしていかなければならないのです。
 今、使徒言行録12章を読んで頂いたわけですが、ここには、まさにこの世の権力が教 会を押しつぶそうとしている中で、教会がど ういう歩みをしていたのかが記されています。 冒頭の1節から4節をもう一度読んでみましょう。
≪そのころ、ヘロデ王は教会のある人々に迫害の手を伸ばし、ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。そして、それがユダヤ人に喜ばれるのを見て、更にペトロをも捕らえようとした。それは、除酵祭の時期であった。ヘロデはペトロを捕らえて牢に入れ、四人一組の兵士四組に引き渡して監視させた。過越祭の後で民衆の前に引き出すつもりであった。≫
 ここに記されているヘロデ王は、イエス様がお生まれになったとき、ベツレヘムとその周辺の町に住む2歳以下の男の子を殺すことを命じたヘロデ大王の孫です。ヘロデ・アグリッパ一世と言われる王です。彼は紀元41年に王となり44年に死んでいます。イエス様が十字架で殺され、復活されてから10年位たった時代です。このヘロデ・アグリッパ一世も、祖父のヘロデ大王と同様、とても残忍な王様でした。ヘロデ王は教会に迫害の手を伸ばし、突如としてヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺してしまいました。ヤコブはイエス様の十二弟子の一人で教会の大事なメンバーの一人です。このヤコブを剣で殺したことがユダヤ人に喜ばれるのを見て、ヘロデ王はさらにペトロをも捕らえ、牢に入れ四人一組の兵士四組に監視させました。
 初代の教会において、最初に迫害を受けたのは、ギリシャ語を話すユダヤ人でした。ステファノがエルサレムの神殿批判をしたことにより、ステファノが殺され、エルサレムの教会に大迫害が起こり、使徒たち以外はエルサレムを追われ、散らされました。けれども、イエス様の十二弟子やイエス様の兄弟ヤコブなどヘブライ語を話すユダヤ人はエルサレムにとどまっていたのです。
 しかし、ペトロがローマの軍人コルネリウスに洗礼を授けたり、散らされた人々によってアンティオキア教会が誕生し、アンティオキア教会では異邦人も教会のメンバーとなり、それをエルサレム教会も受け入れるようになったとき、エルサレムの保守的な人々、すなわち民族主義的人々からエルサレム教会への批判が高まりました。
 実は、ヘロデ大王はイドマヤ出身です。純粋のユダヤ人ではありません。その孫であるヘロデ・アグリッパ一世もいつ純血を尊ぶ人々から、あなたには異邦人の血が混じっていると非難されるかわかりません。それだけでなくヘロデ・アグリッパ一世はローマで教育を受けた人です。ユダヤ人の王として、民衆から人気を得ることが必要であったヘロデ王は、異邦人をもメンバーとするようになった教会を迫害したのです。教会がどの人をも招こうとすると、この世との摩擦を避けることができないのです。
 そして、私どもがこの箇所で深い思いにさせられるのは、ヘロデ王の命令で、剣で殺されたのはヨハネの兄弟ヤコブであったということです。
 ヤコブはイエス様の十二弟子の一人です。お父さんはゼベダイです。ヤコブのことで私たちが思い起こすのは、エルサレム入城を前にしたイエス様に、イエス様が栄光の座に就いた時、自分たちをイエス様の右、左に座らせて欲しいということを願ったことです。十二人の中で、自分たちを一番偉い者として欲しいと願ったのがヤコブとヨハネでした。そのヤコブが十二弟子の中で最初に殉教したのです。誰よりも偉くなりたいと願ってイエス様にそのことを申し出てヤコブはイエス様の十字架の苦しみをつぶさに見たとき、何が大切かを味わい知ったのです。偉くなることを願う歩みからイエス様に仕える歩みへと変えられたのです。  

 ヘロデはヤコブを殺したことがユダヤ人に喜ばれるのを見て、ペトロを逮捕し、ユダヤの社会で最も人が集まる過越祭の後で民衆の前に引き出すつもりでいました。
 こうしたときに他の教会のメンバーはどうしていたかというと、5節にこうあります。
 ≪こうして、ペトロは牢に入れられていた。教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた。≫
 時々、ご紹介する柳生直行先生はこの箇所をこう訳しておられます。「こういうわけで、ペテロは投獄され、きびしく監視されていた。その間、教会の人たちは彼のために一生けんめい祈っていた。」
 ヤコブが殺され、ペトロが投獄され、今度は自分ではないかということが予測されるわけですが、だれも逃げ隠れせず、一生懸命祈っていたのです。

 さて、四人一組の兵士四組が交代でペトロを監視するなかで、ペトロが天使に救い出されたことが6節以下に記されています。11節まで読んでみましょう。
 ≪ヘロデがペトロを引き出そうとしていた日の前夜、ペトロは二本の鎖でつながれ、二人の兵士の間で眠っていた。番兵たちは戸口で牢を見張っていた。すると、主の天使がそばに立ち、光が牢の中を照らした。天使はペトロのわき腹をつついて起こし、「急いで起き上がりなさい」と言った。すると、鎖が彼の手から外れ落ちた。天使が、「帯を締め、履物を履きなさい」と言ったので、ペトロはそのとおりにした。また天使は、「上着を着て、ついて来なさい」と言った。それで、ペトロは外に出てついて行ったが、天使のしていることが現実のこととは思われなかった。幻を見ているのだと思った。第一、第二の衛兵所を過ぎ、町に通じる鉄の門の所まで来ると、門がひとりでに開いたので、そこを出て、ある通りを進んで行くと、急に天使は離れ去った。ペトロは我に返って言った。「今、初めて本当のことが分かった。主が天使を遣わして、ヘロデの手から、またユダヤ民衆のあらゆるもくろみから、わたしを救い出してくださったのだ。」≫
 人間の思いでは、絶体絶命、助かるはずがありません。それなのに、救い出されたのです。主役は天使です。

 さて、天使に救い出されたペトロがどうしたかということが12節以下に記されます。
 ≪こう分かるとペトロは、マルコと呼ばれていたヨハネの母マリアの家に行った。そこには、大勢の人が集まって祈っていた。門の戸をたたくと、ロデという女中が取り次ぎに出て来た。ペトロの声だと分かると、喜びのあまり門を開けもしないで家に駆け込み、ペトロが門の前に立っていると告げた。人々は、「あなたは気が変になっているのだ」と言ったが、ロデは、本当だと言い張った。彼らは、「それではペトロを守る天使だろう」と言い出した。しかし、ペトロは戸をたたき続けた。彼らが開けてみると、そこにペトロがいたので非常に驚いた。ペトロは手で制して彼らを静かにさせ、主が牢から連れ出してくださった次第を説明し、「このことをヤコブと兄弟たちに伝えなさい」と言った。そして、そこを出てほかの所へ行った。≫
 おもしろいことに、ペトロが救い出されることを願って、熱心に、一生懸命に祈っていた教会の人々がペトロの救い出されたとき、すぐ戸を開けて迎え入れていません。女中さんが本当だと言っても、あなたは気が変になっているというのです。本当にそうだと言いますと、それではペトロを守る天使だろうと言うのです。「ペトロを守る天使」というのは、弟子たちがイエス様に教えて頂いたことです。イエス様は、神様がどんなに私たち一人一人を大切にしておられるかということで、私たち一人一人を守る天使がいるとおっしゃいました。ペトロ担当の天使が来たというのです。
 けれども、ペトロが戸をたたき続けたので、戸を開けると、そこにペトロが立っていたので、みんな非常に驚きました。
 ペトロはというと、主が天使を遣わして、私を牢から連れ出してくださったことと、ヤコブに、ペトロは牢から主によって連れ出されたことを伝えて欲しいといって、そこを出てほかのところへ行ってしまいました。ここのヤコブは、主の兄弟ヤコブ、イエス様の兄弟のヤコブです。初代教会の中心メンバーです。
 ペトロがどこに行ったか、わかりません。今の言葉でいうなら地下に潜ったのでしょうか。実際、このあとペトロが登場するのは15章に記されるエルサレム会議のときだけです。ペトロがヤコブに伝えて欲しかったのは、ペトロは牢から天使によって連れ出された、どんなに鎖でつないでも、監視する人が何人いても神の言はつながれたままでない、ということだったのではないでしょうか。 先程、エレミヤ書を読んで頂きました。そこには、エレミヤの語ったことが記されている巻物を王様が次から次と切り裂いて燃やしてしまったことが記されていました。しかし、エレミヤは同じことを語り、書記のバルクにもう一度書かせるのです。燃やされても燃やされても書き続けるのです。

 さて、18節と19節にこう記されています。
 ≪夜が明けると、兵士たちの間で、ペトロはいったいどうなったのだろうと、大騒ぎになった。ヘロデはペトロを捜しても見つからないので、番兵たちを取り調べたうえで死刑にするように命じ、ユダヤからカイサリアに下って、そこに滞在していた。≫
 番兵たちには何の咎めだてられるところがないのに、死刑にしたというのです。イエス様がお生まれになった時には、ヘロデ大王によってベツレヘムとその周辺の二歳以下の男の子が殺されました。ここではヘロデ王によって番兵たちが殺されました。こうした記事は、権力者が人の命以上に、自分の地位や感情を大事にし、人の命の重さを尊重しないということを示しています。そして、わたしたちにとっては、イエス様が助かった、ペトロが助かったということで、単純に喜ぶことができません。幼い子どもが殺され、罪もない番兵たちが殺されているからです。
 初代の教会の人々にとっても辛い事でした。ですから、後にパウロがフィリピの町で投獄された夜、大地震が起こり、看守たちは、囚人が皆逃げ出したと思い、自害しようとしたのですが、パウロは、自害してはいけない、私たちは皆、ここにいると言って、看守たちに自害を思い留まらせています。自分たちが再び獄につながれることがあっても自分たちのことで看守たちが殺されることがあってはならない、とパウロは判断したのです。

 この後のところは時間の関係で、ていねいに学ぶことはできませんが、20節以下にヘロデ王が演説したとき、神の声だと言われ、悦にいっていたところ急に死んだことが記されます。ヘロデは自分を神とし、人を人として重んじない人でした。ルカは神を神とするとすることと、人を人として重んじることは切り離しえないというのです。
 最後の24節と25節にこう記されています。
 ≪神の言葉はますます栄え、広がって行った。バルナバとサウロはエルサレムのための任務を果し、マルコと呼ばれるヨハネを連れて帰って行った。≫
 この世の権力者は、ペトロをしばりつけておくことができませんでした。神の言をつなぐことができませんでした。それをバルナバとサウロはエルサレムで目の当たりにしてアンティオキアに戻るのです。そしてそのとき一人の青年を連れて帰りました。このあと、バルナバとパウロに連れられて伝道旅行に行くのですが、伝道の厳しさから途中で帰ってしまったマルコと呼ばれるヨハネです。 初代の教会は一人の人にこだわります。弱さをさらけだす青年、苦しみに直面すると逃げ出す青年にこだわります。そのことと、神の言葉が多くの人に伝えられることは切り離しえないのです。

 ラーゲルレーヴというスエ―デンの女性が書いた作品、『キリスト伝説集』という本の中に「ともしび」という作品があります。力のめっぽう強いラニエロが、ろうそくの灯をエルサレムからイタリアのフィレンツェまで運ぼうとしたことが記されます。ちょっとした風でもろうそくの火は消えそうになります。馬に後ろ向きに乗ったり、ろうそくの火を抱え込むようにして旅を続けます。 私はこの作品はラーゲルレーヴの信仰告白のように思われてなりません。
 二千年間、教会が福音を伝えてきたのですが、ラニエロのような無謀と思われることがあったかもしれません。天使の助けなくして神の言はつながれたままであったかもしれません。しかし、どんなに嵐があっても、迫害があってもこの世は、この世の権力者は神の言を消すことはできませんでした。神の言をつないでしまうことができませんでした。神の言は、一本のろうそくから、もう一本のろうそくへ火が灯されるように伝えられてきたのです。
 わたしたちも恰好が悪くても、時間がかかっても、まわりにいる一人一人に優しさを持ちながら神の言を伝えていこう、これがラーゲルレーヴの告白です。
 ラーゲルレーヴがこの書を出版したのは1904年でした。彼女が45歳の時です。それから36年後の1940年、ラーゲルレーヴは81歳で亡くなったのですが、病気が重くなったとき、繰り返し、往診に来た医者に彼女は「いつ平和が来るのですか」と尋ねたというのです。ラーゲルレーヴは平和も一本のろうそくから一本のろうそくに火が灯されるようにして実現されることを信じていたのです。そして、その灯の光は戦争によっても、武器によっても消すことはできないというのです。
 今年も8月が近づきました。2000年前にイエス様によって灯され、今も、輝いている真の光に慰められながら、地に平和をと祈り続けたいと願っています。             

(2008年7月13日 主日礼拝説教)