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私たちの教会

  日本キリスト教団茅ヶ崎教会が創立されたのは1927年10月です。それ以来、私たちの教会はこの地で、どんなときにも愛と真実をもって私たちに関わってくださる神様の恵みに感謝して日曜日毎に礼拝をささげています。

 私たちの教会はどなたのおいでをもお待ちしています。


お 招 き


 教会の入口に「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」 (マタイ福音書11章28節)というイエス様の言葉が記されています。
 ここで「重荷」と訳されている語は、その人が生涯負うべき課題とか使命を意味する語です。他の人がどんなに代わりに負おうとしても負えない「重荷」です。そのために、私たちは、その「重荷」 を負い続けるなかで疲れを覚えることがあります。
 イエス様は私たちを、「重荷」を負い続け、疲れを覚えている者としてご覧になり、そうした私たちを招かれるのです。
 他の人は負うことができないのですが、イエス様は重い方の荷を担うので、軽い方の荷をわたしたちが担うようにとおっしゃいます。
 イエス様にお会いしても、教会においでになっても「重荷」は無くなりません。けれども「重荷」を負い続けることができる勇気と力と希望を聖書から見いだすことができます。

 あなたと一緒に「重荷」を負ってくださるイエス様に出会って頂きたいと
私たちは心から願っています。



 神さまは一挙に御国を実現することもできたが、そうされずに一人から一人へという形で福音を伝えようとされた、とカルヴァンは語っています。
 教会が誕生して2000年、一人から一人へという形で今日の私たちに福音が伝えられたのです。教会のゴールは主の再び来たりたもう日です。すべての人に福音が行き渡るその日を待ち望みつつ、私たちも一人の人に、心を込めて福音を宣べ伝えたいと思います。四つのことを記します。
 
 ◆宮沢賢治の『雨ニモマケズ』のモデルはキリスト者の斎藤宗次郎と言われています。病気の子ども、疲れた母、死にそうな人、喧嘩や訴訟があれば、行って・・・・というのは一人のキリスト者の姿でした。マザー・テレサは、ものごとを大規模にではなく、一対一で心を込めて関わろうと語りました。
 初代の宣教師たちや牧師たちもそうでした。重荷を負う人や病気で苦しむ人を一時間かかっても、二時間かかっても徒歩や自転車で訪ね、共に祈り、励ましました。また、二、三人の集会を重んじました。一人の魂に時間をかけ、細心の優しさをもって、遇直に関わり続けることの大切さを思います。

 ◆1879年、名古屋に赴いた植村正久牧師は、「俺は飯より耶蘇やそが好きだ」といつも言っていた老信者に出会いました。植村牧師は生涯、「飯より耶蘇が好きか」と自分に問い続けたというのです。伝道を開始して十数年で、「飯より耶蘇が好きだ」と素朴に信仰を告白する信者を産み出した初代の教会、そしてその告白を自分にとって「必要な試験問題」とした植村牧師の謙遜さに倣いたいと思います。

 ◆熊沢義宣先生は心臓の病気で絶対安静を命じられたとき、「血を流してまでもわたしのいちばん下のところで、ベッドの下でしっかりと受け止めようとされている神の愛」を覚えたそうです。
 カール・バルトは、「神さまは『だめだ』ではなく、『大丈夫だ』と語ってくださる方だ」と言います。私たちが伝えるのは、苦しむ人を、悲しむ人を、その苦しみや悲しみの深みで、底で支え、いつも大丈夫!と言ってくださる神さまの愛です。

 ◆エレミヤは、神さまはこの世界に将来と希望を与える平和の計画を立てておられると預言しました。不安のことが多い時代ですが、私たちの世界には希望が、夢があることを、若いそして幼い人々に語り伝えたいものです。また「もはや戦うことを学ばない」世界を望み見て、すべての武器、とくに核兵器が葬り去られるよう祈りましょう。

日本基督教団 茅ケ崎教会  牧師 櫻井重宣