***牧師室の窓から***
2013年 9月



 ★2020年のオリンピックが東京で開催されることになりました。小学校1年生から2年生にかけて小児結核のため学校に行けなかったので、ラジオで野球の放送を聞いていました。そのため、スポーツの放送は病気が治ってからもよく聞き、今でもスポーツニュースの時間になるとそわそわします。自慢にはなりませんが、1952年のヘルシンキ、1956年のメルボルン、1960年のローマ、とオリンピックのときはラジオにかじりついていました。1964年の東京オリンピックの開会式は、土曜日で教会の掃除に行く日でしたので、巣鴨駅前のソバ屋のテレビで見ました。けれども、今回、2020年のオリンピックが東京に決定したことは喜べませんでした。招致委員会の委員長は「東京は福島から離れているので安全だ」と発言し、首相は、「状況は完全にコントロールされている」、「汚染水の影響は、福島第一原発の0.3平方キロ範囲内で完全にブロックされている」「健康問題は、これまでも、現在も、将来もまったく問題がない」と語りました。東京と福島は違うことを強調し、さらに事実と異なる発言をしてまで招致するオリンピックとは何か、と考えさせられました。これから何年かかるか分かりませんが、国全体でフクシマにエネルギーを注ぐことが大切ではないかと思わされていたからです。オリンピックに関心が集中する中で、フクシマの人々の悲しみが背後に置き去りになることを懸念しています。

★第62回教会修養会が9月22日(日)主日礼拝を開会礼拝として午後3時15分まで行われました。62年前、礼拝堂を失ったその年、すぐ会堂建築計画の話し合いが始まり、その年の秋、第1回の教会修養会が開催されました。目に見える会堂建築と並行しながら、目に見えない、「まことの教会」を建てるために教会修養会を継続して開催する、それが今日までの62年間の歩みでした。 今回の主題は「わたしたちの死と葬儀〜復活の朝を待ち望みつつ〜」でした。礼拝後、主題にそって小生が発題し、昼食、分団協議、全体会というプログラムでした。「自分の葬儀を考えることにより、自分が何を大切にしてきたか、どういう人との交わりを大切にして生きてきたか、自分は何に励まされて生きてきたか、家族や教会に受け継いで欲しいことは何か、そのことが明らかになるのではないか」と発題で語りました。語りながら、自分はどうなのか、と問われた思いです。最近、身近な者が、突然、命が限られていることを医師から伝えられたので、他人事でないことを思わされています。