***牧師室の窓から***
2013年 4月



★出身牧師の一人の柳田剛行牧師が4月4日逝去されました。61歳でした。25年間伝道・牧会に励まれました。2年前、当教会にお招きしたとき、レンブラントの「姦通の女」の絵を紹介しつつ説教されたことを印象深く思い起こしています。雅江夫人と見附教会に主の慰めと平安を祈ります。
★今年度は久し振りに通年で神学生をお迎えすることになりました。日本聖書神学校の岩本幸太郎神学生です。岩本神学生をお迎えした次の日曜日の礼拝に日本聖書神学校の校長の小林誠治牧師がおいでになり、ご挨拶されました。神学校と教会は車の両輪のようなものだと言われます。今年度、岩本神学生のため神学校と共にわたしたちの教会も日夜祈り続ける責任があります。
★1969年1月の『信徒の友』にこういう投書があるのを見つけました。 「昨年9月の『信徒の友』に投稿され、全国の多くのかたに励ましをいただいた三谷鹿江姉は10月15日召されました。老姉の長い人生の歩みの中で、六十歳のとき主イエスに出会ったことを最上の喜びとし、以後主から離れることはありませんでした。娘夫妻の関係で何度か住まいを移されましたが、転居してまず老姉がすることは教会さがしでした。四年前茅ケ崎に来られたときも、ちょうど『信徒の友』に説教をのせた牧師が茅ケ崎なのを見て、すぐに便りをされ、教会の一員となりました。団地の五階の自宅から、バスに乗り、歩いて通うのは90歳の老齢では容易ではありませんが、礼拝の最前列の老姉の姿は喜びに輝いて会員一同どんなに励まされことでしょう。しかし二年余で歩行困難になり、教会にも出席できず、娘夫妻も遠く離れ、孫夫妻の世話を受けるようになりましたが、このような時でも、教会の婦人会、青年会の人々のたびたびの訪問に新たな勇気を与えられ、牧師が聖餐式にうかがうときは身づくろいして床の上に正座して待つ姿は、りっぱなものでした。9月末に静岡の娘夫妻の家に引き取られ、10月15日の朝から身のまわりの整理をし、聖書を読み、手洗いに立ったとき倒れ、15分程で召されました。娘夫妻は未信者でしたが、母が愛してやまなかった教会の牧師を茅ケ崎から呼び、わたしども夫妻のうたう讃美歌に送られて、永遠の朝のさむる日までしばしの眠りにつきました。老姉の信仰生活は平凡で見ばえせず、葬儀も数人のささやかなものでしたが、天上から老姉をたたえる歌がきこえてくるようでした。  木下潤子 50歳」 
 三谷鹿江姉の姿そして牧師夫人の木下潤子姉の文に、私たちの教会が大切にし、受け継がなければならないものが記されていて、とても励まされました。