***牧師室の窓から***
2012年 5月


★退院して50日経ちました。皆さんの優しい励まし、ご理解を頂きながら歩んでいます。 電車で外出することも増えてきましたが、エスカレーターには乗ることができません。エス カレーターは自分のペースではなく、エスカレーターのペースに合わせなければならないか らです。牧師を隠退した直後に大腿骨を骨折した父は、骨折後、エスカレーターには恐怖を 覚えると言って乗ろうとしませんでした。骨折して初めて父がエスカレーターに乗ろうとし なかったことが分かるようになりました。エスカレーターに乗ることはできませんが、自分 のペースで駅の階段をゆっくり上り下りはできます。もちろんエレベーターも使用します。 あらためて、その人がその人らしく、その人のペースで歩むこと、生きていくことを大切に しなければならないことを思わされます。
 柳田邦男さんは、「病者がベッドからこの世を見るとき、忙しく働いていた時にはまるで 気づかなかった光景が目に飛びこんでくる。窓の外の空の青さ、木々の緑-----花鳥風月にと どまらず、人の情の濃淡までが鮮やかに見えてくる。目の位置がベッドに臥した低さにある ということは表面的なものでしかない。心の眼がその低さにある」と書いています。入院中、この柳田さんの「病者の眼」を思い起こしていましたが、杖をつきながら道を歩いているとき、見える光景は今までと違います。骨折して出来なくなったことは多いのですが、「心の眼」 を低くして見えるものを大切にしたいと願っています。

 ★まばたきで数多くの詩を作った水野源三さんが「御霊の神よ働きかけて」という詩を作っ ています。こういう詩です。

   「いくど御言葉を聞いても   理解できないあの友に
   御霊の神よ働きかけて    救いの御業をなしたまえ

   ますます頑なになって    素直になれない心に
   御霊の神よ働きかけて    救いの御業をなしたまえ

   どうしてもナザレのイエスを 主と呼べない唇に
   御霊の神よ働きかけて    救いの御業をなしたまえ」

 ペンテコステです。「御霊の神よ、働きかけてください」と祈りましょう。