***牧師室の窓から***
2011年 3 月


★3月11日の大地震、大津波がもたらした被害の大きさに言葉を失います。テレビで報じ られる南三陸町、石巻、気仙沼、陸前高田、大船渡、釜石、宮古などの沿岸部の町は、津波 のため、海から数キロにわたって一面に見渡せる程、すべてが壊され、流されてしまいました。亡くなった人と行方不明の人を合計すると、既に2万人を超えました。犠牲者の数はもっと もっと多くなることが予測されます。大自然の猛威の前に人間の無力さを思わされます。
 大津波ですべてを流された町の様子を見て、65年前の広島の街を思いおこしました。 「あの日」、一発の爆弾で広島は町全体が焼け野原になりました。「あの日」の翌日、広島駅 から宇品港まで見渡せたということを多くの方が語っています。「あの日」だけで十数万人が 亡くなりました。「あの日」の悲劇は人間がもたらしたものです。人間の罪です。もちろん、 今回の大災害の範囲は広い範囲に及び、被災された方々はヒロシマの数をはるかに超えますが、人間の「知恵」を集約して造った爆弾が、大自然の猛威と同じような惨状を引き起こしたこ とにあらためて大きな衝撃を覚えます。そして、ヒロシマ、ナガサキを経験したわたしたち の国が、戦後豊かな生活を求め、原子力発電所を数多く造り、その結果、今回の原発事故と なりました。被災地の人々は、今、一番大変なことは、原発のことだと語っています。原爆 の恐ろしさを経験したわたしたちはもっと、原発の問題に敏感で、慎重であるべきでした。 原発の事故で避難を余儀なくされている人々、農家の方々に本当に申し訳ない思いでいっぱ いです。

★この度の地震、津波で被災した教会の情報もなかなか伝わりません。東北の沿岸地域は、 小さな町や村で、市はわずかです。みな過疎の地域です。どの教派の教会も小さな教会で、 教会がない町、伝道されていない町も数多くあります。その数少ない、小さな教会の被害が 深刻なのです。他教派の教会で、津波に流された教会もあるようです。この度の災害で、今後、東北の沿岸地域はますます過疎になり、教会の存続も厳しくなることが予測されます。それ だけに、都市部の教会と地方の教会はもっと祈り合い、励まし合わなければなりません。 教団の教会同士だけでなく、教派を越えた教会の励まし合いも大切なことを思わされます。 「主よ、憐れんで下さい。助けて下さい」と祈り続けましょう。