***牧師室の窓から***
2009年 5月


★5月20日は婦人部研修会でした。本年は、ルカ福音書15章に記されている、聖書 の中で最も有名で、そして親しまれているイエス様がお話しされた「放蕩息子」のたと え話を学びました。
 聖書に聴く中で、失われた息子は弟息子だけでなく、兄息子もそう であることを、そして放蕩息子が帰ってきたとき、「遠く離れていたのに」「憐れに思い、 走り寄って首を抱き、接吻した」父親は、弟の帰還の喜びを共にできず「家に入ろうと」 しなかった兄息子のところにも家の中から「出て来て」、「あなたの弟」が帰ってきたの だ、一緒に喜ぼうと語ったことに思いを深くしました。また、この「放蕩息子」の場面 の作品を数多く描いているレンブラントの生涯をたどりながら作品の一つひとつをてい ねいに見ていきました。順境のときのレンブラントは「放蕩の限りを尽くして」遊んで いる放蕩息子を主として描き、家族を次々に亡くし、財産もすべて失った晩年に描いた 「放蕩息子の帰宅」には、帰還を待ち続け、抱いて迎えた神様の愛を描いていることに 心動かされました。レンブラントはこの絵を描いた翌年、赤ちゃんのイエス様を抱き、 「主よ、今こそこの僕を安らかに去らせてくださいます」と祈るシメオンを描きつつ召 されていったのです。

 カトリックの司祭のヘンリ・ナウエンが、レンブラントのこの晩年に描いた「放蕩息 子の帰宅」と出会ったのはハーバート大学を退職する時でした。ナウエンはこの絵を 「ソ連」のエルミタージュ美術館に行って二日間長時間にわたって見つめ、そのことを 通して、知的ハンディを負った人々と共に生きる道を選びとりました。
 最後に、スピリ作の『ハイジ』の中で、ハイジがこの放蕩息子の個所を、山小屋で 一緒に暮らすおじいさんに読み聞かせていることに思いを深めました。この個所を読んだ後、 祈って眠りについているハイジの姿に心打たれたおじいさんは、涙を流しながら「もはやあなたの息 子と呼ばれる資格はありません」と祈り、かたくなだった心が解きほぐされていったの です。  「『放蕩息子』のたとえに示される命の恵み」を私たちも受け継いでいきたいと心か ら願った一日でした。

★5月31日は命の恵みを、祝福を二千年にわたって受け継いできた教会の誕生日であ る聖霊降臨日礼拝です。心からの喜びと感謝をもってささげましょう。